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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
三章:準三級探索者編〜オールイン・ライフ〜
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賭博士令嬢

 リオドラを囲む二枚の壁。

 第二隔壁。それは荒野と安息地を隔てる壁。

 第一隔壁。それは一般人と貴族を分ける境界線。


 リィル達はその境界線の(ふもと)へとやって来た。


「第一隔壁より高いんでしたっけ」

「……やく10mほど、たかいです」

「……へぇ。こんな壁、一枚作るだけでも途方もなさそうですけど……」


 周囲の人影は少ない。

 南部エリアから第一隔壁区画に出入りできる場所のはずだが、その出入りするであろう人は見られない。

 荒野を隔てる第二隔壁のように、銃を携えた衛兵が姿勢を崩さず出入り口を警備している。


「……第二のお遊び、ですか」


 衛兵と話したときにヒスイが漏らしていた言葉だ。

 所詮。そう言っていた意味がこれを見ればわかる。壁の質が明らかに違う第二隔壁に、出入り口を警備する衛兵の装備はそこらの探索者よりもはるかに強力だ。

 見た目からして堅そうな増強服(ブーストスーツ)も抑止力になっているだろう。


 第一隔壁にビビって挙動不審なリィルにも厳しい目線が向けられており、やましいことがないはずなのについ委縮してしまっている。


「……ねぇ、トーハ。ここであってるんですよね?」

「はい。ここのめんかいしつ、だそうです」

「……面会室って。まるで牢屋じゃないですか」


 気分はさながら受刑者。面会に来てくれた友人が会いに来た。なんてシチュエーションを脳裏に浮かべる。

 そうでもしないと、衛兵たちの警戒心剥き出しな目線に耐えられなかった。


 ここまで来ると娯楽なども消え失せるのか店もない。

 申し訳程度に植林された木々が等間隔に並び、味気ない広場があるだけだ。


 衛兵の視線を遮るものもなく、意を決したリィルが強化扉で蓋されている入り口へと向かった。


「──何の用だ」

「その……指名依頼を受けた探索者です。プリム・ブルームバーグという方からの依頼で──ひっ」


 名前を口にした瞬間圧力が強まる。バイザーに覆われた衛兵の顔は表情も読み取れず不気味だ。

 しかし、銃を握りしめる力が増し、今にも銃口を向けてきそうな気配がリィルの足を竦ませる。


「──こちらサウス13(サーティーン)。面会人を確認した。開錠を頼む。…………ついてこい」

「──は、はいっ」


 衛兵が無線で連絡を取り、リィル達を強化扉へと連れていく。

 しばらく扉の前で立っていると、筋が入っただけの壁が上下に別れ、さらにその奥の壁が左右に分かれる。

 どうやら二重扉だったらしいそれが開くのを見届け、サウス13(サーティーン)と名乗った衛兵は通路を進んでいく。

 無機質な合金製の壁の中を進み、やがて立ち止まった。


「……ここだ中で座っていろ。──くれぐれも粗相のないようにな」


 壁に付けられたスイッチを押すと、入り口と同じように二重扉が開いた。


 あまりにも厳重な体制にリィルが唾を飲むが、そんな様子を気にした風もなく、衛兵はリィルに釘を刺していた。


「……はい。案内ありがとうございます」

「……ふん」


 リィルが頭を下げるのに習ってトーハも同じように感謝の意を示した。

 しかし、奴隷である彼には価値などないように、衛兵はトーハに目を向けることもなく去っていった。


「……なんですかあの人。やたら──」

「きにしなくていいです。はいりましょう」

「……分かりました」


 立場的格差があるのだとしても、人としての礼儀くらいあるだろうとリィルが憤慨する。けれど、その態度をもろに受けた本人に止められては強くは言えない。素直に頷いて部屋に足を踏み入れた。


 昨日ロチェリーと話した面談室よりも簡素な部屋。

 透明な強化ガラスを間に挟み椅子が置かれている。

 面会室と言われているのも納得な顔を合わせて話すためだけの場所だ。


『席に着け、プリム様は十分後にいらっしゃる』

「……」


 天井から声が降ってくる。先程の衛兵かどうかは判別付かないが、どちらにせよこちらを明確に下と見ている振る舞い。


 思うところがない訳ではないが、仮にも王族の身だ。身分の違いがもたらす差は重々承知している。彼女の父が権力を笠に着る人間ではなかったのもあって下手に出る忌避感もない。


