集めてしまった注目
退院したリィルはメッセージの送り主に会うため、トーハを連れて探索者組合を訪れていた。
腕も治り、先ほどまでご機嫌だったリィルの顔は少し不満げだ。
「おいあれ、噂のガキじゃね?」
「……あんま近寄んなよ、燃やされっぞ」
「可愛い顔なのにおっかねー」
「探索者で有名なオンナなんてそんなのばっかだろ」
「それはそう」
組合に入るや否や、中にいた探索者達から視線を集めていた。
情報が命に関わる職種故、噂程度でも回るのは早い。それが軽視されがちな魔術使いならなおのこと。
魔術の価値は外よりはるかに小さい【アーランド】と言えど、三桁にも及ぶアリを殲滅できるなら話は別。
迷宮の奥で人知れず戦ったわけでもない。
帰還率こそ低いが、他の探索者たちの前で放った魔法は目で見た者にとって鮮烈な記憶を残している。
「……居心地が悪いです」
以前来たときは所詮ガキと周囲は目もくれなかったのに、今では注目の的だ。
鮮やかな金髪も相まって彼女の知名度は上がっていた。
当然、彼女は欠片も喜んでいない。罪を犯したわけではないが依然として追われる身。
「男のガキも侮れねぇらしいな」
「そっちは古代技術の剣のおかげって聞いたけど」
「お前クイーンアントの死体見てないだろ。横倒しのビルサイズが真っ二つだぞ?」
「……刃伸びるタイプの魔力刃?」
「ビル真っ二つの長さもそれはそれでキモイっての」
同時に、注目の目線は彼女の護衛にも集まっていた。
こちらは実際に斬った所を見た目撃者が少なかったため、噂程度。
しかし、なまじ彼が一丁も銃を持っていないせいで信憑性が増していた。
「早く済ませましょう」
スタスタと歩き出すリィルは堂々とカウンターの受付嬢に向かって歩いていく。
準とは言えど三級探索者になった今なら、組合も相手をしてくれる。
客に振りまく他所向きの微笑み。それが今では明確に視線を感じる笑みへと変わっていた。
「こんにちは! 探索者組合へようこそ! アイリィル様でお間違いありませんか?」
「──はい」
話しかけようとしたのに先手を打たれてしまい、リィルが面食らうも何とか返事をする。
「承知致しました。……二階までお連れします」
ショートボブの受付嬢がカウンターから出てくる。
こちらへどうぞ、と前置きしてから歩き出す。二階の存在を知らないリィルはおっかなびっくりでついて行った。
「……」
注目を集め続ける彼女を庇うように、トーハはそっと彼女の後ろを歩いた。
簡単な仕切りで囲われたスペースを潜り、二階へと上がる。
埃一つない丁寧に掃除された木目の階段。
老朽化しているらしい翡翠武具店の黒ずんだ階段とは随分な違いだ。
登り切ればピカピカに磨き上げられた廊下が顔を出す。
客は見ないからと何かをこぼした跡が残る翡翠武具店とは結構な違いだ。
名前が割り振られた部屋の前を何度か通り過ぎ、ある部屋の前で受付嬢が立ち止まる。
「アイリィル様の担当者がこちらでお待ちです。どうぞお入りください」
「……はい」
上擦った声でリィルが返事を返すと、受付嬢はぺこりと一例をして来た道を帰っていった。
置いて行かれたリィルは躊躇いがちにドアノブに手をかけ。
「……行きましょうか」
従者の存在を確かめるように一度振り向くと、今度こそドアノブを捻った。
第三面談室と名付けられた一室はとても簡素だった。
長机が一つ置かれていて、それを挟むように二つずつ椅子が並べられている。
扉と反対の位置にはモニターが一つ置かれている。部屋の隅に戸棚があるが、大したものは見えない。
それ以外の物はない。机と椅子とモニターに小さな戸棚のみ。
戦闘員として明確にカウントされる第三級探索者向けなのもあり、椅子は質が良いと分かるがその程度だ。
「こんにちはアイリィル様。お待ちしていました」
四つある椅子の内の一つに腰かけていた人物が立ち上がる。
団子にされた黒い細かな髪が僅かに揺れる。過酷な環境である荒野でも傷んでいない肌と髪。
黒と白を基調にした制服と共に清潔感を保っている。
立ち上がった彼女が先程の受付嬢と同様に整ったお辞儀を一つ、柔和な笑みを浮かべた。
