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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
三章:準三級探索者編〜オールイン・ライフ〜
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ホップ、ステップ──

 

 LOPが拠点にしている孤児院。地下の一室に構える簡易訓練所。

 学び舎としてトーハは通っているが、実は密かに銃の練習もしていた。


「まじかよ……地中塔(ヒガシヤマ)に行ってんの?」

「はい。プリムさまのいらいで」

「……プリムって、あのブルームバーグのプリム?」


 レオとトーハが仕切りで区切られたボックスからそれぞれ銃撃する。

 人型を模した的の胸部に一発。かすりもしないのが一発。前者がレオ、後者がトーハだ。


「はい。とてもきれいなひとでした」

「……賭博士令嬢に依頼されるなんてツイてねーな──いんや、ツイてはいるか」


 もう一発ずつ銃声が響く。一発(レオ)はヘッドショット。一発(トーハ)は虚空を貫いた。


「──前から思ってたけどよ」

「……はい」

「お前、銃下手すぎ」

「…………はい」


 彼の特訓は退院してから続いていた。つまり十数日間。

 そして未だ一発も的に当てられていない。一発もだ。


 初めのうちはヴァンやミリアム、他のLOPの孤児たちが面白がって見に来ていた。

 しかし、あまりにも成長しないトーハの腕に飽きれて見に来なくなってしまった。


「それ不良品じゃないだろ?」

「ヒスイさんから、かいました」

「あっこ最近世話になってるけど、割と俺らにも優しいし……変なもん掴ませねぇよなぁ……」


 考えれば考えるほど何とも言えない結論にたどり着く。

 こうして彼の練習に付き合っているレオだって、暇つぶしで居るようなものだ。


 トーハ達のことをよく知らない孤児達が上達しない彼の腕を笑っていた。

 だからといって、レオ達が彼の練習を馬鹿にすることはない。出来るはずがない。


 仮にこのまま銃を使えなかったとしても、トーハにはそれを補って余りある()()がある。

 直に目で見た者ほどよく知っているし、荒野の理不尽に晒された者ほどその理不尽に抗える武器の価値が身に染みている。


 俗世に比較的疎いLOPまで名が通っている賭博士令嬢。

 彼女の指名依頼が届いたことがリィルとトーハの実力の証明だろう。


「ま、向いてねぇのは確実だわな」

「…………はぁ」


 最後に撃った一発が外れるのを確認して、トーハがため息をついた。


 レオから見てもフォーム自体はそこまで可笑しくは見えない。

 だが、数日見ているレオだからこそ分かることがある。


「…………変わってねぇ」


 彼の構えは素人らしい。立ち姿こそブレはないし、腕先までぴんと伸びている。

 けれど発砲の瞬間致命的にブレる。因果でも捻じ曲げられたかのようにブレる。


 百歩譲ってそこまではいい。実践でも発射のために指を動かしたときの動きで大きくぶれることもある。

 今度は生じたブレを経験値で補えばいい。どうしたらブレるかを体感で積めばいい。


 けれど、彼の射撃は経験が反映されていない。

 どれだけ撃とうと彼の一射は常に初めて銃を握った素人だ。

 まるで今までの射撃が()()()()()()()()ような有様。


 面倒見のいいヴァンが見限ったのはそれを察したから。

 才能の種さえないと悟ったから。


「きょうはやめます……。けん、つきあってもらってもいいですか」

「へっ、いいぜ。今日も奢ってもらうからな」


 銃撃用の訓練室を移動して、二人は別の訓練室へ。

 訓練室とは名づけられているが、シンプルな開けた広場がある地下室だ。


 武器の扱いに手慣れたものが、人型の魔物や他の探索者と戦う時用の模擬戦を行っている。


「今日は何秒にすんだ?」


 本来の得物であるアサルトライフルではなく、練習用に置かれた拳銃を手に取る。

 込められているのは非殺傷のゴム弾だ。


「10びょうで」

「まだ伸ばすのかよ」

「トーハしんだら、リィルさまがしにます」


 レオの耳にとても馴染む、シンプルな彼の意志。

 気持ちだけで解決できるならどれほど簡単か。


「そうかよ。けどお前の限界は五秒。そっから一度も達成できてないだろ」


 拳銃を構えながら宣言する。

 これからするのは簡単なミニゲーム。レオがトーハに当てるか、トーハが無傷で生き残るか。


 始まりは七日前。

 三秒から始まったミニゲームは一秒ずつ増えて五秒を過ぎ、そこから加算され続けた。

 しかし、ゴールが六秒を超えてから一度も無傷で終えていない。


「それでも、です」

「そうかよ」


 聞き分けのないトーハの物言い。

 探索に行きたいとごねる年少組を連想させ、レオは額にうっすら青筋を浮かべる。

 冗談言うなよ、と笑えはしない。

 願望を口にするだけの子供と違って、本人は本気でやれると信じて疑っていない。


「なら──やるか」


 表情は無に。

 同情は捨てる。

 青臭く、現実も知らない少年を叩き直すべく、レオが引き金を引いた。


 一秒。心臓目がけた初弾。

 至近距離の一発をトーハはあっさり切り捨てる。


 

