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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
三章:準三級探索者編〜オールイン・ライフ〜
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地中塔ヒガシヤマ

 地中塔ヒガシヤマ・迷宮種子(ダンジョンコア)発見済み、全20階層。


 推奨戦力:三級探索者(レギュラー)十名以上。

(B15Fより下層は二級探索者(エキスパート)以上推奨)


 古代技術(ロストテクノロジー)世代で建造された対魔物防衛施設。

 詳しい経緯は不明だが地中に埋もれてしまい、迷宮種子(ダンジョンコア)から自動生成される魔物と防衛機構が働くだけの無人施設。



 ~中略~


 引用:アーランド南部迷宮図鑑・探索者組合リオドラ支部発行


 *


 プリムと面会した翌日。

 宣言通り明らかに高価そうなリムジンに迎えられ、下手なベッドよりふかふかなソファーでプリムと彼女の従者と顔を合わせたまま車に揺られること一、二時間。


 目的地にたどり着いたすぐ、リィルは逃げるように車外に出た。


「すぅ──はぁ~……荒野の空気が美味しいと思う日が来るなんて思わなかったですほんと」


 荒野にぽっかりと空いた穴を覗きながらリィルが深呼吸する。

 決して車内の換気が悪い訳ではなく、MGを通して送られてきた資料を読み続けることもさして問題ではなく──車内にいた護衛らしきものに監視され続ける状況が辛くて堪らなかったためだ。


「……そうですね」


 深呼吸こそしないが、となりで軽く伸びをしているトーハも同じ気持ちらしく、抑揚の少ない彼にしては珍しい気持ちのこもった同意だった。


「あら、準備万端のようですね?」

「……外の方が慣れてしまったので。──本当に貴方が教えて下さるのですか?」

「二言は申しませんわアイリィル。それに、私が賭ける価値があると思ったのですから、お気になさらず」


 とは言われても気にしてしまう。

 ここで来る途中に言われた言葉を思い出して、リィルはげんなりしていた。


『今回の依頼内容は単純です。貴方方には地中塔(ヒガシヤマ)の地下15階に到達してもらいます』

『地下15階って──さっき見せて頂いた二級探索者(エキスパート)推奨領域じゃないですか……!?』

『そのための戦力増強は(わたくし)達がお手伝いしますわ!』


 てっきり彼女の部下に教えてもらうと思っていたのだが、まさかプリム直々に教えを乞う羽目になるとは思ってもみなかった。

 リィルと同じく華奢な体つき、柔らかそうな両手は銃を握って命のやり取りをしているとは思えない。


「勿論、(ブレード)は専門外ですわ。そちらはモル爺にお任せしてます」


 モル爺。彼女がそう呼ぶのは護衛の老執事のことだった。

 トーハが反応を示していた彼はどうやらトーハと()()()を使うらしい。つまり、ファイが使っていた【断絶剣】を習得している者ということ。


 リィルの知る限り、ファイと同じ技術を使える者など知らない。

 それが外で育まれた技術なのか、荒野生まれの技術なのかも定かではない。


「そうですか。でしたら──プリム様、よろしくお願いします」

「よくってよ」


 どうあれ、依頼は断ることはできない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。進むことでしか得られないのなら、貪欲に行くべきだ。

