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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
一章:奴隷から従者に
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おまかせください

「……おまかせ、ください」


 絡みつくような少年の声。

 声色こそ弱いが、芯の通った声に恐怖はない。


 声に引っ張られ、黒装束が視線を落とせば──這いずりながらも黒装束を睨みつける奴隷少年(トーハ)と目が合った。


 暗い、暗い、深淵を覗き込んでしまったような真っ黒な瞳。

 何がそこまで彼を駆り立てるのかも理解できず、黒装束は逃げるように彼の背中へ視線を移した。


「ハン、穴の開いた体で今更何を──」


 そして、黒装束の元へ情報の濁流が襲い掛かる。


 まず、彼の背中に傷跡がなかった。

 左胸も、腹も、右肩も、しっかりと風穴を開けたはずなのに、どこにも傷跡がない。


 だが貫通していないはずがない。彼の安物の皮鎧は背中側もきっちりと穴が開いており、三点ともに先程貫いた場所と合致している。


 弾は命中した。黒装束もその目で見届けた事実。

 だというのに、少年の体には弾痕一つ存在しない。

 ──それはまるで、傷跡だけが治ったかのようだった。


「コイツ──!?」


 そして、目を疑ったのはそれだけではない。

 彼の安い布服に隠されていた背中。弾痕を示す穴に赤い線跡が顔を出している。


「刻印持ちか!」


 傷が治った理由を悟り、黒装束がすぐさま拳銃を抜く。

 彼を殺すには体を両断せねばならなかった。


 リズミカルな銃声がトーハを貫く。

 黒装束の足首を掴んでいた手がだらりと落ち、拘束を逃れた黒装束がトーハの心臓目掛けナイフを振るい──


「【ファイアバレット】!!」


 黒装束の背後で赤い光が煌めいた。

 彼からは見えないが、裸体を晒した少女が目に涙を浮かべ突き出した掌に、幾何学的模様の円を創り出している。


 それは魔力の才あるものが使える魔術の印。

 今はその姿を失った真紅のドレスに似合う、高貴な血が許した緋色の魔術だ。


 一つだけしかない円は行使される魔術が下等であることを示しているが、人間に放つならそれで十分だった。


「──ガア゛ッ!?」


 撃ちだされたのは高熱の火球。


 頭をあぶられ、燃えやすそうな黒の服を伝い、黒装束が火だるまになる。


 いくら強かろうと、所詮は人間。いつだって火に弱い。火を扱うからと言って、耐性があるわけでもない。


「──【ファイアバレット】!!」

「っ~~~~~!!」


 続けざま、第二発が射出される。


 苦悶の悲鳴を上げ、黒装束が地面を転げまわる。こびりつくような僅かな緑に引火し、まだら模様のように荒野が火の跡を描く。


「【ファイアバレット】、【ファイアバレット】っ! 【ファイアバレット】ォ!!!」


 彼女の魔力が許す限り、半狂乱染みた叫びが緋色の魔弾を生み出す。


 今しかない。今しかなかった。


 頼れる忠臣はついに(たお)れ、ペットよりは役に立つ奴隷も風前の灯火。


 しかし、しかし。

 彼らの犠牲あってこそ出来た最大の隙だ。


 掴み損ねた希望へ向かい、本能的な衝動が彼女の魔力を唸らせている。


「【ファイア、バレット】っ!」


 黒装束は言葉もなく燃え上がり続け、やがては動かなくなった。


 それでも、リィルは魔術を撃つのを辞めなかった。辞められなかった。


 もしここで倒せなければ二人そろってあの世行き。生きてどうなるかなど、考える暇もなく、ただ本能に突き動かされるまま黒装束を灰にすべく死力を尽くしていた。


