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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
四章:三級探索者編〜フォールドなんて許されない〜
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贅沢をしらない者

 リオドラ・翡翠武具店、二階。

 もうすぐ昼間に差し掛かる頃合いだったが、とある少女が間借りする部屋では駄々をこねる声が響いていた。


「リィルさま。きょうじゅうによやくしないと、まにあいません」

「いーやーでーすーー!!」


 ベッドでじたばたと暴れているのは、今は亡き国の王女──アイリィル・グレイ・サースラルだ。

 欠片も王女に見えないその振る舞いを続けること10数分。彼女の手をぐいぐいと引いている従者──トーハも半目で見降ろしていた。


「……むりです。ヒスイさんにつれてこいと」

「……しってますぅ」

「じゃあバカなことしてないで出てきてください。こどもですか」

「えへ。はぁい。まだ子供ですぅ──っと」


 ぺちぺちと頬を優しく叩かれる。かれこれ10分程、2人はこんなやりとりを続けていた。

 一通り我儘と文句を吐き出す甘えを終え、落ち着いた彼女が手を引かれるままにベッドから降りた。


「ヴァンたちもまってます。はやくおりましょう」

「……え。そんな話でしたっけ」

「……わすれたんですか。とりあたまなりぃるさま」

「っ……不敬ですよ」


 罵倒の語彙が増えている。奴隷の癖に生意気だった。

 しかし、主もまた変人の類である。

 自身の首筋を駆け上がる感覚に目を細めつつ、タンスから着替えを引っ張り出した。


「したでおまちしてます」

「……はいはい」


 リィルの文句も意に介さず受け流し、ペコリと頭を下げたトーハが部屋を出ていく。


「……結局一日もゴロゴロできませんでした」


 彼が退出したのを見届けてから下着姿に。さらにため息を一つ。


 少女らしさと女性らしさの中間を併せ持つ肢体。

 探索者向けの治療や薬の服用によってコンディションは強制的に整えられる。


 結果、前よりも肌艶が増していた。

 以前なら喜んでいただろうが、今はこの環境に慣れてきたことに嫌気がさすだけだ。


 頭が起きてくるにつれ、どういう話だったかを思い出していた。


 プリムからの依頼──守衛(ゲートキーパー)の討伐は無事完遂。

 帰り道を彼らに送ってもらったせいで、探索者の自覚が足りないと説教はされたものの、満足気だったので安心して帰れたまでは良かった。


 2日ほど病院の世話になって退院。組合に報告をしようと思えば、ロチェリーの元へ連れていかれ昇級と次の依頼──山脈前線基地プアルスの防衛任務への参加を告げられる。


「なんで次の依頼が来るんですか。しかももう決まってるなんて……もー…………」


 リィル達が病院で療養している間に細かい手続きは済んでおり、支度金兼報酬金の2千万C(コール)に喜ぶ暇もなく山脈前線基地(プルアス)への移動の説明を受けた。


 リオドラから東へ数百㎞の移動をすることになったが、大規模任務なため、乗り合いバスに乗る予約も必要。

 とりあえず失った武装の補充、治療費の支払いを済ませた翌日──すなわち今日である。


 リィルもいっぱいいっぱいで記憶に残っていなかったが、LOPのヴァン達も参加するらしい。

 なので、多めにとっていた枠を二枠分けてもらったのだ。


「分けてくれなくていいのに。二人増えたって変わりませんってば……」


 そこの調整もリィル達のメンター、ロチェリーが全てクリア。電子証明書も彼らのMGに送付済み。

 一時も息を付けぬまま、バスに乗り込む羽目になっていた。


 独りになってもグチグチ文句を垂れ流し、気持ちの整理を付ける。

 嬉しくないが、この理不尽な流れにも耐性が付き始めていた。


 服を着替え、武装を身に付ければベッドで駄々をこねていた少女の姿は消える。


「……行きますか」


