挑戦、二級への壁
地中塔14階。
並び立つ三機の機械人形。
一斉に腕を突き出し、取り付けられた機関銃が火を噴き始める。
「【霹靂】」
全ての攻撃を遮るように無数の斬撃を置く【断絶剣】。
攻撃が着弾するまでに斬撃壁を張り終える速さ、如何に少ない手数で済ませる判断力が問われる弐之型。
『及第点の【霹靂】だ』
満点こそもらえていないが、道中でも師匠に見せた霹靂はそこそこの評価を貰えた。
何時まで経っても的に当てれない銃とは裏腹に、急速に新たな技を馴染ませている。
一昨日では二機の弾幕を凌ぐのが精いっぱいだったはずだが──
バラバラと薬莢だったモノが綺麗な切断面を晒して大量に転がる。
銃口から煙を噴き上げ、弾を吐き出しつくした機械人形がまるで呆然とするように腕を突き出したまま固まっていた。
「──!」
その隙を彼の主が見逃すわけもなく。
魔導銃のトリガーを引きながら、自動魔砲台へ攻撃支持。
一人で三人以上の弾幕を展開し、無防備な機械人形を破壊しつくしていった。
鉄屑と化したそれらを一瞥し、リィルは銃を下ろす。
「……周辺に敵なし。目的地はそこの角を曲がった突き当りです。急ぎましょう」
「はい」
自身の余剰魔力を広げ、敵影探知。地中塔の巡回兵である機械人形を一通り壊しつくしたのを確認。
依頼の目的地である十五階へ行くための階段──それを守る守衛を目指す。
「アイリィル、作戦はどうされるんですか?」
「ゃっ……いきなり現れないでくれませんか?」
どこからどもなく現れたプリムがリィルと並走していた。
いつの間にか居ないと思えば気付けば隣にいる。神出鬼没の塊な彼女にリィルは辟易していた。
「ごめんあそばせっ。モル爺と見守るつもりだったんですけど……気になってしまいました♪」
「……一応相談はしてきましたけど──やってみないと分かりません。それと、彼次第です」
「彼──随分と信頼していますけれど……その価値はあって?」
リィルと歳の変わらない少女の目が冷え込む。
プリムは二人の探索者を評価している。
彼女がブルームバーグとして名を馳せるころからの召使いが、一級探索者の先の称号を得ている彼が見つけ出した剣士。
一級貴族の名に負けない地位を得た少女が、才を見出した亡国の王女。
「……そうですね。私も分からないです」
苦笑交じりにはにかむリィル。
この感情が孤独から来る依存なのか、正しく積み上げた信頼なのか、本人すらも分かっていない。
「為政者とは時に切り捨てる覚悟あってこそ為政者です。その覚悟はおあり?」
「そんなもの、もういらないんです」
けれど、斬り捨てる覚悟を問われることには、もう答えは決まっていた。
「私はアイリィルです。ただの、アイリィルです。ですから、そんな覚悟要らないんです」
先行するトーハが守衛が待つ部屋の扉へとたどり着いている。
彼もまたモルドレッドから何かを言われていたようだが、リィルの耳には届かない。
「……見込み違いだったかしら」
プリムの目に僅かな失望の色が混ざる。
いずれは一人軍隊を実現できる才の持ち主。
荒野の探索者達のにはない魔術よりも神秘に満ちた魔法使い。
プリムとは違う形で上へと上り詰められる素質があった。
けれど、一の犠牲に拘るようでは生きていけない。
──少なくとも、プリムはそうだった。
「なにか?」
「……いえ、何でもありませんわ。モル爺ー!」
渋い顔を引っ込め、プリムは愛想笑いを張り付ける。
年相応な感情を振りまき、モルドレッドの隣へそっと並んだ。
「お嬢様、もう少し淑女らしくお願いします。……行け。お前の強さを見せてみろ」
主を窘めたモルドレッドがトーハに目で扉を示し、送り出す。
今のところ彼の瞳に失望も期待も見えなかった。
「……はい──リィルさま、いきます」
例えモルドレッドとプリムがどのような思いを抱いていようとトーハのやることは変わらない。
彼はリィルの盾であり、矛となる剣に過ぎないのだから。
「ええ」
そして、少年の主も守られてばかりではない。
彼女の周囲を浮遊する二機の自動魔砲台と魔導銃、そして魔術は三級探索者にも劣らない立派な武器だ。
準備は終えている。
あとは、やるだけだった。
トーハが他の扉よりも厚そうな鉄扉に触れると自動ドアのようにひとりでに開いた。
