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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
四章:三級探索者編〜フォールドなんて許されない〜
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予定調和

「ラーディア姉ぇのぐりぐりだけはマジ勘弁……」

「アンタが悪いんでしょ」


 ヴァンの悪癖を知ったラーディアにこってりと絞られたヴァン。

 LOPの中で怒らせたら一番怖い人最上位。そんな人物の静かな怒りで委縮していた一行だった。


 しかし、プルスアの中に入ってからは一転した。


 リオドラにも負けない厚さと高さの壁。

 加えて、魔物の大群にも抗えそうな火器の数々が壁に備え付けられている。


 そんな物々しい壁の内側では、物々しい格好した探索者達が行き交っていた。


「おぉぉぉ!!!!」

「みんな凄い格好ばっかり…!」

「強そう」


 年少組が歓声を上げる。年長組も目を奪われてはいたが、

 一斉に移動したせいで、壁をくぐる検問にそこそこ止められたストレスもあって、リオドラでは見れない光景に感情を揺らされていた。


「ねぇねぇヴァン! あれ! アッド・グレイス社の最新式短機関銃(サブマシンガン)じゃない? もう買ってる人居るんだ〜」

「落ち着けミリアム。二級探索者(エキスパート)なら持ってておかしくないって」

「へぇ~〜……。じゃあヴァンがじーっと見てたやつ、同じ最新式の突撃銃(アサルトライフル)のでしょ?」

「……うっせぇ。俺らの稼ぎ一ヶ月分突っ込んだって2割なんだ。見てたっていいだろ」


 リオドラでこそ中堅に分類されるLOP年長組の彼らも、この場では駆け出し同然。

 彼等の資金力ではまだ手が出せない高級品に目を奪われるのも仕方がない。


「とりあえず、オレとミリアムで組合に顔出してくるわ。ラーディア姉、チビども連れてってくれ」

「はぁい」

「じゃ、トーハ。また後でな」

「はい、また」


 手をひらひらとさせて、ヴァンが人混みに消えていく。


 任務は今日から。

 組合に到着報告を済ませた者から順次指定の場所に配置される。


 配置場所が決まるまでは暇が出来るので、それまでは各自待機になっていた。


「なぁルーバス、ここにいんの何日間だっけ」

「うんと……10日間(一週間)だったはず」

「オレが聞いたのは40日間(一ヶ月)だったけど、何の違い?」

「えっと」

「細かく()()ときは一ヶ月」


 言い淀んだルーバスの代わりにナノが答える。

 壊す。その言葉に興味を持ったリィルが口を挟んだ。


「細かく壊す……ってことは派手に壊すも……?」

「そう。霊峰山脈(フジ)への道を無理やり作ってるから」

霊峰山脈(フジ)……アーランド中央に行くための南の壁……でしたっけ」


 本任務における事情はリィルも詳しくは知らない。

 正確には、ロチェリーが説明してくれたが、連続すぎる任務に萎えてほとんど聞いていかなかった。

 代わりにトーハがしっかり聞いていたが、彼は聞かれない限り説明もしない。


「そうよ〜。あっちの山、見える?」

「あっちの……。あの、どこまでの話ですか?」


 遠くを指さすラーディア。

 示す先には確かに山々が見えるが、彼らが来たリオドラがある西を除き、山々で囲まれている。


 それよりも身近にある高い外壁に霞んでいるが、山脈前線基地と称されるだけあった。


「全部よ全部。あれが迷宮連峰ノルン・ヒニマ」

迷宮連邦(ノルン・ヒニマ)……」

「あくまであれの総称、なんだけど……ね。本質は大量の迷宮核(ダンジョンコア)を抱えた大迷宮」

「探索……終わらなさそうですね……」

「そうなの。だから壊してる」

「え?」


 迷宮というのは探索者が思っているほど繊細だ。

 迷宮が独自に生み出す魔物は全て迷宮核(ダンジョンコア)に由来している。


 そして魔物が落とす魔石が荒野の経済と生活を支えている。

 だからこそ、迷宮暴走(スタンピード)が起こるリスクを許容して、残されている。

 これは今までリィル達が探索してきた迷宮全てに言えることだ。


「壊したら……迷宮暴走(スタンピード)とか起きたりしないんです?」

「起きるね」

「じゃあ……!」

「だから私達がここに来たの。壊した時の迷宮暴走(スタンピード)に対応する為に。」

「だから防衛、ですか」


 その辺りの事情もトーハはロチェリーから既に聞いていた。

 明確に意義がないなら話さないが、不安がっている彼女を安心させるためであれば話は別だ。


「やまをむりやりかいたくしたので、やまにかこまれています」

「昔は……どういう形を?」

「そりゃこの辺全部山だろ──って、そうか。アンタらここにきて一年も経ってねェもんな」

「二年前は全部山だった」

「全部……」


 レオとナノに補足されて理解が追い付く。

 しかし現実味はない。つい呆気にとられ、口を開けて周囲を見渡す。


 往来する探索者。

 武骨な機能を重視した建物群。

 それらを取り囲む大壁。

 そして、それを築くため切り開かれてきた山々。


 この光景が全て山で埋まっていたというのだ。

 驚くべきはその開拓力か。短い期間で為し得たことか。

 はたまた迷宮暴走(スタンピード)を恐れぬ意志か。


「今回の短期間かつ大規模な作戦が五回目で。僕らも来るのは初めてですけど……今回でついに霊峰山脈(フジ)への道を開通するって──!」

「落ち着けって、ルーバス。その話第四次の方でも聞いたけど出来てねぇじゃん」

「今回は上手くいけそうなんだっ」

「それにさァーオレらの配置場所端っこだろ? 開通してるところ見れねぇよ」

「うっ。それはそうだけど……」


 肩を落とすルーバス。

 前回の開拓作戦。及び山脈前線基地プルスア防衛は約二ヶ月前に行われた。

 ちょうどリィル達がこの荒野に入った頃だ。


 皮肉なのは、この作戦のせいで荒野南部の入り口──アサエルから数少ない三級探索者(レギュラー)以上が移動しており、リィル達が襲撃された時期に助けてくれるものが皆無だった。

