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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
二章:五級探索者編〜アント&ダブルアップ〜
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魔石祭り

 旧水路都市イチノミヤ地下、イチノミヤ時計塔駅。


「おーう、ルーバスー、元気かー」

「げんき、じゃ──ないよっ……!」


 地面が揺れている。洞窟全体が揺れている。

 荒廃した地下の駅が更に荒み、辛うじて原型をとどめていた改札や案内版がボロボロと崩れ落ちる。


 ボロボロになりながらひた走る三人の少年少女達、

 レオ、ナノ、ルーバス。今の所彼らは五体満足で生存していた。


 少年少女が流す血。銃撃を受け、仲間たちに踏みつぶされ倒れるアリ達の死骸。支援型アリがばら撒く黄色い粘液。

 地下に充満する匂いは恐ろしいことになっているが、レオ達の鼻は別の匂いで死んでいる。


「っ──はっ──はっ……! まだ──!?」


 荒い息を漏らしながらも最後尾を走るナノ。

 彼女の腰元には湿った巾着袋が取り付けられている。中身は魔昆虫(マジックインセクト)達を引き寄せる者が入っていた。通称匂い玉(フェロモン)


 アリ型魔昆虫(マジックインセクト)を強く引き付けるタイプのそれは、本来ルーバスが用意していた安全策だった。

 洞窟内で挟まれた時や戦闘が困難な際に放り投げることでアリ達の注意を逸らすことが出来る代物。


 密閉状態だったそれを解いた状態で走る。

 即ち、匂い玉(フェロモン)の匂いが染み込んだ人間たちが洞窟内を走り回る。


 当然パトロールしていたアリ達の部隊が惹きつけられ、さもパレードの如くレオ達がアリを連れまわっていたのだ。


 ナノ提案、命を賭した鬼ごっこである。


 ボルドーはそれに巻き込まれ人為的に集められたアリの群れに轢き殺された。

 しかし、ヘイグ達三人が死んだことを聞かされるまでアリ達を連れまわすのを辞める訳にもいかず、リィルから通話が車で逃げ回っていたのだ。


 しかし、彼女が救援を呼んでくれたことでレオ達も脱出へと舵をきれる。


「ナノ! そいつはもういい! 捨てていけ!」

「らじゃ──!」


 考案こそナノだったが、思いのほか追い回された恨みもあり匂い玉(フェロモン)が入った巾着袋を力いっぱいアリどもに投げつける。


 自分達が追いかけていた匂いの元を見つけ、アリどもが次々と群がる。


「うっし、時間稼げそうだ。出口はどこだ?」

「崩落せず残ってるのは……5番出口!」

「おうよ!」

「……やっぱり来る」


 先ほどまで通話に使っていたMGで地図を表示。組合が公表している旧水路都市(イチノミヤ)地下のナビで逃走経路を導き出す。


 元気のいいレオに対し、渋い表情を変えていなかったナノが忌々しそうにつぶやいた。

 散々匂い玉(フェロモン)を持ったまま逃げ惑っていたのだ。ナノ達にも臭いは十分に染み込み、アリ達の追跡対象になっていた。


「……ルーバス爆弾!」

「そんなのとっくに使い切ったよ……」

「くっそ走るぞ!」


 度重なる戦闘で弾も底を尽きかけている。

 なんとか見つけ出した出口を追いかけ、一歩間違えれば転げ落ちそうな階段を駆け上がる。


「あ──」


 かれこれ数十分にも渡る休みなしの逃走劇。

 詰みあがっていた疲労がナノの足を重くしていて、後半歩。更に半歩遠くに踏み出せていれば辛うじて残った段差。

 つま先が段差の端を踏み、経年劣化とアリの粘液によって腐敗していた階段が破損する。


 踏み込もうとしていた力が空回り、つんのめったナノが勢いよく段差に頭を打つ。


「ナノッ!!」


 すぐさまレオが弾丸をばら撒くも数が足りない。

 今彼らを追っているのは数匹そこらではない。二桁超えて三桁にも及ぶアリの軍隊だ。

