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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
一章:奴隷から従者に
9/51

出立

 アサエルから最も近い町といえば真っ先に上がるのがリオドラだ。

 町と呼ぶにはあまりに大きく、城壁都市とも呼ばれるアーランド南部における拠点の一つである。


 そして、リオドラで得られた物資等はアサエルとリオドラを結ぶ道、【鉄色地下道】の地上にあることから【鉄色街道】と呼ばれる通り道で運ばれる。そんな積み荷の護衛やお金を落とす積み荷として探索者は雇われる──または運ばれている。


「りおどらいき、ですか」


 アサエル北口には積み荷を乗せたものや、乗り合い員を求めるバスが停車している。

 その中の空いていそうな小型バスに目を付け、トーハが看板を担いだ運転手に声をかけた。


「おう兄ちゃんリオドラに行きたいのか? ならウチがおすすめだぜ、俺ぁ何度もこの辺行き来してるからよ。手慣れちゃいるつもりさ。一人1500C(コール)だけど、どうだい?」

「……さま」


 トーハは声を潜め、後ろのフーデッドケープを被った少女に声をかける。

 勿論彼の主アイリィル・グレイ=サースラルであるが、高貴な身であることを隠さないドレスはもう身に着けておらず、その辺の浮浪者のようなボロボロの布服を着こんでいた。


 着心地も悪いその服にリィルも最初は難色を示していた。

 しかし、今は四の五の言っていられない状況だ。

 時折ささくれ立つ服の繊維に怒りで震えていたが、道行く人に一切目を向けられないのが存外心地よく、彼女の心は凪ぎ始めていた。


「割高でしょうが、構いません。お金に困っている人はリスクになりますから」

「……はい」


 主の承諾を得て、トーハはリィルから渡された硬貨袋をまさぐる。

 1000C(コール)銀貨三枚を取り出し、運転手の男に差し出した。


「まいどありっ! あと二人来るか二十分以内に出るから先に入っててくれ」

「はい」


 素直に頷いたトーハがリィルの手首を掴んで馬車へと乗り込む。

 平時にそんな真似をしようものならまた突き飛ばされかねないが、今は必要があってのこと。


「……リオドラも厳しいところだが、ま、頑張れよ──兄貴」

「ありがとう」


 ちら、と視線を向けて来た運転手がこぼす。

 ()()()の手の甲に描かれた奴隷紋を映す運転手の瞳は憐憫(れんびん)に満ちていた。

 運転手の心遣いも知らず、トーハの答えは空返事だったが。


「……あいりぃるさま」

「……気にしないでください。今の貴方とは対等なんですから」


 小声で席を譲ろうとするトーハをリィルが窘める。

 彼らが今行っている演技(ロールプレイ)は奴隷を買い戻した兄妹だ。

 演技が下手なトーハには探索者としてそのまま振る舞ってもらい、リィルは奴隷に堕ちた彼の妹として振る舞う。

 粗雑に扱うわけでもなく、むしろ距離の近い振る舞いは周囲に二人を一定以上の仲と思わせ、トーハの手の甲に描かれた偽の奴隷紋はリィルが奴隷だったことを連想させる。

 勿論本来は逆であり、リィルの手の甲にも同様の──それどころか本物の奴隷紋が描かれているのだが、あえてオーバーサイズの服を着ることで隠していた。


 奴隷であるトーハ側には、命令を受諾する機関である奴隷刻印が存在するのだが、彼のそれは胸元にある。服で隠せば問題はなかった。


 主であるリィルを気遣うトーハの行動も、兄妹と思えば多少は誤魔化せる。

 相手によっては通用しないだろうが、リオドラまでの短い間なら不可能でもなかった。


 同じくバスに乗り合わせていたのは、そこそこ手慣れた風貌の探索者三人だ。

 不慮の事態を見越してか、談笑の傍ら二人がアサルトライフル、一人がスナイパーライフルの手入れをしている。少なくともトーハの剣一本のような丸腰と変わらない装備ではない。


