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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
三章:準三級探索者編〜オールイン・ライフ〜
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戦力増強

「一番安くて50万……!? ぼったくりじゃないですこれ?」

「なぁに失礼なこと言ってんの。真っ当な商売よ?」


 リィルがマネキンに着せられたインナー型増強服(ブーストスーツ)の値札に目を剥いている。

 少女が増強服(ブーストスーツ)という高級品に目を付けているのは昨日の探索で実力不足を痛感したからだ。


 正確には彼女の運動能力不足である。


 実弾銃こそ反動は少ないものの、まだ荒野に染まり切っていない少女の華奢な体では長時間の魔弾の連射に耐えられない。

 昨日も五階に踏み入り、まったく弾を当てられず撤退を決めていた。


 筋トレも大事だが、どちらにせよ少人数での不利を補うべく戦力の増加は急務。

 人を増やすことを禁じられている以上、すぐ効果が出るのは装備の強化のみだ。


「試着とかは……」

「……ほんとは駄目だけど、どうせ買うなら最初はこれでしょうからいいわ」


 今見ていたのは展示用らしく、試着──もとい実際の品を取るためヒスイが裏の倉庫へと消えていく。


 一応装備は翡翠武具店で買うという約束があるので、ヒスイに教えてもらいながら一着の増強服(ブーストスーツ)を選んだ。

 魔導銃(マギアカノン)をもっと反動が少ないものに変える選択肢もあったが、前衛を担うトーハの負担を減らすならリィル自身の能力を底上げするほうが優先。


 彼女の生命線でもあるトーハはここには居ない。

 今日の地中塔(ヒガシヤマ)の活動は休止と知り、リィルに断りを入れてLOPで勉強中だ。

 一応彼も護衛としての自覚があるのか、自分で言いだしておきながら躊躇しているのは面白かった。


(守られてばかりじゃいられませんから)


 確かに彼はリィルを守る盾であり、剣だ。

 けれど、それに頼り切りではだめだ。もう失うわけにはいかないからこそ、リィル自身が武具を扱えねばならない。

 リィルが戦えたら、ファイは──死んでしまった護衛達の未来は違ったはず。


 その判断は遅きに失したものではあるが、未来が潰えたわけではない。


 幸いにもお金はある。足りない実力を補うことくらいは出来るだろう。


(あと300万(コール)ですか……)


 女王アリの魔石750万(コール)の内、6割がリィル達の取り分。

 つまり450万(コール)。腕の治療費とついでにそれ以外の治療費、加えて入院費。トーハも多少の治療を受け、50万(コール)が飛んだ。

 昨日の探索前に新調した装備一式が二人分でまた50万(コール)程。

 リィル用の増強服(ブーストスーツ)でさらに50万(コール)