【アーランド】で地に足つき始めた少女はこの生活に順応していたのだ。


「──初めに言っておく」


 きゃいきゃいと楽しげな声を上げている女性陣とは裏腹に、トーハとモル爺の方は実にピリピリとした空気を醸し出している。


「その腑抜けた【剣】では()など教えられん」

「はい」

「とにかく速く、一手でも討ち漏らしは許さない。全て斬れ──出来なければ貴様の主は死ぬと思え」

「はい」


 トーハの【剣】を知っているらしい老執事は今の練度では物足りないと断言した。

 そして、一切の甘えも許さないと心構えを叩き込んでいる。

 まるで犬を躾けるかのような厳しさは見ているリィルの方が縮こまる思いだ。


「丁度いいところに的も来ましたわ。早速始めましょう?」

「……的?」


 大穴に目を向けながらプリムがはにかむ。

 彼女の目線を追ってリィルが大穴を除くと、すり鉢状の入り口から鉄の塊が二体飛び出してきた。


「トーハ、迎撃は許すが反撃はするな。主を守りつつ、相手も生かせ。【断絶剣】はそれが出来る」

「…………はい」


 しれっと無理難題を言い放つモル爺に思うところがあったのか、先程まで機敏だった彼の返事に躊躇いが混じった。

 しかし、剣を抜き応戦の構えを取る。


「アイリィル。的は貴方に危害を及ぼすことはないわ。──貴方の奴隷がしくじらない限りね」

「……しくじったら?」

「その時は死ぬ前に殲滅なさい?」


 心からの言葉だった。保険などないと言い切っていた。

 危険であれば助けに入ってくれたであろうLOPのヴァンやミリアムとは大違い。花のように笑みを浮かべながら、欠片も笑っていないプリムの冷酷な目。

 生きていれば使うが、死ぬのならそこまでだと言外に語っている。


「魔術は禁止よ。銃だけ。練習はしたはずよ?」

「……練習はしましたね」


 無駄にハイテクなシミュレーションを一時間弱。

 仮想空間上に現れる魔物を時間内に仕留める簡単なゲーム。

 車に備える必要があるのか分からない謎機能をしっかり体験した。


 無駄にリアリティが高いそれは、失敗するとそれはもう凄惨に殺される。

 視覚だけしか反映されないとはいえ、気分は最悪だ。

 おかげでたった一時間ながらも当てるぐらいならなんとかものにした。


 フルオートの反動制御は流石に難しいが、単発式の拳銃型魔導銃(マギアカノン)ぐらいなら、なんとか当てることはできるだろう。


「p──」


 すり鉢状の大穴を登って来た二体の金属塊が電子音を発する──その正体は足がキャタピラになっている機械人形(オートマタ)

かつては基地と化したヒガシヤマの巡回兵だったモノ。



 今まで相手してきた生物型の魔物とは異なる無機物型の魔物だ。


 本能など持たず、命令通り動くだけの傀儡はリィル達を狙いに定めると両手の代わりに備え付けられた銃口が火を噴いた。


「斬れ」


 同時に、二文字の命令が凛と響く。


「はい」


 答えもまた二文字。


「【絶】」


 遅れて二対の剣閃が走った。


 二体の機械人形(オートマタ)の両手から発射された計4つの弾丸。

 それらすべてが両断され、運動エネルギーを失って垂直落下する。


 さりげなくすべてを斬り落とした絶技を披露しながらも、トーハは油断なく機械人形(オートマタ)達の追撃を警戒している。


 抜き身の剣を青眼に置きながら、トーハは新たな師の言葉を思い出していた。


『その()の本質はどこまでいっても変わらない。モノの一切合切を斬る。それだけだ。壱之型であろうと……奥義であろうと』


 トーハは【断絶剣】の事を全く知らない。

 今使っているのも壱之型と言われてはいるが、あくまで模倣。

 これを使う上での心構えも知らないし、なんなら基礎も知らない。


 意図も意義も知らないままこの()を振るっている。……そして、形を為している。

 だからこそ彼の師も僅かな期待を置いていた。


 ──例え、それ以外の才能を捨てているとしても。


「──【絶】」


 再び発射される弾丸を同じように断絶する。


「彼、早くしないと死んでしまいますわよ?」

「わかっています……!」


 プリムに急かされ、リィルが焦燥の混ざった声です鋭く叫ぶ。

 魔導銃(マギアカノン)を構え、引き金に指をかけているというのに、リィルはまだ魔弾を撃たない──否、撃てない。


 シミュレーションでは仲間など居なかった。ましてや、同じ銃ではなく、前線で剣を持つ仲間などこの荒野では希少な存在。

 撃ち慣れた魔術ならともかく、まだ万全とも言えない銃撃では誤射を恐れてしまっていた。


「良いことを教えてあげますわ。彼、貴方の銃程度じゃ死にませんことよ」

「…………」


 知っている。

 トーハの異常な再生能力の事だろう。

 それが恐らく彼の背の刻印であることもなんとなく察している。


 それでもやはり躊躇していた。

 死なないからと言って痛くないわけではない。


 なまじ信頼を寄せるが故に誤射への抵抗も増えていた。

 これが所詮奴隷、モノだと割り切れていたなら迷いなく撃っていたに違いない。


「──っ!」


 短いながらも戦場ではあまりにも遅すぎる逡巡の末、迷いを振り切ったリィルはようやく引き金を引いた。


 しかし、集中の出来ていない銃撃が功を為すはずもなく。


 放たれた緑の魔弾は機械人形(オートマタ)の頭部を掠めるのみで終わった。


「…………」


 その結果に落胆も見せず、リィルは魔導銃(マギアカノン)に魔力を送り込みながら次の準備を始める。


(期待外れ、かしら)


 彼をモノだと見れなくなったせいで、彼女には誤射への躊躇が生まれた。

 プリムはそれを悪影響だと捉えている。


 しかし、そこを指摘する気はない。

 自分で解決できなければいずれ同じ躊躇で死ぬからだ。


 だが、リィルという人間にとってその躊躇は確かな価値も孕んでいる。


(守られるだけの私はもう居ないんだからっ!!)