 一瞬不満げに顔を歪ませるが、すぐに引っ込めて強化ガラス前のパイプ椅子に腰を下ろした。


「……もう一つくらい用意しても良くないですか」


 通されたスペースに置かれている椅子は一つのみ。

 それをトーハに譲ろうなどという考えは欠片もないが、それはそれとして二人招待するなら用意くらいしてくれても──。


「おきになさらず」

「別に……貴方のために怒っているわけでもないので」

「こっちのほうが、はやく“けん”をぬけます」

「……貴方も大概ですよ」


 座るくらいなら立っていた方がいい。暗に好都合と宣うトーハ。


 従順な従者に感謝すべきか、それともズレた価値観を持っていることを嘆くべきか。

 調子を崩されるもおかげで肩の力は抜けた。


 ほどよい緊張感を保ったまま待つこと十分。

 時間通りに依頼主はやってきた。


 てっきり同じように二重扉からやって来るのかと思いきや、強化ガラスの向こうで地面が突然円形に開き、まるでエレベーターでも乗って来たかように当人が現れる。


「えぇ……」


 何そのVIP待遇。

 口に出かけた不満は何とか堪えたが、呆れと驚愕が入り混じった声が漏れる。


 しかし、彼女の容姿に対しては何も思わなかった。

 それは王族として育ってきたリィルから見て対等だと感じる装いであること含めて。


「ごきげんよう。(わたくし)はプリム・ブルームバーグ。依頼を受けて頂いたこと感謝を申し上げますわ」


 写真で見たそのままの姿、リィルの砂金の如き細やかな金髪と対になる銀髪のハーフアップ。

 青と白を基調にしたドレスは華やかながら煩わしい輝きとまでは及ばない。

 澄んだ空を思わせる色の混ざり様は清楚らしい雰囲気も合わさってどこか親しみ深いとも思わせる。


 ハーフアップにした銀髪を華やかに揺らしたプリムが二人に満面の笑みを見せる。


「……お嬢様」

「──」


 そんな正しく貴族とも言うべき少女の傍に控えるのは老齢の紳士だった。

 真っ白な髪をオールバックにしている彼は所詮一介の探索者に過ぎない彼らに頭を下げようとするプリムを窘めている。


 それだけを見ればただの召使い、あるいは従者にしか見えない。

 しかし、一般人らしき相手にトーハが表情を硬くする。


 老紳士は銃こそ携帯していないが、腰に鞘を吊るしている。

 主を窘めるだけの一挙動にトーハは武人の気配を感じた。


 ──それも、遥か格上の気配を。

 一矢報いることも許されないだろう隔絶した力の差だった。


「──アイリィルです。こちらこそ、正式な三級探索者(レギュラー)に過ぎない私達に依頼していただき光栄です」

「……あら、そんなに短かったかしら?」


 悪戯に微笑むプリムの姿を見て、隠し事は出来ないとリィルは内心で肩を落とした。

 まだ探索者になったばかりのリィル達に指名依頼を送るような者だ。

 それくらい知っていて当然と思うべきだ。


「……失礼しました。アイリィル・グレイ・サースラルと申します」


 僅かな逡巡を得て、リィルは己の正式名を名乗った。

 本命を隠していたことにプリムは一切の不機嫌さも見せることなく、むしろ楽しそうに笑みを深めた。


「亡国のお姫様っ! 心躍る響きよねっ」

「……お嬢様」


 物語の登場人物が如き称号にぱっと両手を合わせ、興奮のままにはにかむ姿は正にお転婆。あるいは箱入り娘のよう。淑女から離れた振る舞いに、眉を顰めた老紳士の声は一層深くなる。


「あら、ごめんあそばせ。時間は限られていますもの、本題に入りましょうか」


 咳ばらいを一つ、プリムが柔和な雰囲気を緩めると顔を引き締める。


「事前にお伝えしている通り、地中塔ヒガシヤマの探索のお手伝いをして頂きますわ」

「はい」

「明日の午前、送迎の車を貴方が懇意にしてる店の前に行かせます」

「……はい」


 そこまで知っているのかとリィルの頬が動揺でピクリと震える。

 しかも送迎まで向こうが用意してくれると至れり尽くせりだ。


「詳しい話は道中で。それとアイリィルは銃を、そこの奴隷には剣を持ってきて頂きますわ」

「銃というのは──魔導銃(マギアカノン)でも?」

「よくってよ」

「……分かりました」

「では、時間が押していますので今日はこれにて。また明日お会いしましょう?」


 一瞬で華やかな笑みに戻ったプリムの顔がことりの傾けられる。

 たおやかな所作はまさしくお嬢様らしいというのに、リィルはどこか気持ち悪さを感じずにはいられなかった。


 隣で老紳士が頭を下げると、彼女たちが立っていた足場が地下へ下りて二人が消える。

 機械が作動する重々しい音が響き、それが遠のいていくと円形の穴が塞がれた。


『出ろ』


 淡白な命令に呼応してリィル達が通って来た二重扉が開く。

 壁裏の重要人物の警護が終わったからか、衛兵の声はほんのり柔らかく聞こえる。


「……明日。がんばりましょうか」

「はい」


 こちらもこちらで淡白な返事。

 しかし、聞き慣れた彼の返事はリィルの荒んだ心を落ち着かせてくれるのだった。



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