 腰元の魔導銃(マギアカノン)の感触を確かめる。新調したそれは三級探索者(レギュラー)に相応しい品物。

 魔弾を発射するだけでなく、少々特殊な機能を備えている。

 惜しげもなく100万(コール)を明け渡し、ヒスイに用意してもらった。


 表情を改め、部屋を出る。

 少ない期間ながら、三級探索者(レギュラー)に上り詰めた一人の探索者の顔をのぞかせていた。



 *


「おせぇな、やっと来たか」

「仕方ないでしょ、流石にあたしでも同情しちゃうもん……。おはよーリィル」


 階段を下りる音に反応して、ヴァンとミリアムが各々声をかけてくる。


「すみません、お待たせしました。もう出発でしたか?」

「30分後ってとこだな。時間は余るけど余裕持たせるのは大事だろ」

「ごもっともです」

「みんな忘れ物はない? 一応あっちでも補給できるけど、あっちにつくまでが大変だからねー」

「つくまで? それって──」


 そんな話は初耳だった。

 気になったリィルが尋ねようとするも店奥から響いた声に遮られてしまう


「リィルちゃーん! まだいるー?」

「……。何かありましたかー?」

「間に合ったぁ……。新しい自動魔砲台(ドローン)、届いたわよ!」

「っ! 本当ですか!!」


 水を差されたことも忘れ、リィルの瞳が輝いた。


自動魔砲台(ドローン)? この間うちで試してたやつか?」

「いえ、そっちはもう壊しちゃったので」

「リィル……もう少し楽なことした方がいいからね……?」


 魔導銃(マギアカノン)と移動能力を備えたシンプルなもので数十万C(コール)が最低価格。

 単に武具を新調するよりも高い買い物のはずだが、まるで消耗品のような扱いをしている物言いだった。


 そこまでのレベルの探索業を強いられている。

 その事実にミリアムが本気で心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。



「私だってそうしたいんですっ!!」

「りぃるさま、グズグズいうのはあとにしてください」

「……はぁい」


 トーハに引きずられるまま、リィルが店奥に連れていかれる。

 よたよたと覚束ない足取りは、本気で抵抗しないが素直に従うのも嫌な彼女なりの甘え。

 連れていかれるリィルの顔持ちも上機嫌に見えた。


「あいつら……あんなのだったか?」

「多分違うと思う。なんか、変わったね」

「だな……」


 主へ遠慮のない物言いの少年と、成すがままに連れていかれている少女。

 この間見かけた時と随分印象が違う。

 面食らったヴァンとミリアムは思わず顔を見合わせていた。


「ヒスイさん、リィルさまを連れてきました」

「お、ありがとねトーハくん──よいせっと」


 ガレージと繋がっている荷物置き場から持ってきたらしい梱包材を机に置き、カッターで封を開ける。


「はいこれ。ご注文のオートマギニクス社の自動魔砲台(ドローン)。3種類……メーカーさんも困ってたよ?」


 笑いながら形状の違う3機の自動魔砲台(ドローン)を並べる。

 守衛(ゲートキーパー)との戦いで高級囮として使い潰してしまったため、新しく注文したのだ。


「わぁ……! どれがどれなんですか?」

「右からシールダー、ガンナー、スナイパーよ」


 3機とも空挺のような現実にある飛行物体をモデルとせず、黒い立方体にそれぞれの得物を取り付けたスリムなデザインが特徴的だった。

 それぞれすべてに魔防壁(マギアシールド)魔導銃(マギアカノン)が搭載されているが、盾の出力と銃の射程が反比例している。


 魔防壁(マギアシールド)の残量を増やすため、前衛型ほどベースとなる黒い立方体のサイズが大きくなっていた。


「シールダーを手元で扱って自衛したり、スナイパーで背後を突かせたり、対応の幅は広くなるけど──1機150万C(コール)なんだから、無駄使いはしないようにね」


 合計450万C(コール)

 リィルの新調した魔導銃(マギアカノン)の4倍以上。

 金銭感覚が壊れているのは自覚している。

 一般的な三級探索者(レギュラー)の1日の稼ぎの平均が経費含めず、10万から20万C(コール)