 父から受け継いだ上に立つ者としての義務。

 彼女が持つ敵のみを焼く魔法は彼の義務を受け継ぎ。


 トーハとの邂逅を得て、彼女の信念も固まった。

 銃身を支える手から余計な力が消える。

 強い想いを宿す碧眼は激情を抱えながらも冷静に敵を狙い定める。


 穿つばき場所は分かっている。人間の心臓と同じ位置にある胸部の魔石だ。


 トーハの剣が閃き、弾丸が斬り落とされる。

 機械人形(オートマタ)が次弾の装填で硬直する。


 その間隙を縫うように、リィルは撃った。


 トーハのすぐ横を駆け抜けた魔弾が見事に機械人形(オートマタ)の胸部を貫く。

 機械を動かす回路ごとぶち抜き、エネルギーの供給源を断たれたそれが崩れ落ちる。


 残り一匹。


 見事な射撃にプリムが僅かに眉を持ち上げた。

 表情こそ楽し気な活気あふれる令嬢の笑みを保っているが、彼女の脳裏で働く算盤がリィルの価値を測るべく弾かれていた。


(──()は良いわ)


 たった一時間のシミュレータ経験で今の射撃が出来るかどうか。

 まぐれだとしても難しいだろう。加えて、標的の近くで戦っている味方(トーハ)の存在も考慮すれば初心者には難し過ぎる。


 しかし、後衛としての経験自体は決して少なくない。

 魔術を使った遠距離攻撃は祖国に居た頃から学んできた。実戦での使用経験もある。

 どのような軌道で撃ちだせば敵に当てられるか──空間把握能力は育っている。


 ならば、あとは銃撃に適応させてしまえば彼女の才能は花開く。


「【絶】」


 機械人形(オートマタ)の銃撃を再び斬って捨てる。

 攻撃ではなく防御に徹し、飛来するモノへ専心するトーハの剣速は増していた。


 プリムの傍で護衛に徹しながらそれを眺めていたオル爺が小さく鼻を鳴らす。

 不満こそあるようだが、見ることを辞めるほど酷い出来でもなかったらしい。


 再び生じた機械人形(オートマタ)の隙にリィルが魔弾を撃つ。

 しかし、二回連続とはいかず魔弾は機械人形(オートマタ)の肩を掠めた。


「……っ」


 悔し気な吐息を一つ、魔力を充填して次の隙を探る。

 彼女の網膜には先の魔弾が駆けた軌道が焼き付いている。幻視するほど色濃く残る記憶を頼りに脳内の軌道修正を済ませ、機械人形(オートマタ)の胸部へ狙っていた。


 集中していく精神に伴い、流れゆく景色も鈍化した。

 いつもはちっとも見えないトーハの動きがくっきりと見える。


 重々しい音を立てながら機械人形(オートマタ)の両手から再び弾が発射される。

 魔導銃(マギアカノン)を使っているためか弾丸は執拗にリィルを狙う。


 二つの弾丸がトーハの両脇を抜けようとする。

 やがて弾丸は彼の間合いに到達し、剣が呼応するように上から下へと振るわれる。


 カンと高い音を響かせながら一発が両断され、もう一発がトーハの横を通る前に返す刀が二発目を両断しながら弾き飛ばす。


 脅威が去ったことを目で認識し、リィルは思い通りの軌跡をなぞらせるように魔弾を撃つ。


 重力による自然落下すらも見事に考慮し、両手を突き出したままだった機械人形(オートマタ)の胸に穴を開けた。

 穴の開いた胸部から火花を飛ばしながら機械人形(オートマタ)が魔弾の衝撃に流され後方へ倒れ、動かなくなる。


(わたくし)の目も間違っていないみたいですわね)


 意外な才覚に驚きつつも、予想外ではなかった一部始終にプリムは静かに笑みを深めていた。


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