 その時期でなければファイの生死また変わっていたかもしれない。


 いつの間にか、リィルの運命を左右していた。

 ただ、リィルの頭ではそこまで行きつかず、山脈前線基地(プルスア)を取り巻く事情に驚くばかりだった。


「端っこというのは?」

「基本的に数合わせのオレらは迷宮暴走(スタンピード)による魔物と戦うんじゃなくて、迷宮暴走(スタンピード)の余波で飛び出してきた魔物の討伐なんだよ」

「仕掛けて置いた爆弾で、決められた迷宮を破壊。すると魔物も飛び出して、迷宮連邦(ノルン・ヒニマ)は複数の迷宮の集合体だから──」

「他の迷宮に流れ込む?」


 開通予定の場所にはすでに大量の爆弾が仕掛けられており、それを爆破する大雑把な作戦。

 決壊したダムから流れ出る水のように魔物達が溢れ出す。

 そして、本来流れるべく川に大量の(魔物)が流れれば、当然それも決壊する。


 自然界の摂理。当然の結果だ。


「そ。俺らはその余剰担当。つまりは雑用だよ」

「こーら、レオ君。雑用なんて言わないの。立派なお仕事なんだから」

「し、知ってるって。だからこめかみぐりぐりはなし!」


 めっ、っと掲げられたラーディアの細指。

 先ほどヴァンのこめかみを苛めたそれに、レオが両手を突き出し顔をぶんぶんと振る。


「……そんなに怯えなくっても」

「ラーディア姉さんのぐりぐり、見た目以上に痛いから……さ」


 今さっき彼女の怒りの被害者を見たばかりだ。

 二の舞になりたくはなかった。


 そしてレオの認識はルーバスやナノにも共通している。

 ルーバスの慰めも、慰めどころか追い打ちと化している。


「あはは……正直助かるなぁ」


 藪蛇になりたくないリィルもコメントは控え、曖昧に笑うだけ。

 雑用と聞かされていたのもあり、萎えているレオ達とは対照的にホッとしてたリィル。

 ここ最近楽な仕事が来ていない。そろそろ身の丈に合ったことをしたい気持ちで一杯だった。


 小声で零した言葉こそが彼女の本音である。


 まだ成人とも呼べない者が集まるLOP。

 集団として成り立っているのは表のリーダーであるヴァンと、裏のリーダーであるラーディアの影響が大きいのだろう。


 どちらが重要ではなく、両方の存在が重要である。


「それで、決まるまではどう過ごすんですか?」

「私も初めてだからあれだけど……。それほど時間もかからないみたい。決まったらMGで呼んでくれるはずよ」

「へぇ……」

「それまではご飯でも食べましょう。腹が減ってはなんとやら、ってねっ!」


 茶目っ気たっぷりのウインク。

 しかし、骨が軋む音すら聞こえていたあの体罰を見てしまえば──リィルには可愛げの欠片も感じられなかった。


「オレあの串焼き肉食いてぇ!」

「はぐれないなら適当でいいですよね、ラーディア姉さん」

「ええ」

「おっしゃ! いこうぜルーバス! 腹いっぱいにつめる!」

「八分目にしときなよー……」


 ここには仕事に来ているが、今は休息の時間だ。

 比較的楽な仕事と言えど、命を懸けている以上楽しめる時に楽しんでおくのが探索者である。


「リィル。クレープ食べに行こ」