 ──故に。


「……おい小僧。こいつはリオドラ行きだぞ?」

「……は──」

「……私が答えます」


 老婆心の世話焼きか、同席する三人の中でも比較的年を食った中年の男がトーハに声をかける。

 反射的に答えようとしたトーハを制し、リィルが演技ぶった振る舞いで彼らに目を向けた。


「……兄とは外で暮らしていたんですけど……人攫いに捕まってしまって……」

「……そうか」


 ありがちな過去。特にアサエルでは奴隷売買が盛んであり、木を隠すには森の中。

 彼らもまさか嘘をつかれているとも思わず、瞳に宿した疑念の色は憐憫へ移り変わる。


「お気になさらずとも大丈夫です。もう兄が買い戻してくれたので!」


 もともと城で丁寧に育てられた(たお)やかな身。フードの陰に隠れた顔は見にくいが、それでも整って見える。いつだって麗しい顔は好印象を抱かせる。

 それに加え快活な雰囲気を思わせる声色と綺麗に咲いた花のような微笑み。


 如何にもか弱そうな振る舞いは男たちの同情を誘った。

 まさか目の前の浮浪児にしか見えない少女がまさか高貴の身と欠片も思っていない。

 強いて言えば、言葉遣いが丁寧すぎたかもしれないが、目の前の姿と煌びやかな王女を結びつけるのは難しいだろう。


「……良かったな。──確かにあっちじゃ似たような奴らの集団もある、か」

「っすね。妹ちゃんのために金稼いだ兄貴の方も見どころあんじゃないっすか」


 彼らの目にはトーハの手の甲に刻まれた奴隷紋に向けられていた。

 奴隷を所持する証であり、奴隷が身に着けている低質な服を来たリィルの存在が彼らの関係性を補強してくれる。


「小僧。お前、名前は?」

「……トーハ」


 いつもは拙い彼の言葉も自分の名前ばかりは流暢だった。

 毎度主人から聞かされる言葉だ。抑揚も完璧である。

 これだけはしっかり叩き込まれていた。


「ふぅん。いいじゃねぇか。オレぁローレンってんだ」

「ろーれん」

「おう。探索者も長いことやってる。大先輩ってやつだ、敬えよ?」

「兄貴ー、新人いびりは聞こえ悪いっすよー?」

「黙れ黙れ、ノリってのも会話に大事だろ──っての」

「いってー!? 暴力反対っすー!!」


 狙撃銃(スナイパーライフル)持ちの細身男がローレンを揶揄する。

 眉をひそめ、ローレンはそんなからかいを男の体ごと突き飛ばしていた。


「おーい。にぎやかなのは良いが、壊さんでくれよー!」


 大人が六人程乗り込める馬車はその重量に耐えるため丈夫ではあるが、一人でに荷物が暴れる状況は想定されていない。

 ましてや屈強な探索者であればなおのこと。


「……」


 窘めるような御者の声に、盛り上がっていた彼らは冷や水をかけられたかのように静かになった。


「……兄貴のせいっすよ」

「……おめぇがしょうもねぇこと言うからだろ」

「──大丈夫でしょうか……」


 とはいえ、只で黙らないのも探索者。

 小声で言い合いを始めた彼らを見ながら、リィルがそっとため息を吐く。

 トーハは目まぐるしく交わされる会話に目を白黒させていた。

 所詮は奴隷である。この状況では役に立たないのがトーハクオリティであった。


「……悪いね。うるさくさせちゃって」


 そんな二人へ頭を下げたのはもう一人の突撃銃(アサルトライフル)持ちだ。

 如何にも好青年といった風貌の彼は苦笑を隠そうともしない。


「い、いえっ! とても賑やかで……良いと思います、よ?」

「はは……。そこまで取り繕われるとこっちも立場がないね」


 乾いた笑みを浮かべながら、青年はトーハの服装へ目を向けた。


「けど……ローレンさんの言う通りかな。情報が出てないっちゃないけど──その装備で砲台亀(カノンタートル)に出くわしたら何も出来ないだろうね」

「……?」

「カノンタートル、ですか?」


 首を傾げるのみで受け答えが流暢でないトーハの代わりに、リィルが尋ねかける。


「──知らないのかい? リオドラに行くなら知っていて当たり前くらいなんだけど……」

