内緒話
関係者を乗せ走り出した防衛任務用バス。
運転手は組合側が用意してくれていた。
「……それ、ずっとつけたまんまなのか?」
車内にはヴァンとミリアム、いつもはあまり孤児院から出ないラーディアのLOP最年長勢。
「ええ。咄嗟の時に便利なので」
両肩にシールダーとガンナー、腰にスナイパーの自動魔砲台を吊るしている。
傍から見れば、黒い立方体をあちらこちらに取り付けた妙な格好だ。
見た目よりも実利を重視するのは当然のことだが、動きにくそうな彼女に、ヴァンが困惑している。
「魔力の扱いに長けているとは聞いていたけど、三つも同時に使えるなんてリィルちゃんすごいわね~」
そんなヴァンとは対照的に、ラーディアが両手を合わせ、すごいすごいと褒め称えていた。
ほんわかとした印象は、緩く巻かれた亜麻色の髪とよく似ている。
「同感よ。アタマの中どうなってるの?」
「……そこまで言います?」
「褒めてるのー」
「わっ、髪グシャグシャにしないでくださーい……」
リィルの金髪をさっと撫で回し、抵抗される前に離脱。
外ハネした灰髪の毛先を持て遊びつつ、ミリアムは素知らぬ顔をしていた。
自動魔砲台の操作だけでなく彼女も戦うのだから、ミリアムがそこまで言うのも無理はない。
「オレらよりも金持ってるだろ。聞いたぜ、2000万貰ったって」
「2000万!!!」
「女王アリの比じゃない」
「逆に不安だなぁ……」
レオ、ナノ、ルーバスも後部座席がわいわいと騒いでいる。
彼らもつい最近三級探索者に上がったばかり。
女王アリでの稼ぎをばねに装備を整え、彼らなりに壁を乗り越えて来たのだ。
そんな彼等でも、四桁万を超える額の金に驚きを隠せない。
「お世話になってる分1割回したじゃないですか」
「……ヴァン兄、この前の臨時収入って」
「だからラーディア姉も外に出れたんだ」
「しばらく稼がなくて良い。楽」
普段は孤児院の面倒を見ている母的存在──ラーディアも今回出てきたことにレオ達疑問を募らせていたが、思わぬ形で解明された。
何かあっても200万Cあれば食うに困らないとの判断だ。
「うっさい黙れ。リィルも、別にたかってる訳じゃねぇって、話題だ話題」
「第一印象のせいでしょ」
「ミリアムまで……オレなんかしたか?」
「忘れてないからね、勝手にガンつけて──」
「おいばかやめ──!」
ラーディアが「他所に迷惑を……?」とやんわり首を傾げる中、ヴァンがミリアムの口を抑えにかかる。
後部座席のレオ達は200万Cがあれば何をしたいかとわいわい騒いでいた。
「……賑やかですね」
「でしょう? これを守るために、私もこっちに来たの」
「……ラーディアは戦うのが嫌いですか?」
穏やかな笑みをたたえつつ、どこか決意の滲んだ声色だった。
温和な彼女の初めて見た側面に、リィルはつい尋ねかける。
「ん~……だいっきらい、かなぁ」
温和なラーディアの口は緩やかに弧を描く。
けれども、象徴でもある垂れ目は微塵も笑っていなかった。
*
それからバスで揺られること数時間。
切り立った山脈が見え始め、麓には砦を思わせる物々しい雰囲気の基地が出来ていた。
リオドラほどではないが、基地を囲む高い壁が魔物の脅威を示している。
そして、壁の上部には何やら兵器らしき大小さまざまな穴が顔を出している。
「あれ全部火器ですか?」
「そうだぜ! かっけぇよな! オレも初めて見た!」
「三級探索者以上じゃないと入れないのもあって、僕達も見るのは初めてなんだ」
何と戦うのすら想像もつかない多種多様の兵器群。
面食らっていたリィルの傍で、少年二人が興奮していた。
「楽しそうなこってね。落ち着いてから行く?」
「……急ぎでもない」
「はいはい」
組合から派遣された運転手がバスを駐車場へ止めに行ったので座る所はない。
バスを降りる周囲の探索者がどんどん基地へ入っていくのを横目に、ヴァンは盛り上がる年下達を遠くから見守っていた。
ミリアムもそんな彼の傍らに立ち、のんびり突撃銃の手入れを始める。
「トーハ君はいかないの?」
「……どこへですか」
鞘に納めた剣の柄に触れたまま、リィルを見つめているトーハに少女が尋ねかける。
年若い保護者組のもう一人、ラーディアだ。
「レオ君たちのとこ。たのしそうだよ?」
「トーハは、リィルさまのけん、です」
だから別に楽しむ必要はない。
欲求を抑えているような口振りではない。
必要がないからしない、ただの事実確認だった。
「……そっか」
ラーディアは困ったように眉を下げて、控えめに笑った。
素直に楽しめばいいのに。なんて押し付けを彼女は口にしない。
彼の生き方を納得は出来ずとも理解した。
それでも、もっと年相応に生きられることを片隅で願う。
「トーハ君はさ」
「はい」
基地の壁に興味が失せたのか、レオ達の興味は一回り二回りも格上な周囲の探索者向けられる。
大剣に銃口を兼ね備えた大型武器を抱える者や、体中に火器を取り付けている者、増強服のルーツでもある乗り込む兵器──強化外装を操縦している者。
リオドラではあまり見かけない武装ばかりだ。