「クレープ! いいですねっ!」

「ふふ……。私も、一緒にいい?」

「もちろん」


 ナノが平坦ながらどこか楽し気にリィルを誘う。

 子供らしい振る舞いに笑みをたたえつつラーディアも乗った。


「…………」

「トーハ? 早くいかないとおいていきますよ?」


 徐々に自分の意思が芽生えつつあるトーハは肉に心惹かれていた。

 とはいえ主から離れられない。


 僅かな葛藤から立ち止まっていたが、リィルから声をかけられてその悩みを振り切った。


 お昼時なのもあって、軽食の類の屋台は空いていた。


「ん~~~っ!」


 お金を武具に使いがちなリィルが散財どきだと奮発し、あらゆる果実をふんだんに使ったクレープを満足げに食べている。


「……目の前で食べられるとやっぱり後悔しちゃうね」

「でも、あれ、これの5倍」

「流石に……ね」


 ラーディアとナノは比較的安めのチョコレートとホイップだけで挟まれたクレープを食べている。


 もちろん十分に美味しい。美味しいが、明らかにより美味しそうなモノとそれを嬉しそうに頬張る少女。

 そんな光景の前では、彼女たちのクレープもどこか見劣りしてしまう。


「…………」


 無言のトーハもリィルと同じ果実一杯のクレープをぱくついている。


 別に食べたかったわけではなく、一人だけ豪華すぎるのを買おうとしたリィルが孤独にならない為、買わされた。


 一応美味しいと感じていたし、それなりに満足はしていた。


 基本的に主を視界に収め続けているトーハが、今だけはクレープに目を落としているのがその証だ。


「もうそろそろ来るかな」


 一足先に食べ終えたラーディアが、組合がある方を見つつ呟いた。


「もうちょっと食べたい」

「うんうん。でもどこに──」


 素直なナノにリィルも賛同する。


 リオドラと違い、プルスアはそこそこ稼ぐ探索者を主な客層だ。

 他の屋台も値段相応の気になる品物が並んでいる。


 とはいえ、どこに配置されるかも気になる話だ。


 それを想像した瞬間。リィルのMGが軽快な電信音を奏でる。


 画面を見れば、ヴァンからの着信だった。


「……どうしてリィルちゃん?」

「さぁ……? えっと、出ますね──はい、リィルです」


 ヴァンが連絡するなら、皆を纏めるラーディアのはず。

 違和感に一抹の不安を覚えつつ、応答した。


「おう。今大丈夫か」

「ええ、何かありましたか?」

「……ちょっと話が変わった。アンタらだけ別ん所らしい。──楽しそうなところだ」

「えぇ!!?────はぁ…………」


 楽しそうなところ、なんてどう考えても字面通りの場所ではない。

 嫌な予感こそ当たるもの。

 ここ最近でそれを自覚しつつあるリィルは、悲しい声色ながら納得する。


「場所は──どこですか?」


 深い溜息をつくリィル。しかし、時間を置かず尋ね返した。

 瞳には諦観と悲しい覚悟を秘めている。


 それは、皮肉ながら彼女の成長を示していた。


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