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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
三章:準三級探索者編〜オールイン・ライフ〜
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報酬



『あらー、かわいいおじょーさん。どうしましたー?』

『──ぇ?』


暗闇で照明を失ったリィルの心細い嘆きに誰かが応える。

思わず涙も引っ込んで、弾かれるように上を見上げた。


『──ぇ』

『お探しのものはこれですかー? アハっ!』


顔も見えない黒装束が気味の悪い笑い声と共に彼の法衣を投げ渡す。

爆発に飲み込まれ焼きこげた法衣の切れ端。

ハンカチサイズのそれは彼の物と断定できるかも怪しいだろう。


『ファイは? ……ファイは? ねぇ──!』


 道化のようにコロコロと笑う黒装束。

 視認したわけでもないが、死んだと言われても納得してしまう彼女の心境が余計に不安を煽られる。


『だーかーらー。──ね? カシコーイひめさまならわかるでしょー?』

『ねぇ──!』


 縋りつくように黒装束にしがみ付き、リィルが彼の顔を覗き込む。


『あー、うっせー!! 死んだんだよ! ひめさまを逃がすためにねッ!!』

『──ぁ!?』



蹴り飛ばされ、地面に転がるリィルの体。


場面はここで途切れる。

何度も見た。未だ見慣れない悪夢は寝るたびに思い出す。


生き続ければ生き続けるほど死んだ護衛(悪夢)は増える。

七日経てば新しい悪夢が増えていく。

足元に付けられた拘束具の重りは日を跨ぐたび増していく。


未来へ進む彼女の足取りはどんどん鈍くなっていく。

いつの間にか寝ることが嫌いになっていた。





けれど、最後に悪夢が増えたのはいつだったか──明瞭に思い出せない程度には、穏やかに眠れている。






リオドラ南エリア。探索者向け総合病院【アンサスフォート】第二病棟個室108号室。

部位欠損再生治療受領者アイリィル・グレイ・サースラル。



あの戦いから十日経った。

地下に踏み入り、探索者に襲われ、アリに襲われ、女王アリを何とか退けた旧水路都市(イチノミヤ)での戦いをリィル達は乗り越えた。


「……陰気になってしまいそうです」


リィルは下半身に布団を乗せたまま、上半身をベッドごと持ち上げている。

ここ数日で扱いなれたMGをナイトテーブルに置いてため息をついた。


あれから十日経ったというのに、リィルは未だ外の空気をまともに吸えていない。

トーハの由来となった108号室と、診察室や風呂場を行き来するだけの生活だ。


原因はリィルと同じ病室にある水槽の中身。


「見慣れるって怖いです。ほんと」


単なる水槽ではない。

特殊な薬液を混ぜられた水に沈んでいるのはリィルの新しい腕だ。


治療費をケチる必要がなくなったので、なるべく元通りになるような治療を望んだ。

結果、リィルの細胞から新しい腕を育てる培養治療をすることに決まったのだ。


そして、最終的に縫合するにあたって細菌の類のリスクを下げるため清潔に保たれている第二病棟から出ないようにと厳命されていた。

腕のためだ。仕方ないのは分かっていたが、窓も開けてはならないと言われると流石に参ってしまう。


艶やかなリィルの金髪もどこか陰っているように見えた。


「……早く来てほしいんですけど」


時刻はお昼を過ぎて、おやつ時。

寝るか、食べるか、あるいはMGで情報の海を渡り歩くか。

三択ぐらいしかないリィルの行動には唯一例外がある。


ここ毎日見舞いに来る己の従者に想いを馳せながら、リィルはMGを再び手に取った。


表示されているのは組合からの連絡内容だ。


リィルとトーハ、ついでにレオ達が準三級探索者(レギュラー)に認められたことが記されている。

また、リィルの治療が完了次第組合に来て、このメッセージの差出人と会って欲しいとのことだった。


「……ロチェリー・ラルスライト」


差出人の名前を指でなぞる。

ここ数日でMGを使って多くの常識を学ぶことが出来た。

リィル達に欠けている大きな要素ともいえるので、引きこもり生活は意外といい方向に作用している。

リィル本人は認めたくないが。


その内の一つがファーストネーム(名前)ラストネーム(苗字)である。

リオドラに暮らすものでラストネームを持つのは基本的に壁裏の住人と呼ばれる第一隔壁区画の貴族だ。


つまり、ラルスライト家のロチェリーがこのメッセージを送って来たということ。


直接会って今後の活動について話したいだとか。


わざわざ貴族の名を持つ者が……とは思うものの、あり得なくないのが忌々しい。

彼、あるいは彼女の身分は探索者組合の職員だ。それを踏まえればあり得なくはない。準三級探索者(レギュラー)に認められ、例外ながらリィルとトーハの活動の相談役──メンターとして担当することになった旨も記されている。