 たとえ前線の一匹二匹を射殺した所で、後続の勢いが緩むわけもない。死んだ同胞を踏み越えて怒りのまま侵入者をひき殺す。


 それでも仲間を見捨てる選択肢は彼らにない。

 ルーバスが撃った弾が更に一匹を貫き、二匹目の足を打ち砕く。


「っ……ごめ」


 最後まで言い切れない謝罪の言葉と共に、頭を打った衝撃で一瞬脱力していたナノが何とか体を起こす。

 下手に迎撃しようなどと考えず、最速離脱で先頭に居た攻撃型(アゴデカ)の噛みつきを避ける。


「──走れ!」


 気にするな、と五文字を言う余力もない。

 その半分で意図を伝えたレオが前を向く。地上からの光が見えた。


 けれど。木漏れ日の如く分散したものだった。


「どう──」


 尋ねる言葉を形にせず、ルーバスが前方に発砲。

 光を塞いでいたのは別経路から同じ出口に合流するアリの群れ。


 爆弾等の瞬間制圧力が尽きたレオ達には突破する術などない。

 半分諦め交じりに撃った狙撃銃(スナイパーライフル)の弾が地上に雪崩れるアリ達の横っ腹を叩き──




 弾丸諸共、一斉に赤く染められた。



「──え」

「は?」

「────」


 辺りが地上の光よりも眩い炎に紅く照らされる。

 三者同様に言葉を失う。つい駆け上がる足の力が抜けるも、彼らの背後にいたアリ達も同様に火に包まれていた。


「全部……燃えてやがる」

「……魔術、いやそんなはず……。こんな魔術、古代技術(ロストテクノロジー)製の魔術具(マギアコア)でもありえない……」


 大火事も大火事。普通ならば酸素が急激に失われて呼吸困難になる事象だった。

 けれど、彼らが何も気にせず呆然と出来ている。

 不思議はまだ増える。


「熱くないよ」

「……なんで触ってんだよナノ」


 その場でもんどりうって暴れまわるアリ達。そうして力尽きた一匹の焚火にナノが触れていた。

 まるで暖炉で暖まるかのように手を出しているが、熱を感じず残念そうにしていた。


「息も出来るよ」

「俺らは燃えてないのも意味わかんねぇ」

「……とりあえず出ようよ。いつまで燃えてるかも分からないし」


 前後を炎に挟まれたレオ達が戸惑っている間にアリ達の体は灰になって魔石を残して消えていた。

 見える範囲にアリは居ないが、地下全体に響き渡る振動は微細ながら残っている。

 ぼうっとしていたらまたアリ達が来るだろう。


「だな……──あれ、拾ってもよくね?」

「はぁ……走りながら拾える程度ならいいよ」


 いつの間にか炎は消え、今度こそ地上からの光が差し込んでいる。

 出口への道は開かれているが、レオの目はそこら中に転がっている魔石に捕らわれていた。


 あとで回収されることを考えると無視するのももったいない。

 ルーバスも欲に負けてついでの範囲程度で頷いた。




 *



 旧水路都市(イチノミヤ)地上。

 油をぶちまけて点火したかの如き大火事がアリ達を飲み込んで十数秒。

 炎は嘘のように鳴りを潜めて、アリ達が踏み荒らした後とそれらが遺した魔石だけとなった。


 いち早く迎撃に出向いていた探索者は今目の前で起きていた超常現象に言葉を失っていた。

 理に聡い者や、切り替えの良い者は棚から牡丹餅とばかりに溢れんばかりの魔石を拾い集めている。


 この発端となった少女はうつ伏せで倒れたまま動いていない。

 命が尽きていないのは荒く震える肩から見て取れた。

 魔法が発動する寸前でアリに一瞬食われた肩は肉が抉れていたが、その痛みも気にならない程彼女は疲れ切っていた。


 その少女の傍らで腰を下ろしている少年もまた満身創痍。

 体中内出血を起こした少年は全身を紫に染めていた。

 息を吸い、吐く。その動作で心臓が脈動し、全身に血液が行き渡る。

 そんな小さな、当然の動作がトーハの体を痛めつける。神経は脳に痛みを訴え続ける。


 けれど、少年は主を守るため一切合切の訴えを握りつぶし、剣を突き立て主の隣で佇む。

 万全でない【断絶剣】の弊害で彼の剣は刃こぼれだらけ、下手に扱えば折れてしまいそうだ。


 もうこれ以上の戦闘は不可能だった。


