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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
一章:奴隷から従者に
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不穏な噂

 ぱちり。


 微睡みを切り捨て、少年の瞳が光を取り込む。

 奴隷、というよりは従者に近いトーハの朝は早い。

 0か1かの彼に二度寝や微睡みでゴロゴロすると言った無駄は持ち合わせていない。

 まだぐっすり寝ているであろう主人が起きる前に動き出す。


 トーハがやるべきことは大枠は亡き護衛であるファイがしていたこと。

 彼にとって師であるファイとは数日程度の付き合いになってしまったが、彼の丁寧な教育のおかげで最低限の仕事は覚えていた。

 とはいえ、量は少ない。


 洗濯、食事、そして護衛である。

 トーハに料理は出来ないので、宿で用意してもらうことになる。

 先日の一件以降、リィルは疑心暗鬼から引きこもってしまったので、食事は表ではなくトレーに乗せてもらったものを部屋まで運ぶことになっている。


 なので、先に注文を済ませておき、洗濯が終わったあとにトレーを持って主の部屋に行くのが流れとなっていた。


 宿で借りた桶に井戸水を溜め、ごしごし擦って洗う。それなりに金を持っている探索者なら洗濯が出来る魔術具(マギアコア)を借りる、もしくは買うことで端折れる作業だが、トーハたちは当然そんな金はない。そもそもこの辺りで裕福な探索者は多くない。


 なので、付近にも似たことをしている者がちらほらとみられたが、今日はそんな彼らの様子がおかしかった。

 どこか浮足立っているというか、トーハを見て何かを囁いているのだ。


 彼も視線が自分に集まっていることを理解していたが、反応はしなかった。

 興味はないし、彼が気にするべきは主への敵意だからだ。


 だが、聞き耳は立てる。

 彼は言われたことを素直に実行していた。


『いいかい坊主。アンタ、あの嬢ちゃんを守りたいんだろ? なら情報を集めな、戦いってのぁ、準備で決まるんだ。強い武器、質のいい情報、いい人材。そういうのを揃えている奴が強いんだからね』


