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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
一章:奴隷から従者に〜バットビート、小さな幸運〜
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自我はなく迷いもなく、されど主の剣となる

 一方、トーハと言えば猟犬(ハンタードッグ)の群れを全て斬り捨てていた。

 しかし、無傷ともいかず左腕に痛々しい歯跡を残していた。


「──ししょう!」


 トーハが【鉄色地下道】の入り口から聞こえて来た爆発音に足を速めている。

 そして、凸凹だらけの窪みで横たわる師の姿を見つけ、慌てて駆け寄った。


「──ごふっ! とぉは、か……」


 彼の声に反応したのか、せき込んだファイが血を吐き出す。

 数分ぶりの師は下半身がなくなっていた。焼き焦げたようなローブは不自然に消し飛び、残った上半身から血を垂れ流している。


 動こうとして痙攣しかしないファイの顔が少しずつ動き、焦点のあっていない瞳がトーハを映す。


「ひ……さま──のむ」


 言葉にならない継ぎはぎの声。

 トーハが必死に聞き取ろうと耳をそばだてるも、かすれた言葉を最後にファイが目を閉じる。


 呆気ない別れだった。感傷に浸る暇もない。

 まともな指示を聞けず自我の薄いトーハは固まるが、声を発したことさえ奇跡というべきだ。


 彼の残した遺言。──ひめさまをたのむ。

 それをトーハが耳に出来たかは分からない。


 しかし、数秒の間を置いて王女の奴隷は立ち上がった。

 奴隷にとってこれ以上ない脱走の機会。逃げ出せば自由を得られるだろう。

 駆け出し探索者たちがたむろするアサエルであれば、再起も難しい話ではない。

 やり直すには絶好の機会。


 けれど、トーハに迷いはなかった。──迷う術すらなかった、というべきだろうか。


 うまく話せない彼なりに、ファイに懐いていた。

 だから直接の主では無いものの従っていたし、己の指針を持たぬトーハにとってある種の感謝すら抱いていた。


 理由を上げるならば、それだけのこと。


 ともあれ──放っておけば死ぬであろう主を追いかけ、少年は走り出した。




 *



「──うう゛……ぅう」


 嗚咽を漏らしながら走るドレス姿の少女。

 亡国サースラルの王女アイリィルは隣に誰もいない恐怖に抗いながら街への道を走っていた。


 彼女の姿は印象に残りやすく、時折すれ違う探索者が何事かと振り返っていた。

 彼らに助けを求めるのも一考だろう。しかし、リィルは未だ人間を信じられない。


 彼女の脱走劇は常に裏切りで満ちていた。

 そんな彼女の傍で最後まで残った唯一の護衛がファイであり、彼はいくつもの危機を切り払い──断絶してきた。


 そんな彼がもう居ない。その事実は今まで経験したどんな出来事よりも彼女から気力を奪っていた。


 駆け足だったのが早足になり、早足だったのが遅足となり、遅足がついには立ち止まり、少女が泣き崩れる。


「ねぇ、ファイ──助けてよぉ……!」

「あらー、かわいいおじょーさん。どうしましたー?」

「──ぇ?」


 暗闇で照明を失ったリィルの心細い嘆きに誰かが応える。

 思わず涙も引っ込んで、弾かれるように上を見上げた。


「──ぇ」

「お探しのものはこれですかー? アハっ!」


 顔も見えない黒装束が気味の悪い笑い声と共に彼の法衣を投げ渡す。

 爆発に飲み込まれ焼きこげた法衣の切れ端。

 ハンカチサイズのそれは彼の物と断定できるかも怪しいだろう。


「ファイ──?」


 けれど、幾度となく法衣の裾を掴んでいたリィルには馴染んだ触り心地で。