「【ファイア……」


 ──魔力切れになり、精神肉体ともに疲弊したリィルが崩れ落ちる頃には、周囲は焦土と化していた。


 かくしてこの場にいたもの全てが沈黙する。

 誰かがこの場を見たとしても、この【アーランド】ではさほど珍しくなく、身ぐるみを剥ぐ価値さえなさそうな彼らは幸か不幸か、路傍の石の如く無視されていただろう。





 そして、数十分が過ぎた。

 再び外傷の消えたトーハが起き上がる。


「……りぃるさま」


 膝から崩れ落ち項垂れた主。岩にもたれかけ意識を失っていた。

 己の指針を持たぬ少年はどうすべきか決めかね、とりあえず主の肩を叩いてみる。


 当然反応はない。


 魔術の行使は体に魔力を巡らせる必要がある。ならば、どのように魔力を巡らせるか。


 一般的には血流に乗せて流すと言われている。王族の血が比較的魔術を得やすいのも血が魔力に関するためだ。


 そして、魔術行使のため全身を回路として血流を加速させる。

 つまり、疑似的なランニングと似た状態になり脈拍も加速する。


 限界を超えて走りすぎた人間が最終的には失神するように、度を越えた魔術行使は気絶を招く。


 現に、トーハの主たる少女も脳の血液を使いすぎて気を失っていた。


 だが、そのような一連の流れをトーハが知る由もなく。

 彼に出来るのは半ば裸体の主を担いでアサエルの帰路へつくことだけ。


 せめて何かで隠してやるのが常人の気遣いなのだが……彼にそんな良心と呼べるものはなかった。横抱きではなく、米俵を担ぐように肩に乗せていたのと、うつ伏せだったのが幸いして最低限の何かは守られて──いたかもしれない。


 そんな少女の裸体がさらけ出されたアサエルの夜では、酒場の話題が似通っていたという。

 彼女がその事実を知るのはしばらく後だった。




 *



 駆け出し探索者の街アサエルでは、今日も今日とて探索者たちが往来している。

 彼らの日常を一言で言えば、荒野と街の往復だ。


 とはいえ、勿論それだけじゃない。

 例えば、荒野や迷宮の魔物と戦う武具を揃えること。

 己が命を預ける命綱であり、決して軽く見てはいけない──のだが、お金だって有限だ。

 危険を迅速に排するための武器、危機を耐え凌ぐための防具、危機を切り抜けるための道具。どれに重点を置くかは、探索者たちの性格が表れる場所であり、人となりを示す看板だ。


 リィルが利用している宿からさらに東へ五分ほど。

 寂れてもいないが、賑わっても居ない通りへトーハは足を運んでいた。


 そして、一件の店へ訪れる。


「ヒヒ、いらっしゃい。数日ぶりだね坊主──それと……面倒事はやめてほしいんだけどねぇ……」

「……」


 傷だらけながら、丁寧に磨かれている扉をくぐる。

 扉を開ける音に顔を上げ、出迎えの挨拶をしたのは老婆のしわがれた声。


 背もたれの高い木椅子に腰かける老婆は腰こそ曲がっているが、活力に満ちている。

 にぃと口角をあげ、少々気味悪げに笑う彼女にトーハは表情を変えることなく会釈をした。

 半裸の少女を背負っている割に慌てた様子もない少年。

 彼のつまらない反応に老婆が額のしわを増やし、肩に担がれた面倒事(リィル)に目を向けた。 


「……アイソは相変わらずだね。で、なんだい?!」 

「……」


 声は出さなかった。上手く言葉に出来なかった、というべきか。

 彼は要件を告げる代わりに、土に塗れたリィルを横抱きにして軽く持ち上げる。


「ぅん? ──要件は言葉にして欲しいけど……奴隷に言っても無駄かね」


 トーハの意図は老婆には掴みかねた。

 以前に剣を買いに来た時も頑なに言葉を発しなかった辺り、雇用主に口止めでもされているのか。その割にはあのお高く留まった青年はいないし、少年少女は傷だらけ。匿って欲しいようにも見えなかった。