 トーハには理解の難しい話だが、要は情報を集めておくと言う話だ。

 少なくとも彼はそう認識している。


 そして、彼の不自然に高い身体能力は聴力にも表れていた。


「……見ろよ。ガキのお付きだ。護衛の奴はもう死んだって話だぜ──()ならいけるんじゃねぇか?」

「……やめとけバカ。報酬はウマいが世の中イイ話にはウラがあんだよ。そんな簡単に済むんだったら金ださずに自分でやるだろ?」

「それもそうか。でもよーちょっとは考えないか?」

「ま、オレも気持ちだけは分かるよ」


 はは、と冗談として話を流した彼らが去っていく。


 トーハに状況を理解する能力は乏しい。

 分かるのは現状が命の危機かそうでないかの二択。

 彼らの雰囲気から不穏な気配を察する能力はない。


 だから、トーハには何か変な話をしているという認識しか出来ない。

 いくら助言されようとここが彼の限界だった。

 彼の知識は心もとなく、知識と知識を結びつけ推測を導き出すなど出来やしないのだ。


 そして、分からなかったことを永遠考えることもしない。

 目の前のことを淡々と片付けることを彼は優先する。

 だからいつも通り、配膳を承っている店員に声をかけた。


「ごはん、ください」

「あ、トーハさん。おはようございます。スープの方、ちょっと時間立ってるので早めに届けてあげてください」


 トレーに乗せられていたのはパンとスープ、それと荒野外から仕入れた野菜のサラダ。

 店員の言う通り、スープの湯気が鳴りを潜め始めている。


「はい」


 返事は大事。クレハに口酸っぱく言われた言葉をトーハは愚直に守っていた。

 その甲斐もあり、初めは無言過ぎるトーハを不気味な物として見ていた宿の店員たちも少し変だが、真面目な奴だと認識されていた。


 どこか危なっかしいが、言うことはどれも素直に聞くと女性店員の間では年上に受けているとかなんとか。


 そんなことは欠片も知らないどころか興味もないトーハはこくりと頷き、二つのトレーを持ち上げリィルの部屋へと向かう。


「あいりぃるさま」


 部屋の前に立ったトーハが主の所在を問う。念のためノックをしてもう一度。

 しかし反応はなかった。窓から聞こえてくる鳥の声だけが彼の声に応えていた。


 返事がないなら入っていい。ファイがそう言っていた。

 もはやノックの意義が不明だが、返事がないイコール寝ているのだから仕方がない。らしい。


 そんな裏事情など考えたこともないトーハが持たされている鍵で部屋に入った。


「──すぅ」


 安物の寝間着を身に着けた主がすやすやとベッドで寝ている。

 寝相はいいらしく、枕元から一切動かず仰向けで穏やかな寝息を立てている。


「あいりぃるさま」


 再びトーハが声かける。

 長年自分で起きてこなかったお嬢様は当然この程度で目は覚めない。


 次に体を揺するべきなのだが、暗殺者から生き延びた一件以降リィルから【体に触れないでください】と奴隷紋を通して命令──厳命されている。

 単なる指示であればトーハはファイの教えを優先したのだが、物理的に許されていない以上トーハに出来るのは声をかけることだけ。


「あいりぃるさま」

「……すぅ」

「あいりぃるさま」

「……」

「あいりぃるさま」


 メトロノームに匹敵する狂いないリズムが部屋の中で音を刻む。

 流石にそこまでされては煩わしいのか、徐々にリィルが表情を歪め始める。


「……ぅぅ」


 ノイズと呼ぶには規則的すぎる声にリィルが微睡みから頭を起こす。

 すると、ここ数日毎朝見るトーハの顔が視界に映り、ぴしゃりと目が覚めた。


「──あ、おはよう、ございます……」

「あいりぃるさま、おはよう、ございます」


 紙一枚で済みそうな彼の言葉辞書も日を経るたびにほんの少しずつ増えていた。

 その成果が、この挨拶である。


「ごはん、です」

「はぁい……」


 朝は弱いのか、間延びした返事を一つ、起き上がりはしたものの寝ぼけ目をこすりながらリィルがベッドに腰かけ佇む。


 ごんごんごん。


 慌ただしいノックの音。


「アイリィルの嬢ちゃんはいるかい!」


 ごんごんごん。


 焦りを募らせた男の声がノックに追随する。


「ひゃい!?」

「います」


 その忙しなさに、今度こそリィルが跳ね起きる。

 そんなリィルの悲鳴と、淡白なトーハの返事で所在を確認したらしい誰かが荒々しくドアを開けた。


「はぁ……無事だったか。よかった……」

「え、え? どうしましたか店主さん」


 入って来たのは二人が借りている宿の店主だ。

 最近生え際が後退してきているのを気にしてか、前髪を伸ばして誤魔化しているらしい彼は肩で息をしている。


「あんさんら、探索者組合には顔出したか?」

「……いいえ、今後のこともあるので控えていたところです」

「……そうかい。俺はお客が第一だ。だから金よりも信頼を取る。親父の代からの伝統だからな」

「あの、話が見えないのですけど……」


 肩で息をしていた店主は一度大きく息を吸って吐くと、ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出し、申し訳程度に広げた。


「これを見な」


 広げられた紙に記されていたのは、精巧なリィルの似顔絵だ。

 白黒で印刷されている顔でも美少女だと分かる顔たち。

 特徴的な艶のある金髪も分かりづらいが、絵の下に書かれた補足情報でリィルだと補完できる。何より、しわだらけの紙に記された名前は──


「……アイリィル・グレイ=サースラル」


 まごうことなき彼女の正式名だった。


「……多分、あんたらのことだろう? 組合に出された依頼は捕縛依頼だ」


 リィルが神妙な顔で頷いた。


「……はい。間違い、ないでしょう」


 彼女の整った顔たちが暗くなり、紙を持つ手は震えていた。


 年の割には聡明な彼女は分かっていた。

 絶えぬ追手は何度も撃退したが、回を重ねるたびに彼女の護衛は減っていた。

 しかし、アーランドまで逃げ切ればマシになるだろうと思われていたのだ。

 ──言い換えるならば、そうでなければ待っているのは絶望だった──と言うべきか。


 だが、希望的観測はたった今打ち砕かれた。


「悪いことは言わねぇ、今日の内に街を出な。アサエルにいる探索者なんて程度がしれてる。少なくとも、別の街にでるあんたらを追うほどじゃねぇな」

「……そうです、ね」

「もしかすればあんたらも同じかもしれないが……。このままここで居るよりはマシだと思うぜ。……俺には探索者同士の争いにゃ手は出せないからな」


 店主の真摯さはリィルにもよく伝わった。

 匿えるなら匿ってやりたいが、難しい。依頼が出始めた今なら逃げるのも容易だろう。

 だから逃げるべきだ。彼の申し訳なさそうな顔がリィルの不安を余計に煽っていた。


「ええ……。──お気遣い、ありがとうございます。今出なければ捕まるのは時間の問題でしょうから……」

「ああ、俺もそう思うぜ。……問題はこの依頼がリオドラにも出ているかどうかだな。こんな依頼、リオドラの方で扱うとも思えねぇが──」

「リオドラ?」

「探索者やってんなら【鉄色地下道】は知ってんだろ? あの辺を北上する道が【鉄色街道】なんだが──その道の先にあるのがリオドラだ。この辺で一番近い城壁都市ってやつよ」

「……」


 リィルが知っている単語は【鉄色地下道】しかなかった。

 だが、文脈から【鉄色街道】が申し訳程度に舗装されているあの道であることは分かるし、リオドラが大きめの都市であることも予測できた。


「距離はどのくらいでしょう」

「鉄色街道を通るんなら、歩き続けて数日。乗合バスなら丸一日ってとこだな」

「なるほど……」


 野宿を十日続ける金銭的余裕はある。しかし、リィルの体が十日も野宿に耐えられるのかという懸念はある。彼女も自信はなかった。

 何より、出来ればやりたくない。

 だが、乗合バスはどう考えても悪手だ。だってそうだろう。探索者たちから逃げるために街を出るのに、乗合バスなんてその探索者と共に過ごさなければならないのだ。

 誰だってわかる。何かしらの対策は必要だろう。


「……ふ、嬢ちゃんは野宿が苦手かい?」

「……えっと。……はい」

「ハッハッハ、見るからに()()()()()()()って感じがするもんな」

「……壁、裏?」

「リオドラについてからのお楽しみ──ってやつだ」


 先ほどまで慌てていたくせに、今は余裕そうにニマニマと笑う店主。

 疑心暗鬼なリィルからすれば隠さず教えて欲しいのだが、良くしてくれた店主のことを疑うのも避けたかった。結果、彼女は微妙な顔で頷く。


「とりあえず、バスに乗るってならその綺麗な髪を隠す方法は考えた方が良いと思うぜ」


 達者でな。と言い残し、店主は出ていった。

 まるで出ていくことが決まっているような口振りにリィルは首を傾げるが、どちらにせよそれ以外の選択肢はなさそうだと肩を落とした。


「……あいりぃるさま?」

「何か、隠せるものでも買いに行きましょうか……」


 話の内容を理解できていないトーハは最初から最後まで首を傾げていた。

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