開けた空間には存在感を放つ巨大な機械人形が一機。
戦車並の大きさを誇るそれは四腕の兵器。
武器はあればあるほど良いと言わんばかりに、すべての腕には機関銃が取り付けられている。
車体には砲門が二つ。写真で見たよりも大きく見えるそれをまともに喰らえば命はない。
「……」
怯えも見せず、トーハは剣柄に触れながらそろりそろりと進んでいく。
腰元に吊るしておいた端末も起動。ウィン、と小さな音が聞こえると同時に、彼の周囲を薄い魔力の壁が覆う。
リィルが使っている者よりも高い魔防壁。
価格だけで言えば二級探索者が使うレベルの代物。
トーハの命綱であり、ひいては彼の後ろで戦うリィルの命綱でもあった。
最後尾のリィルが部屋へと足を踏み入れると、勝手に開いた扉が今度は勝手に閉まる。
ごとん、と重厚な音がリィルの背中越しに響いた。
「……っ」
トーハでも一太刀では斬れない壁だ。もう安易な撤退は許されない。
事前に聞いていたとはいえ、仄かに漂う死の気配にリィルが唾を飲んだ。
扉が閉まると、規則的に並んだ床の細い溝が赤色の光で満たされる。
不穏な色で満たされた部屋の中、鎮座していた機械人形が同じく赤い眼光を灯した。
『立ち入り禁止区画への非正規侵入者を確認。三秒後に殲滅人形を稼働します』
天井から飛び出たサイレンが鳴り響き、不穏なアナウンスがこだまする。
地中塔最後の良心とも言うべき三秒間はたった三秒だというのに、リィルには十秒以上に感じられた。
気が遠くなるような三秒終え、項垂れていた守衛が体を起こす。
『殲滅人形、起動許可』
突き出される四本の腕。
それぞれの腕が握り拳を作れば呼応するように機関銃の銃身が回り出す。
轟音。
耳がつぶれそうなほど重なる銃声と共に、大量の弾が吐き出される。
「──【霹靂】!」
死の嵐に怯まず、トーハは真っ向から迎え撃つ。
守衛が持つ銃口から火花が迸り、トーハの前で再び点火する。
銃声に負けないぐらいの金属音を響かせ、少年は必至に剣を振るった。
でも、必死だからと言って努力が実る訳もなく、雷の斬撃を掻い潜る弾が現れる。
それを起動しておいた魔防壁で防ぎ、後ろへの攻撃はシャットアウト。
魔防壁が持つ限りは後ろにいる少女の安全も約束される。
「【ファイアエレメント】──【ファイアエレメント】──【ファイアエレメント】──」
リィルも黙って少年の奮闘を見ているはずもなく。
聞き取れない程早口で唱えられる魔術が発動し続けていた。
指定座標を燃やす火の初級魔術は四本の腕の内の一つを朱く染め上げている。
虎の子の自動魔砲台はこんな弾の嵐の中展開した所で流れ弾を受けて破損するだけ。
魔導銃もこの嵐をすり抜け命中するはずもなく、頼れるのは己の魔術のみ。
本来は取り囲むように展開して討伐するのが筋だが、それを投げ捨てるが如き立ち回りを繰り広げていた。
数秒を超えて弾切れの気配を見せない守衛。
奴が放つ弾は全て魔弾で、魔力は奥底で眠る迷宮種子から提供され続けている。
よく見れば四つの機関銃を一斉に放つのではなく、一秒おきに一門休ませることで絶え間なく冷却と発射を続けていた。
仮にも守衛。そんじょそこらの攻撃で破損するわけではないが、熱耐性自体は高くない。
火炎放射器程度なら十分耐える。ないしは損壊を受ける前に殲滅が完了するはずだった。
しかし、既に三十秒を経過した。
トーハの斬撃もキレが落ちはじめ、全体の六割程度しか両断出来ていない。
『魔力残量、残り50%』
連携したMGからのアラート。
霹靂を繰り出し続けながらもトーハの表情が僅かに強張る。
このまま続けばいずれ押し負ける戦いだが、守衛側も損害が出始めていた。
「──限界稼働検知、魔導機関銃、武装解除」
巨大な鉄塊こと守衛から平坦な声が響く。
冷却、発射のループに差し込まれたリィルの過熱が功を奏し、真っ赤になった腕ごと守衛からごとりと落ちる。
弾の嵐もおよそ三割程減った。
幾分かトーハの動きにも余力が生まれる。勿論全弾弾くことなどできはしないが、魔防壁に蓄積された魔力の消費ペースがぐっと下がった。
まずは一つ。冷却させないといけない機関銃も踏まえると稼働し続けるのは最大で二つ。
次の腕に狙いを定めながら、リィルは今後のプランをなぞる様に思い返した。