 それが余計に彼女の絶望を煽った。


「カレ、強かったですよー。ほんとほんと。魔力誘爆がなければちょ~っとあやしかった! カモ?」

「ファイは? ……ファイは? ねぇ──!」


 道化のようにコロコロと笑う黒装束。

 視認したわけでもないが、死んだと言われても納得してしまう彼女の心境が余計に不安を煽られる。


「だーかーらー。──ね? カシコーイひめさまならわかるでしょー?」

「ねぇ──!」


 縋りつくように黒装束にしがみ付き、リィルが彼の顔を覗き込む。


「あー、うっせー!! 死んだんだよ! ひめさまを逃がすためにね!!」

「──ぁ!?」


 顔を覗かれるのを嫌い、黒装束がリィルを蹴り飛ばす。

 ごろごろと転がった彼女が岩にぶつかり、僅かに痙攣した後動かなくなる。


 麗しいドレスは土に汚れ、誇り高いはずだった少女は動かない。

 否、動けない。もう彼女の心は堕ちていた。動き出す気力など欠片もなかった。

 仮にここを生き延びたところで、彼女に未来の展望はないのだから。


「そーそー、そうやって地面を這いつくばるのがオニアイだよー。アハハー何して遊ぼうかなぁ?」


 只殺すだけでは満足ではないのか、黒装束が考え込む。

 どうやって惨たらしい死を与えるか、彼、ないしは彼女はそれに思考を裂いていた。


「このへん荒野鼠(ウエスラット)しかいないしなー。ま、鼠の餌でもいいかぁ。録音でもとっときゃいい肴に……」


 だから、()に気付くのも少し遅れてしまった。


「あいりぃるさま!」

「──ガキ!?」


 少女の気持ちなぞ考えぬ奴隷が黒装束へ迷いなく剣を振るう。

 とはいえ、実力はかけ離れている。師が敵わなかった相手に敵う通りもない。


「おどろかせやがって──!」

「──!?」


 剣をナイフで弾かれ、空いた拳で鳩尾を抉られ、突き飛ばされる。

 足元に転がってきた彼をリィルは介抱もせず、信じられないような目で見下ろしていた。


「……トーハ」

「──ごほっ! ごほっ! ──あいりぃるさま……にげて」

「何しに──来たんですか!」


 新しく聞いた奴隷の言葉がまさか逃亡とは。

 なんて。冗談で笑う暇もない。この期に及んで何をしに来たのだと、リィルは奴隷に無意味な怒りを募らせた。

 命令もないのだから、普通であれば逃げ出されていて当然。

 忠義に厚いどころではないのだが、リィルの歪んだ精神状況が追い打ちとばかりに八つ当たりしていた。


「──ししょうが」


 その言葉を残してトーハが立ち上がる。

 擦り傷だらけの体が土に塗れながら()()()()()で剣を構える。


 続きがあるはずだった言葉を、彼は口にしない。

 彼自身が分かっていれば良いことで、そこに主の意思などは要らない。そこにあるのは男と男の約束だから。


「──ファイ……」


 最後を端折ったトーハの言葉の真意をリィルが探り、命令されたのかと見当違いの結論へ至った。

 大まかには間違っていないが、命令と頼みは同じでもない。その誤解をトーハの語彙では解消できないし、そんな暇もない。


 彼はいつだって目の前のことを片付けるために剣を構えている。

 あまりにも心もとない助けだが、ファイのものだと思えば気を持ち直すには十分。


 空元気には過ぎないが、生気を失った目が輝きを取り戻す。


「運のいいガキだったかー。んー……しらけちゃったなぁ──もういいや、殺すか」

「トーハっ……!」


 ナイフが這い寄る。まるで吸い込まれるような首筋への一撃。

 正面からの暗殺とも言うべき、意識外からのアサシネイト。


 トーハの師でさえギリギリ凌げた絶技だ。殺意を感じ取り、リィルが声をあげた時には、もうナイフは彼の顔元に忍び寄っていた。



「おまかせ、ください」