「これよりアイリィル様、並びにトーハ様の担当メンターとして、微力ながらお手伝いさせて頂くロチェリー・ラルスライトと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「……は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
祖国に居た時を思い出す丁寧な言葉遣いに面食らいつつも、なんとかリィルが笑みを返す。
「まずはおかけになってください。色々と話もありますのでお茶をご用意します」
ロチェリーが座っている反対側の椅子二つを音もたてず引いて二人を誘導しながら、彼女は戸棚からポットと湯飲みを取り出し、そっと机に並べた。
「……あまり組合の仕組みについて詳しくないのですが、準三級探索者はメンターを利用できないのでは……?」
「アイリィル様はサースラル出身ですので、まだここには疎いかと存じます」
「……」
「失礼しました。警戒させるつもりはございません……探索者組合は荒野の外で起きる事柄について基本的に中立です。さらに言えば、興味がありません」
当然のようにロチェリーが言い切る。
茶を注ぎ終えた湯飲みを二人の元に置き、最後に自分の分を入れて席に戻った。
さりげなく告げられた無視できぬ事柄にリィルが眉を顰める。
「……興味がない?」
「ある程度荒野で過ごしたならご理解頂けていると思われますが、アーランドの外と中では隔絶した戦力差がございます」
「確かに、技術格差はとんでもないですね。戦争を仕掛けたところで当たる前に負けるでしょうし」
「おっしゃる通りです。ですので、たかだか外で指名手配されているからとはいえ、探索者組合としては組合の利益に反しないなら関係ありません」
「……」
「無論、外から中に入って来た追手を排除するということも致しません。私たちは中立ですので」
それは薄情とも取れる言い方だったが、今のリィルにはこれほどありがたいことはなかった。
信用できるとも言えないが、あくまで利益を追随する名目があるからこそ、今の言い分には信憑性があった。
荒野に逃げろと言われた本質を今まで理解できていなかったが、この話を聞いて初めてリィルはこの荒野が最後の安息地であることを思い知る。
「十分です」
「……ご安心できたなら何よりです。では、本題に移ります」
ノートパソコンをモニターにつなげたロチェリーが二人の視線を画面に促す。
「──の前に、三級探索者の権利について先にご説明します。そちらの方が後の説明もスムーズかと思いますので」
モニターに小さな端末の写真が映る。
魔防壁と上に書かれていた。
「三級探索者の権利として有名なのがこの魔防壁購入権です」
女王アリの乱入で打ち上げられた探索者がこれのおかげで助かっていた記憶が蘇る。
シンプルに耐衝撃に対する保険として非常に強力だ。
「……強力なのは知っていますが、何故三級探索者からなんです?」
「恐らくその理由はアイリィル様御自身が重々承知していることかと」
「……?」
ロチェリーの意味深な笑みにリィルは怪訝な顔を浮かべる。
「どこまでいこうとも探索者というのは非常に不安定な身分です。昇級にそれなりのハードルを設けさせて貰っていますが、所属だけなら誰でも可能ですから」
「──あぁ……」
得心がいったように頷く。
つい先日その探索者に襲われたからこそ、彼女が含みを持たせた懸念に気づいたのだ。
安くはないといえ、誰でも魔防壁を装備出来るなら例え装備で多少勝っていようと殺されかねない。
徒党を組まれ、テロでも行われては叶わない。
そういった事情だ。
「納得いただけたなら何よりです」
「私達が準三級探索者なのも……信頼が足りていない、というわけですね」
「否定は致しません」
正面から肯定するのは憚られながらも、ロチェリーの苦笑と共に事実上の肯定が返って来る。
「実際、上の方では四級探索者か三級探索者で揉めていたらしいですから」
「……信用がないのでは?」
「信用がないからといって適切な評価を下せないのはこちらの信用が下がってしまいます。……それほどの貢献であることは事実なんですよ?」
「あはは……私もあんまり実感はないんですけど……」
謙遜がお上手ですね、と笑いかけながらモニターの画面を切り替える。
映し出されたのは凛とした佇まいで映る銀髪の少女。
物騒な荒野の中では見ない明らか富裕層だと分かる豪華なドレス。