「えっと。あ、あはは……」


 まさか組合から捕縛依頼が出ているから組合にも行けない──なんて言えるわけもない。分かりやすい負い目に今度はリィルが苦笑いを浮かべる番だった。


「まぁ、無理もない……か。先輩風、吹かさせてもらおうかな」


 に、と口端を持ち上げた青年が地面に下ろしていた鞄の紐を解き、一冊の本を取り出した。


「本、ですか」

「今時情報なんてMG(マルチギア)で調べられるけど──僕はこういう紙とかの形がある記録が好きなんだ」

「……へぇ! いい趣味ですね」


 相槌を打ちながらリィルがほんのり眉をひそめる。

 MG──彼女が欠片も知らない言葉を当たり前のように発していた。

 アーランドが他国よりもはるかに先の分明を所持しているとは知っていたが、具体的にどのようなものが取り揃えられているかまでは知っていない。


 少なくとも、リィルの中の知識では記録媒体は紙のままである。

 それが時代遅れ扱いされていることに一抹の不安を覚えた。


「へへ、分かってくれるかい?」

「はい! 本は私も好きでしたから」


 閉じこもっていた頃に様々な知識を知る媒体として──だが。

 あくまで、彼のように質感や物理的な記録として好んでいたかどうかは別だった。


「嬉しいね。……っと、話を戻そうか。えーっと──」


 ぱらぱらとページをめくり、お目当てのページを見つけた彼はリィルたちが見やすい向きに本を広げてくれた。


「これが砲台亀(カノンタートル) 名前の通り、大砲背負った大亀だね」


 迫撃砲もかくやと言わんばかりの大砲を甲羅に引っ付けている大亀が一枚絵に描かれている。見た目は鈍重そうだが、甲羅に背負ったそれが見てくれでないなら動きの機敏さは関係ないだろう。


「成体の全長がおよそ3メートル。大きいのだと5メートルくらいまで行くらしいけど、そこまで長生きしている個体は稀だね」

「…………」


 荒野鼠(ウエスラット)猟犬(ハンタードッグ)よりも一回り二回りも大きい魔物だ。

 いざとなれば戦うからか、ぼんやりと佇むだけだったトーハが身を乗り出して大亀の絵を覗き込んでいた。


「ちょっと、兄さん。前のめり過ぎ……」

「ははは。気にしてないさ。2メートル口径の移動砲台なんて浪漫だし、君の気持ちも分かるなぁ」

「……でも、弾はどこに?」

「実弾じゃなくて砲台亀(カノンタートル)の魔力製。まぁ、着弾すれば爆発もするし何で出来てるかはあんまり関係ないかな」


 青年は話に聞き入る二人に気を良くして、話を続けてくれる。


 ただでさえ鈍重な亀という種族に加え、砲台を備えているためか定めた縄張りからは基本的に動かない。縄張りに入ったモノだけを砲撃する習性だ。

 だが、縄張り内に食料が尽きたばあいは移動し、別の場所を陣取る。


 鉄色街道は砲台亀(カノンタートル)の生息地からは離れているものの、この縄張りの移動を繰り返して街道の一部が縄張りに入ってしまうことがある。

 そうなれば往来する乗り物や探索者が砲撃され、討伐依頼が出されるのだ。


「一応今は討伐依頼が出てないことは確認してるけど、備えるに越したことはないからね」

「……」

「もし、遭遇したら──?」

「そうだなぁ──ふがっ!?」


 うーんと唸り、バスの天井を見上げた青年の額が突然がくんと揺れた。


「何オレらを置いて談笑してやがる!」

「そうっすよー! まーたナンパっすかぁ!? 手ェだけは早いっすよねぇ!」

「いやいやいや! 違うでしょ! 先輩として教えてただけですって」

「お前オンナ見つけたらすぐ絡むからなぁ。信じられん」

「ちょ、ちょっとっ! 流石に子供の前ではやめてくださいってば」


 やいのやいのと今度は三人で騒ぎ始め、トーハたちは再び蚊帳の外で口を開けてみていることしか出来ない。


「──おーい! 人こねぇから出るぞ! 席に座れー!!」


 そんな彼らを再び黙らせたのも運転手の一声だった。


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