「──ま、女の子にそんな姿晒させるのもかわいそうか。適当に見繕ってくるから、そこで待ちな」


 トーハに背を向け、老婆がカウンターの裏に並んだ棚を漁り始める。

 少女が着れそうな間に合わせの服か、被り物でも探しつつ、得体のしれない彼らを思案する。


 金持ちな貴族に連れてこられたのが数日前。

 いかにも高貴な生まれですと喧伝する少女の紅いドレスは、数日たった今も老婆の記憶に色濃く残っている。


 大して高くもなさそうな奴隷少年は念のための囮にしか思えなかった。

 人間など容易に殺せる怪物が跋扈(ばっこ)するアーランドで、拳銃などといった現代技術の得物ではなく、骨董品も良いところな剣を握らされたのだ。


 とっさに魔術を打てる使い捨ての魔術再現器(マギアコア)を持たせるわけでもなく、銃器を握らせるわけでもない。

 護衛らしき男が店の隅で打ち捨てられているような剣を一本拾い上げ、これをよこせと言われた時は年を食った老婆も目を疑ったものだ。


 だが、傷だらけながらも生還し、鞘にもこびりついている血を見ればその選択が間違ってないことも理解できる。


「坊主、多少は戦えるのかい?」

「……」


 こくり、と首を縦に振る。老婆は背を向けているので彼の反応は分からない。

 喋る気がないのか、喋れないのか。定かではないが、まどろっこしい態度は老婆の気に障るばかり。


「……面倒だねぇ。ハイかイイエくらい喋ったらどうだい?」

「…………はい」


 少々長い沈黙を経て、トーハが口を開く。


「……喋れはするのかい──はぁ。……クレハ」

「……?」

「いいかい。アタシに用があるなら名前で呼びな、クレハ、だからね」

「……くれぁ?」

「ヘッタクソだねぇ! クレハだよクレハ!」


 半ば叫び返しながら、丸めた一枚の布を少年へ投げ飛ばす。


「……!」


 丸めようと、布は布。空気の抵抗にまけてふわりと広げられた紺色のそれをトーハな慌てて受け止める。

 投げつけられたのは服というよりは、布を縫い合わせただけのマント。

 体を隠すという最低限の目的は果たせるが、およそ人間が着るものとは思えない代物。


「夜に上から被るだけの防寒着さ。でかいから体を隠すのはもってこいだろ?」

「……」

「返事ィ!」

「はいっ──!」


 頷きという舐めた返答をクレハは許さない。

 クレハの叱咤は口を動かし慣れないトーハが食い気味に反応するほど少年の心を突き動かせた。


「アンタのご主人様はそれでよくてもアタシは許さない。覚えておきな。人間のマナーだからね!」

「はい」


 三度目となれば多少は流暢だった。

 彼の返事を聞いてクレハが「喋れるんじゃないか」と悪態をつき、今度はカウンターから寝袋を投げつけた。


「……!」

「金もない奴に渡すモノはないよ! 嬢ちゃんだけは……オンナのよしみでまけてやるさ。──起きるまでは寝かせてやりな」

「……はい」


 何かと常識に欠けている少年だったが、最低限の世話は出来るのかトーハが主の介抱を始めた。


「うう……ぅん」


 随分と拙い手つきでリィルを抱え、先に広げて置いた寝袋に彼女の体を滑り込ませる。

 宿のベッドよりも硬い寝心地に身じろぎするも、肉付きの悪い少年の背中よりはマシだろう。


 夜は冷える荒野用の暖かい羽毛に包まれているうちに、リィルはすやすやの寝息を立て始めた。


「フン……けったいな子だ」


 その様子を見ながら、クレハが不満げに鼻息を鳴らす。

 何かと面倒な子だが、使えなくもない。


 愛想も態度も悪いが、安物の剣一本で主を連れ帰ってきたのは評価できる。保護者らしき青年が居ない意味は察せられるが、アーランドではよくあること。

 口にするだけ野暮である。


 少なくとも、ここいらの荒野鼠(ウエスラット)と剣一本で渡り合えるなら将来は有望だろう。

 所詮、少しでも掛け違えれば死ぬと分かる程度の有望さだが。


 ━━少なくとも、荒野の殺意に至近距離で向き合い、それを制した覚悟の強さは褒めても良いと思っていた。


「採算はぁ……ま──とれそうかね」


 危なっかしくともそれなりに金を稼げそうな良客(トーハ)を見ながら、クレハは頭の中の算盤を弾いていた。





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