「ああなりたいと思う?」
まだ人の機微に疎いトーハには、ラーディアの真意は分からなかった。
ただ、トーハも全く知らない装備を着込む探索者はいずれ来る未来の自分だ。
探索者として生き続ければ彼らのようになるだろう。
わかりやすい強さは無用な戦いを避けられる。
でも、トーハには探索者達を映すラーディアの瞳がどこか曇っているように見えた。
「リィルさまをまもれるなら、なります」
希望でも、願望でもなく、純然たる事実。
その事実を掴むのをやめれていならば、トーハはここにいない。どこかで死んでいた。
彼の根底であり、行動原理。守るために強くなるのだ。
「そっか。……君は強いね」
「ラーディアのほうが、つよいとおもいます」
「ふふ、トーハ君お世辞言えるんだ」
彼が探索者歴などを考慮して言っているのは分かっていた。
でも、守衛を倒せたなら一年二年の差なんて無いに等しい。
「おせじ?」
「……君はそういうのじゃなかったわね」
「よくわかりません。でも、ロップのひとたちは、トーハのしらないことをしっています」
「……そうかもね~。探索者としては~そろそろ4年? ──わ、4年になっちゃうんだ」
口にしながら、意外と長くやってきたことにラーディア自身が驚いていた。
「みじかい、ですか」
「ううん、長かったよ。こうしてみると短かったかもしれないけど」
過去を振り返る。
拾われて、育てられて、同じように誰かの助けになりたいと志してから──8年。
路上で貧しく生きながらえていた当時8歳の少女はもう大人になっていた。
人生の多くを探索者として過ごしたラーディアだったが、荒野に出るのは未だに体が竦む。
殺風景で、砂塵が足元を這いまわる。口の中に砂が入り込めば、味覚を無視した不快感が押し寄せてくる。
そんな荒野の日常はあの日の記憶を想起させるもので。
「……っ」
ふと、蘇る記憶に体が震えた。
脳裏に刻まれたいつかの記憶。とっくに乗り越えて、今ならどうとでもなるはずなのに、舌を這っていたあの日の砂の味が忘れられない。
「……だいじょうぶですか」
「──。ふふ、心配させちゃった? ごめんね~」
「…………」
僅かに頬が引きつっている。
虚勢を張っているのは人の機微に鈍いトーハでも分かる。
感情は分からなくとも、差異を見つけるのが得意な彼にとって、虚勢はなんのごまかしにもならない。
じっと見据えられてラーディアは諦めたように息を吐いた。
「……意外と聡いんだね」
「?」
「無自覚かぁ。たらしだったり?」
「たらし……? よく、わからないです」
まだ知らない言葉にトーハは首を傾げる。
夜にはMGで調べて学びはするが、時々こういった齟齬が起きている。
「おぉーーい!!」
「そっか──ごめんね~、今行く~!」
ラーディアは遠くで自分たちを呼ぶヴァンに手を振り返し、歩き出す。
距離が空いているので彼らの声は叫びでもしなければ聞こえないだろう。
「分からないなら、分からないままでいいから。ちょっと聞いてくれない?」
振り返り、後ろでに手を回したラーディアがはにかむ。
断る理由もないトーハは素直に頷いた。
「ありがとう。──私はね、こわいの。平和に暮らしたいけど、きっといつかは死んでしまう。もしかしたら、穴だらけにされるかもしれないし、おっきな怪物に丸かじりされちゃうかもしれない」
「……そとにでなければ」
「分かってる。でも違うかな。ヴァン君やミリアムちゃんが頑張ってるのに、逃げるのはもっと恥ずかしいことだから」
トーハの眉がほんのり顰められる。
難しい言葉だった。一つ一つは難しくないけれど、答えがない問い。
恐怖の薄いトーハには分かり得ぬこと。
理解できない少女の葛藤を彼なりに咀嚼しようと頑張っていた。
「ふふ、ごめんね変なこと言って」
思考の海に沈むトーハの足が鈍くなる。
誠実な彼の態度にラーディアは愛おしそうに頬を緩めた。
安直な否定も肯定もせず、彼なりの答えを探す姿は美点だと感じている。
「私が言いたいのはね、んーと……怖いのは怖いけど、考えるのを辞めるのは駄目。向き合うことから逃げるのも駄目っていう話」
「……?」
余計に分からないとトーハは首を傾げる。
「とにかく、そーゆーこと──ね?」
「……はい」
解せない。が、トーハは頭の片隅に留めることにした。
それが普段荒野に出ないラーディアの足を動かしたと直感して。
「あ、そうだ」
しかし、話を終えたラーディアが声色を変えて、立ち止まった。
「はい」
ゆったりとした口調の彼女からあまり聞かない、どこか笑いを堪えるような楽しげな声。
「さっきのヴァン君が言ってた第一印象の話……詳しく聞かせてくれない?」
これがリィルなら誤魔化していただろう。
しかし、トーハにそんな気遣いが出来るはずもなく。
「リオドラにきたときです──」
赤裸々に語られるヴァンの悪癖。
話が進むたび、ラーディアの笑みが深くなり、目から温度が消えていく。
話を聞き終えたラーディアが全く笑っていない笑顔でヴァンに話を持ちかけるのは……また別の話である。