 彼らは一般的な三級探索者(レギュラー)には含まれないが、およそ30日分の稼ぎが消える計算だ。


 しかし、最近の災難を目の当たりにしているせいで、節約して死ぬぐらいなら使ってしまえと投げやりになっていた。


「分かってます」

「ならよろしい。じゃ、行っといで! 死ぬんじゃないよ!」

「はいっ!」

「はい」


 ばん、と背中を叩かれ二人は新たな地へと送り出された。

 店前で待っていたヴァンとミリアムと一緒に去っていくのを見届けながらヒスイは頬杖を突いた。


「……まったく。世話が焼けるんだから」


 MGを起動し、電子明細に目を落とす。



 請求額9()0()0()()C(コール)


 1機300万C(コール)だ。

 汎用品と違い、わざわざ汎用性を下げてまで特化させた代物は総じて高い。

 それも自動魔砲台(ドローン)を専門に扱うオートマギテクノの品だ。いわゆる技術料もしっかり乗せられている。


 総合性能こそ三級探索者(レギュラー)級だが、あの3機を連携させ、扱えたならばセットで二級探索者(エキスパート)レベルに匹敵する。


 そんな品物を相場の半額でリィルに売ったが、ヒスイが身銭を切ったのではない。


 複数の自動魔砲台(ドローン)を扱える有望な子が居る。

 と、オートマギテクノ社の営業に売り込みをかけたのだ。|女王アリと守衛(ゲートキーパー)の実績を魅せ、まだ公になっていない分、恩を売るなら今の内──と言葉巧みに煽りに煽った。


 1機を自由に操るだけでも才能がある方なのに、3機を自由に操れるレベルとなれば流石に営業も疑ってきたが、

 この間LOPで試させた映像はばっちり記録してある。


「今思い出しても笑うわほんと。口ぽかんと開けて眼鏡がズレ落ちるの、傑作だわ」


 とはいえ、高額商品を半額で値切ったヒスイには何の儲けもない。

 相応の品を売ったので利益はあるが、別にここまでする必要もなかった。


 すぐに厄介事を持ち込んで、這う這うの体で帰ってきて、稼いだ金をつぎ込んで次の厄介事に行く。


 砂鮫(サンドシャーク)の頃から変わっていない。


「1万C(コール)のガキどもだったのにねぇ」


 魔石の売却額で一喜一憂していたのが懐かしい。遺物があーだこーだと軌道に乗せたと思えば、迷宮暴走(スタンピード)に巻き込まれ、その親玉をぶった切って帰って来る。


 ボロボロになって病院で療養。ようやく落ち着くかと思えば、今度は機械人形(オートマタ)相手にひいひい言って騒いでいた。

 しまいには、二級探索者(エキスパート)の壁で有名なデカブツを沈めて来た。

 前途多難の呪いでも掛けられたのかと疑ってしまう。


 月を2回跨ぐ前に4桁万C(コール)を稼いだ命知らず共。

 そのくせ、その金で豪遊することを知らない馬鹿共。


 店を譲ってもらって、しょうもないエゴを貫きながら怠惰に生きて来た身としては、もっと平穏に生きて欲しいと思うのだ。


「いいお得意様だよ全く。……少しは他の金の使い方を覚えた方がいいね」


 ──決して彼らの前で言うことはないし、いざ店に来れば高額商品を売りつけようとはするが──それはそれ、これはこれ。


 どうせ山脈前線基地(プルアス)から帰って来るころには、またボロボロになりながら、それ相応の大金稼いで帰って来るのだろう。


 毎度、心配するのが馬鹿らしくなる。

 でも、そんな奴に限ってふといなくなるのだ。


 数少ない常連だって、突然顔も見せず連絡を絶っていく。

 別にそれを悲観したりはしない。あくまで顔を見てないだけだ。死体を見たわけじゃない。


 別の店に行ったかもしれないし、探索者を辞めて外で豪遊してるのかもしれない。

 ヒスイにとっての事実が確定しないのなら、彼女の想像が生き様と化す。


 それは楽観的想像、空想、妄想。──百も承知だった。


「──次はいくら稼いでくるかねぇ」


 彼らが稼ぐであろう額、それに見合った新たな武装。

 カタログに目を落としながら、今日も彼らの無事を頭の片隅で願っている。



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