自動魔砲台
リィルは増強服の試運転も兼ね、歩きでLOPの拠点である孤児院にやってきた。
姿勢の強制と何かに触れるたび、無意識以上の力が出てよろめきかけたりと四苦八苦。
気疲れしたリィルの体は増強服のおかげで今も表情以外が保たれる。
しかし、疲弊していた彼女の顔色が見慣れた姿を見つけ、ほんのり晴れた。
「あ、ナノちゃん!」
「リィル──いぇーい」
「いぇ、いぇーい……?」
何かを探している素振りをしていたナノと入り口で鉢合わせる。
お見舞いも含め、同性同士ガールズトークをしていた仲だった二人。──主にナノが喜び勇んでハイタッチ。
未だリィルは彼女の無表情ながら豊かなテンションに翻弄されていた。
「何をしていたのですか?」
「リィル、待ってた」
「私?」
「アタイが説明するよ。ナノちゃーん、もう届いている?」
「ばっちり」
間に入って来たヒスイが問いかけ、ナノは答えながら配達用のボックスから梱包された箱を取り出す。
ずしりと箱への重力に引っ張られる姿は随分重そうだ。
「開けてみて、リィルちゃん」
「……はい」
ナノが地面に下ろした箱のテープをはがし、壊れないよう丁寧に詰められた梱包材を取り出していく。
増強服が変に稼働しないか怯えるせいで、開けるのに手間取っていた。
やがて、姿を見せたのは乗り物の模型らしきもの。
上部には二枚のプロペラらしきものが付いており、その模型の原物が空を飛ぶものであることを示していた。
「…………これは?」
「ヘリ型の自動魔砲台ってやつ。ちゃんとした兵器よ?」
「玩具じゃ……ないんですね」
少女の両手には余るサイズの自動魔砲台。底部に取り付けられた銃口が殺傷能力の証だった。
「それの価値は見てもらう方が早いかなぁ。ナノちゃん、なんかいい場所ある?」
「さっきレオが使ってた部屋、空いてる。──ついてきて」
「え──あ、はいっ!」
そうまくし立て、ナノは一足先に歩き出してしまう。
まだ、目の前の兵器に理解が追い付いていなかったリィルは急速に意識を戻し、自動魔砲台を手に慌てて立ち上がった。
*
「なにこれ、レオくん何の訓練してたのさ。真っ二つの薬莢だらけなんだけど…………?」
「……ん」
「……?」
ナノから意味ありげな目線を送られる。しかし、リィルに心当たりはない。
強いて言えばここにいるであろうトーハの姿が見えないことか。
真っ二つの薬莢と言い、何かしら関連性があることは見て取れるが──それ以上は分からない。
小首を傾げたままのリィルを見て、小さく嘆息したナノは「知らない」とかぶりを振った。
「そ? まあいいわ。リィルちゃん説明書読むのも面倒だし、早速実践しましょ」
「読まないんですか」
箱の底に埋められていた説明書らしき冊子を開きかけていたリィルがぴたりと固まる。
頷きながらヒスイは冊子を取り上げ、代わりに両手で自動魔砲台を握らせた。
「魔力込めて。最新だから接続は勝手にしてくれるわ」
「──はい」
これ以上悩んでも意味はないと心に決める。
リィルが言われたまま両手に乗った自動魔砲台に魔力を注いだ。
およそファイアバレット十数発分の魔力を喰らったそれが仄かに光り始める。
そして、プロペラが回転し始めリィルの頭上へと浮き上がった。
「わ、わ、わ」
「落ち着いて。──とりあえずそれが自動操作。はっきり言ってゴミだから、手動操作覚えてね?」
「ま、マニュアルってどうしたら──!」
高速で回転する二枚羽の音におっかなびっくりなリィル。すでに手から放れたというのにわたわたと両手を動かしていた。
「細かい制御は一応自動。大事なのは座標を指定すること。分かる?──試しに……ここ、移動させてみて」
「えっと……?」
意識しただけでそんな動くものなのか? つい疑ってしまうが、真面目な顔で自身の頭上を指をさすヒスイを見ればやらない訳にはいかない。
リィルの頭上で浮かぶ自動魔砲台の魔力反応を意識しながら、あっちに行け、と念を送ってみる。
「わぁ……!」
すると、自動魔砲台がそちらへと動き出した。
ただの移動なので玩具レベルの動作に過ぎないが、まるで傀儡使いになったようでリィルの頬が興奮で紅潮する。
しかし、興奮したのもつかの間、突然自動魔砲台が動きを止めてしまう。
「……あれ?」
「ダメよリィルちゃん。座標指定忘れたでしょ。移動が終わるまでは命令を出し続けないと」
「えぇっ!?」
確かに彼女は自動魔砲台が動いた感動で指定座標への意識を忘れてしまったが、忘れた瞬間に動きを止めるほど鋭敏な機械と思っていなかった。
無駄にハイテクな機能に思わず顔をしかめてしまう。
「──うぅん。……こう?」
さっきの感覚を思い出すように、ヒスイの指先を意識する。同時に自動魔砲台がゆっくり移動を再開した。
「……おぉ」
今度は座標意識を忘れないようにしながら自動魔砲台を見守る。
まるで暗算結果を忘れず記憶したまま、別の暗算を始めるような脳のマルチタスク。慣れない頭脳労働に体が強張っていた。
「すごい」