 静かに、けれど確かに。

 彼の返事は力強かった。



 ──駆け抜けるナイフを、トーハは首を逸らして避けてみせた。



「──!?」



 驚きに目を疑う黒装束。たまたま避けたにしては、ナイフがかすりもしなかった。


 まさかの事態に目を見開き、一瞬呆然となった奴の顎目掛けトーハが一回転。

 吸い込まれるような円月蹴り(カウンター)を決めた。



「ごっ──!?」



 予想をはるかに超えた反撃。

 完璧な奇襲を決めたトーハがとどめの一撃と今度こそ剣を突き出す。



「テメェ!!」



 しかし、リーチで勝っていながらも二人の基本性能の差は歴然だった。

 黒装束に届く前に、跳ね返る勢いのナイフが剣を横腹から叩き落とす。


 勢いを失い、叩き落とされた剣に引きずられ、トーハが無防備を晒す。

 成人男性と子供の力の差も如実に現れていた。



「死ねェ!!」



 追い打ちとばかりの銃撃。

 師のような()を持たず、避ける術もなく、紙一重の回避も零距離射撃の前にはあまりに遅い。



 三発の銃声がトーハの体を三度揺らす。

 これ以上ない致命傷。

 左胸、腹、右肩を撃ち抜かれ、少年の体が地に伏せる。



「トーハ!?」



 主の叫びにも奴隷は答えない。もがくように痙攣するが、それだけだ。

 心臓を撃ち抜かれたのだ。生きている方が不思議だろう。



「アハ──驚かせやがって。パーになるとこだったじゃないですかー」



 丁寧な口調と荒々しい口調が入り混じる。

 どれが本性かつかめない黒装束は一度息を吐き、今度こそリィルに目を向けた。



「飛んだ横やりが入りやがりましたけどー? ま、人生山アリ谷アリですからー? 寛大なボクが許しましょー!」

「ひっ──」



 形勢逆転。呆気ない幕切れ。掴みかけた希望は今しがた崩れ落ちた。

 纏わりつくような視線がリィルの足から頭までを撫でまわすように一巡する。

 時折道行く男から投げかけられる不躾な視線。それが何の躊躇もなくぶつけられる気持ち悪さにリィルが声を漏らす。



「ここで殺す算段でしたけどぉ? ちょーっといいこと思いついたんですよぉ。ひめさま、まーまー綺麗でしょ? 街のテキトーな男に食わせてもいいかなぁっておもっちゃったりー?」

「やめ──」



 リィルが恐怖のままに後ずさる。けれど、元より岩肌に背中を合わせていた彼女に退路はない。ドレスを岩に押し付け、それだけで終わる。

 太ももを伝う暖かな感触にさえ気づかぬほど彼女は狼狽していた。



「ここでひん剥いてぇ、ちょ~っと遊んでもいいカモぉ?」

「あっ……!」



 ナイフがリィルのドレスを切り裂く。

 布は引き裂かれ、装飾が一部切り裂かれ、装飾で隠されていた肌が露出する。

 まだ成人とも言えない──童顔のリィルではあるがその体は十分に発育している。



「~~~~~!!」

「アハッ、アハハッ!」



 晒された肌と羞恥に真っ赤になるリィルの顔を満足そうに眺める黒装束。

 ニタニタと下卑た笑みはリィルの感情をより一層掻き立てた。


 顔をくしゃくしゃにして涙を流しながらも、本能が足を動かし、リィルが岩を伝いながら後ずさりする。

 涙が恐怖が絶望が──色々なものがごちゃ混ぜになった瞳は黒装束を映していた。



「おっと、あんまりここで時間を使ってもダメダメ。続きはアサエルで──?」



 ぐ、と黒装束の体が縫い留められる。

 まるで足首を縄で括りつけられたようだ。


 何があったと背後の足元に視線を動かし──



「──オマエっ!?」



 血だらけの体で這いずりながら黒装束を睨みつける少年(トーハ)と目が合った。

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