筋は通っている。なんら不思議なことはない。仕事として行っているだけだ。


半分諦めている。抗えるだけ抗うし、生きられるなら生きるつもりだ。

可能なら今みたいに治療もする。幸いお金は女王アリの魔石から得た買い取り金750万C(コール)がある。


国を逃げてから一番余裕を持っている。

強いて言えば信頼できる仲間が少ないことだが、信頼できる人間など最初から多くなかった。


そして──どちらにせよ皆死んでいくのだ。


未だ見る悪夢が脳裏によぎる。

かぶりを振って頭から追いやるも、窓も開けられずどこか息がしにくい空間が彼女を陰気にさせてしまう。

落ち込んだ精神は悪い記憶を引き出してくる。


何もいいことがない負のループ。


なんとか意識を切り替えたくて水でも飲もうかと立ち上がった時。



──コンコン


病室の開き戸をノックする音が聞こえた。

入院してから毎日聞いている音だった。

病院に勤めている看護師のこなれたノックではなく、大きな病棟に入ることが少ないLOPの孤児たちの躊躇いがちなノックでもない。


迷いはないが、どこか雑なノック。

硬くなっていた顔が思わず綻びる。


「……どうぞ」




ベッドから飛び降りようとしたのを寸での所で辞めて、体を布団の中に戻す。

隠すことでもないが、一応主なのだ。それらしい振る舞いを求められてきた身である以上、体が取り繕おうとしてしまう。


「しつれいします」


入って来たのは彼女の奴隷兼護衛のトーハ。

ここ数日で彼の言葉遣いは随分流暢になった。


リィルが居ない間は荒野には出ず、一般常識の獲得に努めていたらしい。

生活の質の向上は肉付きにも反映されていて、リィルとあまり変わらない細身はいつの間にか同年代の男子に近しいモノになっていた。


「みまいにきました。げんきですか?」

「ええ。元気ですよ。後二日で退院ですし」


水槽の腕はもう元有った右腕と同じサイズにまで成長している。

今日の夜には縫合し、二日様子を見て問題なければ退院だ。


「それで……今日はどうでしたか?」

「こじいんにいきました。レオたちと“べんきょう”と“くんれん”をしてました。」

「訓練は前言ってた銃ですね。勉強は……ヒスイさんの所でやってたのでは?」

「まものについてです」

「へぇ……! そういうのって誰が教えてくれるんです?」


孤児院ことLOPで人に教えられるほど知識が深そうな当てはリィルには思いつけない。

興味で目を輝かせた彼女は声のトーンを一段上げて尋ねかける。


トーハとの会話はここ数日で一番の退屈しのぎだった。

あくまで利害の一致に近いヒスイは協力関係。LOPも視線を潜り抜けたレオ達はともかく、LOPのメンバーとほとんど話せていないし、信頼関係もまだまだ。


そんな中、気負わずに話せる相手として真っ先に上がるのがトーハだった。

買ってから一月も経っていない。初めて会った頃は不安しかなかった。

しかしファイが死んだ今、最も信頼を置く仲になっているのは少々皮肉だろう。


「ラーディアとミリアムです」

「……ああ、あの大人っぽい──」


ラーディアの名前を聞いたリィルの口元が緩く弧を描く。

入院してから知り合った人で言えば一番信頼を置いているメンバーだった。






入院一日目。リオドラ全体がもっとも近い迷宮で起きた迷宮暴走(スタンピード)に沸き立ち、搬送され続ける怪我人で病院内もまだ騒がしかった頃のことだ。


一日目ということもあり、リィルの病室に出入りする人間も多かった。


『リィルぅぅぅ!! 750万だってよぉぉ!!』

『馬鹿野郎! 騒ぐなレオ! 個室でも他に聞こえるだろっ!!』

『いってっっ!!? ぶつことねぇじゃんヴァン兄!!』

『見舞い来た。元気?』

『あはは……ごめんなさい騒がしくって……』


女王アリこと異常個体クイーンアントの魔石の買い取り額について、レオ・ナノ・ルーバスのトリオに保護者枠のヴァンが。


『聞いたわよリィルちゃん!! 女王アリ(クソデカアリ)魔石の買い取り額!! この際だから今のうちに返してもらうわ! ついでに新しい装備も買っとかない!?』


トーハに渡した魔力刃(マジックブレード)の扱い、買い戻しになったためお金を返さないといけなくなった件でヒスイが。


『なおったので、もどります。まいにちきます』


リィルよりもボロボロだった癖に一日で治して病院を驚かせて帰っていきやがったトーハが。


『腕の治療についてですが、今なら義手にすることも出来ますよ?』