「これはこれで難しそうだけど、最近のは便利ねぇ。」
とても手が届かない額の兵器に感心するナノと、知り尽くしているが故の不便さに苦笑するヒスイ。
裏事情の知り具合。買い手側と売り手側ならではの違いがあった。
「おみごとっ。じゃあ、次は射撃操作いこう! あの的目掛けて魔弾を撃つイメージ…って言えばわかる?」
「引き金のない銃は怖くないですか……?」
たかが意識、イメージで撃てるなら誤射もあり得る。
若干躊躇いつつも言われた通り、リィルはドローンにヒスイの示す円状の的へ射撃命令を出す。
思い描くのは空想の引き金を引く自分。
そして意識するのは座標。自分の魔力が込められた自動魔砲台から狙う的へ線を結ぶように――。
実弾でないが故、音もなく銃口から飛び出た魔弾が的を穿つ。
「……あ」
着弾を見届け、小さく息を漏らしながらリィルが肩から力を抜いた。
「筋がいいね! 練習すれば実戦でも使えそう」
「ですね……! これを使いこなせれば……」
手数が補える。
火球こそ出せないが、量産型の的を壊せるなら魔物相手でも威力は事足りる。
「――リィルちゃん、どうせならもっと面白くしない?」
素直に喜ぶリィルの肩に手を置いたヒスイは実に性格が悪そうな表情を浮かべていた。
*
(おかしい)
自動魔砲台を2台操作しているリィルを見ながら、ナノは言葉を失ったまま傍観している。
ヒスイの悪そうな笑顔と共に、孤児院に届いていたもう一台の自動魔砲台を持ってきて、やってみてとリィルに押し付けた。
手数を増やしたいならこれくらいはね、と微笑むヒスイとは裏腹に、ナノは何を馬鹿なことをと顔をしかめていた。
まず|、一台操作して的に当てるだけでも並ならない習熟、あるいは魔力操作を要求する代物だ。
後衛を担うルーバスが狙撃銃の射程が活かし辛い場所の戦闘で使えないかと一度試してみた事がある。
(ルーバスが一ヶ月使っても出来なかった)
結果から言えばまっすぐ進むことすら、ままならなかった。
自動魔砲台の性能云々ではない。
イメージが足りないとか、集中出来なかった訳でもない。
座標指定が出来ないのだ。
自分の魔力を込めた自動魔砲台と指定座標間を線で結ぶ様に動かすのが基本操作だ。
例えるなら、点と点を定規で結ぶ操作とも言えよう。
その際、真っ直ぐ進むためには何が重要か。
定規を固定すること。概ね合っている。
しかし、この定規は自動魔砲台側の話で、よっぽどの骨董品でない限り、自動魔砲台はまっすぐ進む。
失敗するのは移動先の座標を空間的かつ魔力的に認識すること。
実際の線を引く作業にかかる時間は一秒にも満たない。だからいつの間にか定規を持つ手──意識している座標がブレてしまう。
言葉にするのは簡単でも実行するのは非常に難しい。
目印に留まるのは難しくないが、何もない空間を座標として、電気信号として、数値として認識、指定するなど人間にはあまりにも難しい。
「なんでできるの」
「リィルちゃんの索敵能力、ひいては認知力が高いってことかしら」
「わ」
ナノが漏らした心の声をヒスイが拾う。
ヒスイ自身もここまでとは思っていなかったのか、顔を強張らせて自動魔砲台二台を操るリィルを見て苦笑していた。
「自動魔砲台使える人って、探知魔術が得意とか空間認識力が高いらしいの」
「認識……」
「リィルちゃん遺物を見つけるの得意って話でしょ?」
「それが?」
それとこれとでは話が別のように聞こえ、ナノは訝しげに尋ね返す。
そんな察しの悪い生徒へ丁寧に教えるように、ヒスイはゆっくりと話を続けた。
「目に見えない場所を魔力的に座標探知してる……なら逆説的に自動魔砲台で座標指定するのも得意なはず……ってこと。わかる?」
「……気づかなかった」
「まぁ、LOPはどうしても本格的な理論を聞く機会は少いからね……知らないのも無理ない。けど……」
ヒスイが言葉を切って二台の自動魔砲台を見やる。
左右に往復しながら的へ集中砲火している自動魔砲台と、同時に魔導銃も撃ち始めた少女に顔を引き攣らせた。
「――ああいうの、天才って言うんでしょうね」
的を粉々にしたリィルがくるりと振り返る。
心なしか表情豊かな彼女は新しい玩具を手にした子供の様に純真に笑っていた。
「ヒスイさん! これっ! もう一台を無いですかっ」
「……三台? あははぁ。んー、いやぁ……ちょーっと待ってくれる……?」
一台操作は予想の範疇。もしかしたら二台動かすなら出来るかもしれない。
とはいえ、流石に二台操作からの射撃は無理だろう。
高を括っていた。それがどうだ。
ヒスイの予想を一回り、二回り超えていく始末。
流石に苦笑すらも浮かべられない。
慌ててMGを取り出し、仕入れ先にもう一台展示品を借りるはめになっていた。
己の才を。荒野で生きる術を。
大きく育ちそうだと踏んでいた芽が己に影を落とすほど急速に成長する大木へと伸びていく。
「……てんさい、だね」
仄かな嫉妬。しかして納得。
複雑な気持ちを抱えた少女は素直に認めざるを得なかった。