 たった数日で150万(コール)も飛んだ事実を理解できていないことが恐ろしい。

 王族のリィルから見ても、150万(コール)()()()()と呼ぶには大きすぎる。


 粛々と暮らすだけなら数年は過ごせる額。多少の娯楽も味わえるだろう。リオドラにたどり着くまでのリィルにとってはあまりにも大金。

 しかし、今のリィルとって150万(コール)は小さくはないが、心もとないと思える額にまで落ちていた。


 もっとあればいい装備が買える。

 不満に思うほどには小さい。


 金銭感覚が狂いだしている気がする。

 昨日の機械人形(オートマタ)の魔石十数個を売却した額が10万(コール)程。

 今は送迎があるので諸々タダだが、毎日の支出を考えれば利益は知れている。


 腕の治療費だった20万(コール)が途方もないと感じていたのが嘘のよう。


「位を上げれば200万C(コール)、ですか」


 買うか悩んでいるモノの上位互換の値札を見れば、一桁ゼロが増えている。

 手が届かないわけでもなく、頑張って稼げば考慮の余地はあると思えた。


 しかしそれをリィルが着るぐらいなら、50万(コール)増強服(ブーストスーツ)をもう一着買ってトーハに渡した方が良い。


 とはいえ、いつまでも翡翠武具店の二階を間借りするわけにもいかないので、家を借りるか買うかでもしたい。

 そんな余裕が一応命を狙われかねない身で許されるのかも疑問。


 問題は山積み。お金は十分なようで十分じゃない。

 終わりは見えない。現状には満足出来ない。一山乗り越えたはずなのにちっとも安心できなかった。


「……どうしたの? 値札をじっと見たって値切らないわよ?」

「──はっ。……ちょっとぼーっとしていただけです」

「そう? とりあえずはいこれ」


 戻っていたヒスイから買うか悩んでいる増強服(ブーストスーツ)の新品を渡される。

 首元から足先まで覆う黒いタイツのような様相にリィルは戸惑いながらそれを受け取る。


「……これどうやって着るのですか?」

「普通に下着の上から。──あ」


 何かを思い出したのか、掌をポンと叩いたヒスイがまた裏に走って行く。

 ぼうぜんとその様を見送り、店内に響くジャズを耳にしながら棒立ちすること一分。


「ごめーん。増強服(ブーストスーツ)の下は普通の下着じゃダメだったの忘れてた」

「……えっと?」


 軽く頭を下げながら突き出された三角形の布。──女性用の下着、上下。

 理解が追い付かず、疑問符を浮かべたままリィルが固まる。


「動きが激しくなると布擦れもふえるでしょ? 増強服(ブーストスーツ)は使用者の筋肉に張り付く仕様だから探索者レベルの動きだと普通の下着じゃ持たないの。摩耗で擦り切れちゃう」

「専用の下着っておいくら……」

「気にするほどじゃないわ。デザインは限られるけれど、丈夫なやつなら普通のが三着分くらいよ」

「良かったです……じゃあ、ちょっと着てきますね」


 リィルが深い安堵の息を吐く。

 服に関しても迷宮に行くときは探索者向けの頑丈な品物を買っている。

 デザインは単色でシンプルなものが多く、豪華な色使いに慣れているリィルには満足いかないものが多かった。

 そのくせ割高。丈夫さを考えれば妥当で、理解できるが納得は出来ていなかったりする。


 試着室と呼ぶには鏡もないただの狭い箱のようなスペースで着替えを済ませ、衣服の下に増強服(ブーストスーツ)を着込んだリィルが外に出る。


「どう?」

「……えっと。重くて──空気への不快感がない?」


 感想を求められると少々答えあぐねる代物だった。

 下着と衣服の中間。それでいて使用者の動きをブーストするための薄い機構が張り巡らされている。

 衣服にしてはやや重い。しかし首元から足先までを覆っているおかげで、壁の中でも肌で分かる粒交じりな空気の感触がない。


「インナー型だからね。これが操作端末。本来はMGと連携するから触ることは少ないけど……単独だとこれで起動するの」

「へぇ~、これを押すと──わわっ!?」


 差し出された小型端末を受け取り、起動してみる。

 すると、ぐいと体を持ち上げられるような感触がリィルの全身を襲う。


「なななな──」


 肌を撫でるようなゾワゾワとした感覚が登るのと同時に、体を支えるのがぐんと楽になる。

 力を抜いて良い訳ではないが、無駄な力を使わないように補助されているような気分だった。


 お尻の筋肉が力み過ぎない程度に引き締まる。意識しなくとも胸が押し出され、腹筋がそわそわする。

 恐らくうっすらと筋肉を使うように補正されているのだ。


「アッハッハッハッ!! 初めてはそうなるよねぇ! 分かる! 分かるよその気持ちっ!」

「ここ、これっ! なんだか──気持ち悪いです!!」

「アハハ……でも──あんまり抗っちゃだめだよ、筋肉がつったりするから」

「でも────」


 ひとしきり笑い終えたヒスイが真面目な顔でリィルを制する。

 肌のあちこちを撫でられるような不快感に涙ぐませていたが、真面目な雰囲気に当てられリィルも押し黙った。


増強服(ブーストスーツ)の特にインナー型は姿勢の補助に特化しているの。リハビリ用にあったりするぐらいね」

「じゃあ──これが私の正しい姿勢ってことですか? 一応悪い姿勢じゃないつもりなんですけど……」

「まぁ、アタイから見ても割と綺麗な立ち姿だけど──」


 ヒスイがリィルの体を上から下まで眺め、一つ頷く。


「ふぅ~ん……もしかしてリィルちゃん、最近胸が急に大きくなったとかある?」

「……ええと。まぁ──最近ってほどでもないですが────はい」

「女性の胸の大きさによっちゃ、どうしても前傾姿勢になりやすくなるから……。猫背っぽかったのかもね」

「言われてみれば……? お城で先生に教えられたときは胸を張ることが第一でした……」


 リィルの外見的な年齢を鑑みれば標準よりやや豊かな胸部の分だけ重りが付いていた。

 その分姿勢補正がされている結論にリィルが納得を示す。


 彼女は今二次成長期真っ盛り。

 祖国サースラルを出てからまともな食事をとれる機会は減っていたが、リオドラについて資金面に余裕が出てからは栄養面でも豊かになった。


 その結果が滞っていた成長の再開なのだろう。


「感動するのはまだ早いよ? ちょっとLOPのとこ顔出しにいこっか」

「……感動はしてないです」


 どっちかというとマイナスよりの感情の方が大きかった。

 それを言うのも憚られ、ウキウキで歩き出すヒスイを微妙な顔で追いかけた。

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