リィルの魔術に惹かれたらしい主治医が検査項目を増やそうと押しかけて来たり。


『療養中の所失礼します。リィル様の特別昇級をお伝えに参りました』


強力な魔術を扱えると勘違いした組合職員がやけに畏まっていたり。


リィルを取り巻く状況が一変し、嵐の如くやって来ては過ぎ去っていった。


粗方来訪者が返っていき、一息ついたリィルが夕食を食べていた時。

再びドアがノックされた。


「……? どうぞ」


個室病棟ということもあり、基本的に来訪者は事前に連絡が来ていた。

先程看護師が夕食を置いて行ったばかり、今日の診断も全て終わっているので特に看護師が来る用事はない。

ノックの音もぎこちなかった。用事を思い出した看護師の線はない。


「失礼します……」

「……えっと。どちら様でしょうか?」


両手で丁寧にドアをスライドさせ、背の高い女性が入って来る。

顔たちはまだ幼く、少女寄りだった。


しかし、ゆったりとした黒のワンピースの上からでも分かる凹凸のある体は同性から見て憧れる大人の女性そのもの。

腰元まで伸ばした亜麻色の髪は緩く巻かれてウェーブを作っている。


「こんばんは。私、LOPのラーディアって言います」


どこか申し訳なさそうで控えめな態度。リィルの元へ歩いてきた少女は微笑みながら頭を下げる。


「あぁ……! レオくん達から聞いてます。頼りになるお母さんみたいだって」

「お母さんなんてそんな……。リィルさんと歳は一つ二つくらいしか変わらないから……」


遠慮がちに苦笑するラーディアが再び頭を下げて、ベッド近くに置かれたパイプ椅子に腰かけた。


「既にヴァン君達がお礼を言いに来たのは知ってるんですけど、改めて私からも言いたくて」

「いえッ! むしろ私のせいで──」

「知ってます」


旧水路都市(イチノミヤ)の騒ぎは元々リィルの遺物探知力がきっかけ。

そう言いかけた彼女の台詞をラーディアが遮った。


「すみません割り込んで……そもそも、私は地下に行くことは反対でした。いくらリィルさんとトーハさんが戦力になるからと言っても地下は危険ですから」

「……」


レオ達が話していた内容からも目の前の少女は荒野に出たことが無いようにも聞こえる。

実際に会って芽生えた違和感にリィルが言葉を探していると、ラーディアが垂れ目な目じりをさらに下げて笑う。


ラーディアの言葉は経験者を思わせる力強さがあった。

しかし、リィルから見てラーディアの体つきは荒野を征く探索者のそれに比べ頼りない。

それこそ、まるでリィルのような魔術師と同じ非力さだ。


「ふふ。ごめんなさい。LOPの皆には内緒なんですけど、私も多少は戦えるので──ほら」

「……えっ」


肩にかけていた布の鞄から探索者証(カード)を取り出す。

ラーディアの名前が記されている金属プレートの表記は()()()()()


「銃は得意じゃないけど……。ちょっと魔術は使えて、魔力系なら表記通りのことは出来ちゃいます」


むん。と豊かな胸を張るラーディア。

小振りなメロンを思わせるそれにリィルの目が奪われる。


正直、少し羨ましかった。


「知らなかったです」

「リィルさんの前で言うにはちょっと弱いですけど……」

「いえっ! あれはズルみたいなものでっ!」


魔法で起こした火の海のことを言っているであろうラーディアにリィルはぶんぶんと首を振る。

あれを基準にされても流石に困るのだ。易々と撃てる技ではないし、唱え切ることさえ綱渡りだったのだから。


「一度限りの切り札でも手札にある限り立派な戦力です。魔術師とは砲台そのもの、ですから」


ラーディアが確信を持って言い切る。

受け売りですけど、と付け加えて微笑む少女にリィルは何と返すべきか視線を宙に彷徨わせた。


「……ありがとうございます」

「せっかくなので色々お話聞いても? 魔術師の子、LOPにはあんまり居なくて。仲間が増えたの嬉しいんですっ」


手を合わせ、小首をかしげて嬉しそうに微笑む。

もしリィルに姉が居ればこういうものだろうかと思った。


「是非っ。私も暇だったので」


夕食が冷めるのも忘れて二人はガールズトークに興じた。

食器を回収しに来た看護師に咎められるまで談笑は続いた。


一番声が大きくなった話題は、ラーディアの発育についてだったのは二人の少女の秘密だ。


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