 二秒。頭、胸、足の三点。


 避ければ簡単なものを、トーハは律儀に点を結ぶように二振りで落とす。


 三秒。胴体へ向け連射。


 なまじ高いレオの才覚が精密な射撃を産み、シンプルな狙いは残留する【絶】に真っ二つ。



 四秒。胴体へ向け()射。


 ブレの制御もほどほどに、一秒間で許される限り連射する。


 数の暴力はやはり強い。

 凌いでこそいるが、銃弾を斬る際の火花が体の付近で連続する。



 五秒。トーハへ向け、乱射。

 勝ちを狙いにいく節約を考えない射撃。


 【絶】を絡めた残留斬撃の防御も追い付かず、ところどころにゴム弾が着弾する。


 

 今回もまたレオの勝ちで終わった。


 (お前はすごい)


 たった四秒。されど四秒。トーハに反撃が許されるなら、実践で殺されているのはレオだ。

 五秒目だって、着弾しただけで命を奪うには至ってない。

 【絶】を交えた防御を知り、弾を散らせているから当てられている。


 名の知れた探索者ならレオも色々知っている。

 単純な強さで君臨する者。武具の性能に物を言わせ圧倒する者。独自の武具と戦術で一芸を魅せる者。


 多種多様の生き様を知っている。


 けれど、トーハはその中でも一際異彩を放っていた。


 このアーランドで火器を使わず、大規模な魔術も使わない。

 クロスレンジの手札として、選択肢の一つとして使う剣とは違う。


(馬鹿なことしてるのに、誰も笑えねぇ)


 トーハの銃の腕を笑う奴はたくさんいた。

 でも、トーハ自身を笑う奴は誰もいない。


 このミニゲームも元はと言えば、レオがトーハの実力を周囲に見せるためにやったショーのようなもの。

 三秒間を乗り切った彼は承認を得た。

 この荒野で生きていけると認められた。 


 けれど、彼はこのミニゲームに何かを見出したのか、レオに延長を頼みだした。

 鼻で笑った。清々しくて面白いとさえ思った。




 ──六秒。

 肘を撃ち抜かれ、剣を持つ手に力が入らないはずなのに、追撃の乱射を九割方防ぎきる。


 ──七秒。

 続く乱射。ついにトーハは()()防ごうとするのを諦めた。

 急所に当たりかねない弾だけを両断し始める。


 これが実践なら、トーハの距離に持ち込むだけの時間は稼げている。

 これが実践なら、レオはトーハに斬り殺されている。



(どこまでいくんだよお前はぁっ!)



 消していたレオの表情に色が戻る。

 試合(ゲーム)には勝ったが、勝負(マッチ)は終わっていない。


 例え足をくじこうと。

 例え足を躓こうと。


 彼の歩みは、跳躍は止まらない。


 ──八秒。加速する剣速。 

 急所には着弾しない。


 ──九秒、そして十秒。


「あいたっ──」


 一度の集中が途切れたのか防ぎきれなかった弾がトーハの額へクリーンヒット。

 そのままばたりと地べたへ座り込む。


「……。オレの勝ちぃ!」

「まけました」


 トーハの表情には悔しさの欠片も見えない。

 でも彼がそれなりに悔しがっていることをレオは知っていた。そのくらいには、親睦を深めていた。


 思うところはある。素直に勝ちを喜べなかったし、仰々しく掲げたガッツポーズに覇気はない。


「じゃ! 一番通りの三段チーズバーガー奢りな!」

「……あれ、1000C(コール)もします」

「文句言うなよほらいくぞー!」


 トーハの文句を聞かないふりして引っ張り起こす。


 本音としてはとうの昔に敗北だ。だけど、もう少し先輩面をしたかった。



 LOPの同年代でレオは一番強く、天狗だった。

 けど、トーハのおかげでレオは焦ることが出来る。


 後ろから爆速でやってきてそのまま走り去っていく走り屋。

 それを冷めた目で見るほど大人になっていないし、どうせなら追いすがってみたいと仄かに思うほどに子供だった。 


 助けてもらったヴァンに追いつきたい。その一心でレオは走り続けた。

 思ったより近そうな背中にほんの少し落胆していた。それは彼自身も自覚していない心情だった。



 そこへ新しく手を伸ばしたい背中が見えた。だからレオは決意を漲らせる。


 少年らしく、ありふれた、つまらない話である。





 

 

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