実用性を重視してか装飾華美ではないものの、装飾品の類にそれとなく宝石があしらわれていた。
「今度こそ本題に入ります。本日ここにお越し頂いたのは指名依頼を受けてもらうためです。依頼内容はこの方──プリム・ブルームバーグ様の護衛、並びに【地中塔ヒガシヤマ】の探索です」
拡大表示されていた銀髪の少女の画像が隅に追いやられ、新たに大穴の写真が表示される。
地中塔ヒガシヤマと冠されたそれに映る探索者たちの装備は旧水路都市に比べて一段上だった。
「地中塔ヒガシヤマ。推奨戦力三級探索者以上五名。荒野中央への開拓が進んだ今でも最奥が発見されていない巨大迷宮です」
「……意図が読めないです。私達が行ったこともない迷宮探索の護衛ですか?」
「私もその件については尋ねました。ですが、組合側にはそれ以上の情報はないそうです」
「そう、ですか」
「プリム様についてはご存じですか?」
「ブルームバーグについては少し。……知らないと不味かったりしますか?」
入院期間のおかげで、リィルもリオドラ周りについてはネットの知識ながら詳しくなった。
ブルームバーグはリオドラを囲むもう一枚の壁、第一隔壁内にいる有名な貴族だ。
貴族と言っても、外とは違う仕組みだ。リィルは王女であり、血筋の者が侯爵。その他伯爵、男爵等の位が存在するが、ここではその括りは無に等しい。
どれだけ荒野の開拓に貢献したか、荒野の中に拠点を築き、それを守ることが出来るか。
その貢献度合いがそのまま位となる。
「一級貴族・ブルームバーグ家。先代がリオドラを覆う二枚の隔壁を作り、その後堅牢な拠点としてアーランド南部の発展に貢献した貴族です。プリム様もその意思を継いでおられですが、全体ではなく個人に働きかけることが多い方ですね」
「個人に働きかける?」
「見込んだ探索者様に指名依頼を送り、その方を半強制的に成長させる。かならずしもすべてが上手くいくわけではなく、指名依頼を受けた結果死んだ方もいらっしゃいます。割合としては……半々といった具合でしょうか」
「……えっ」
遠回しにこれから受ける依頼は半分の確率で死ぬと告げられたようなもの。
ロチェリーの話しぶりからして周知の事実のようだが、笑えない話だった。
「それ──拒否権とかって」
「あることにはありますが、仮にも一級貴族です。探索者活動を制限されることはないでしょうが、あらゆる店から拒まれるでしょうし、荒野の外で何をされるかも分かりません。当然、組合も庇うことはできません」
「……強制ってことですか」
「……私からはなんとも」
「はぁぁ~……もーやだぁ……」
言葉にはしないがロチェリーの表情は依頼を受けた方が良いと語っている。
項垂れたリィル。一難去ってまた一難。
資金も増えてようやく波に乗って来たというのに、出鼻を挫かれた。
人目の前だというのに、机に突っ伏して嘆く辺り相当嫌なのが伺えた。
これにはロチェリーも苦笑するほかない。
担当メンターとしても、初指名依頼がギャンブラーこと賭博士令嬢からなのは同情する。
しかし、彼女に見込まれたことはリィルが今後成り上がるか可能性を秘めていることを裏付けている。
とはいえ、この依頼を前向きに受けてもらわないと困るのも事実。
どうしたものかと、苦笑を湛えたままロチェリーが悩んでいると、用意した椅子にも座らず主の傍で佇んでいた少年が動いた。
「リィルさま。グズグズいわないでおきてください」
主の肩を掴んだトーハがぐいと体を起こさせて、ぺちりと頬を叩いた。
持ち上がった少女の顔は口元をへの字に曲げながら目元はニマニマとしている。中々異様な光景だった。
器用だ。
ロチェリーは素直にそう思った。
リィルの手の甲に映る刻印、トーハの胸元から覗く刻印。
主と奴隷であることはロチェリーも察していた。座らないのもその関係性を考慮すれば理解できる。
それにしては遠慮のないトーハの振る舞いをどこかちぐはぐに感じていた。
そんな二人に呆気に取られていると、眼前のリィルがすくっと背筋を伸ばし表情をまるで一級貴族さながらな凛としたものへと変える。
「──失礼しました。その依頼、受けます」
「…………承知致しました」
手の平返しもかくや、反転したがの如きリィルの態度の替わり様。
才女であるロチェリーも一瞬理解の時間を要したのだった。