「……君たち……、大丈夫か?」


 見かねた一人の探索者が声をかける。姿を認識する余裕はトーハになかったが、これから男であることは分かった。

 先ほどは生きるのに必死で気付かなかったが、少年たちが身に着けている装備は見るからに五級探索者(ルーキー)相当。

 銃火器の類は倒れ伏す少女の魔拳銃(マギアリボルバー)のみ。


「……」


 トーハが緩慢ながらも頷く。返事をする体力はなかった。あったとしても返事のために使っていい体力ではなかった。

 二人の装備に内心驚いていた探索者は返事すらままならない二人を見て、介抱に移る。


「命と……魔石の礼だ。気にせず飲んでくれ」


 第三級探索者(レギュラー)の男は持っていた回復薬の錠剤を取り出す。

 遠くでは男の仲間がウキウキと魔石を拾い集めている。回収にさえ移れない彼らを放置して仲間の元へ行くのは男の良心が許さなかった。


「……は、い」


 差し出した手に落とされた五錠の回復薬を一息に飲み込む。

 喉につっかえた分を唾で押し流すと、三級探索者(レギュラー)向けに作られた十分に高価な回復薬が即座に鎮痛作用を働かせる。


 外見に変化はないが痛みが和らぐ。

 倒れ伏す主を抱き起す程度に動けた。


「彼女にも」

「ありがとう、ございます」


 再び渡された五錠の回復薬をトーハがリィルの口に入れて、水筒の口を押し付けて何とか飲んでもらう。


「────ごほっ!? ──ごほっ!!」


 突然口に入れられた異物にリィルが激しく(むせ)る。

 その拍子に口に含んでいた水が半分、回復薬が二錠飛び出す。


「のんで、ください」

「──こほ」


 咽たのは無意識に飲み、器官と正しく分岐する弁が開いていたため。

 水分を認識したリィルが今度こそ回復薬を飲みこみ、急速に働く鎮痛作用に再び脱力した。


「……とりあえず帰るぐらいは出来そう?」

「はい。ありがとう、ございます」

「礼はいいよ。ただの気まぐれみたいなもんだから」


 じゃあね。と男はあっさりと立ち去る。

 百、二百は優に超える魔石を回収しようと、探索者たちはお祭り騒ぎで賑やかだ。

 そんな喧騒の中で静かに佇む少年は傍で主の回復を待っていた。


「──お! トーハ!! 無事だったか!」

「その体──大丈夫?」

「無事でなにより……じゃあなさそ」


 手を振りながら満面の笑みで走って来たレオを筆頭に三人がやって来る。

 両手いっぱいに魔石を抱えていたレオは手を振った拍子に持っていた魔石を落とし、慌てて拾っていた。


 そんな彼を素通りした二人はトーハが抱きかかえるリィルの容態に表情を暗くする。


「……くすりは、のみました」

「薬は応急処置だって。二人ともボロボロじゃないか、肩貸すから早く帰ろうよ」

「トーハ、リィル貸して」

「はい」


 トーハはルーバスに、リィルはナノに肩を貸してもらって帰路に着く。

 ルーバスがリィルのMGを借りて通知を見ると、ヒスイから到着のメッセージが来ていた。


「ヒスイさんも来てるって、早く帰ろうか」

「おぅーい!! オレ置いてくなって!!」

「……魔石は良いから早く」

「ちょっとくらいいいだろ……」


 両手いっぱいに集めた魔石をリィルのバックパックに押し込み、レオもトーハに肩を貸す。


「勿体ねぇなぁ……」


 あれを持ち帰れたらいくらになるだろうかと皮算用を広げ、レオが名残惜しそうに後ろを見やる。

 弾代だけなら十分に利益が見込めたが、爆弾やら匂い玉(フェロモン)やらの消耗品も考えると懐が潤うとは言えない稼ぎ。


 勿論ここでトーハ達を見捨てるはずもなく、あの炎は恐らくリィルの者であるとレオ含め三人とも思っている。

 後ろ髪引かれるだけだ。



「……は?」



 なんとか魔石の誘惑を振り切ろうとした瞬間。

 レオが呆けた声を上げる。



 地中から勢いよく飛び出してきた何かに、宙は突然暗くなった。


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