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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
二章:五級探索者編〜アント&ダブルアップ〜
31/56

義理

 それはレオ達との初顔合わせ前夜。


 深夜のリオドラ。

 大通りこそまだ明りが灯っているが、翡翠武具店のある街はずれはとうに静まり返っていた。

 そんな中、明日に備え眠りについていたトーハが体を起こす。


 彼の意識はこつこつと叩かれている窓へ向けられている。

 僅かな警戒をにじませながら窓を開けると、翡翠武具店の周りに映えている枝を伝い、逆さになったままのヴァンの姿があった。


「よっ」

「……よ?」

「……ノリ悪い奴だよな、お前」


 深夜のためか、いつものボリュームより控えめな声でヴァンが挨拶してくる。それを挨拶と理解できないトーハが首をかしげた。

 完全に荒野外の住人であるリィルと違う意味で常識知らずなトーハだ。

 悪態をつきつつも、仕方ないことはヴァンも理解していた。

 説教をしたところで改善するわけもないので、ヴァンについては保護者役のヒスイに任せると決め、意識を切り替える。


「っと」


 窓の縁に手をかけ、転がり込むようにヴァンが窓から入って来る。

 宙づりの状態から体勢を整えられる体幹。枝から窓へ飛び移るための遠近感。不安定な場所から飛び移れる筋力。

 地味ながら淀みのなく行われた動きは第三級探索者としての地力が現れていた。


「なにか、ありましたか?」

「……敬語かよ。ったく──。用ってほどじゃねぇが……」


 ヒスイとリィルの影響とあってか、奴隷にしては小綺麗な格好だが細かい身だしなみは知れている。

 仕草なども下手な子供より覚束ない。勿論、ここでヴァンが襲い掛かろうとすれば避けるぐらいは平気でするだろう。

 そのちぐはぐさはやはり気に入らないし、そのくせ言葉遣いは丁寧っぽくするのだから気落ち悪くて仕方がない。


 この考えが傲慢なのは分かっている。

 つい反応してしまうのも、奴隷を使う奴らがどいつもこいつも表面上だけは丁寧を装う奴らだったからに過ぎない。

 つまりは被害妄想とか、トラウマとか……そういった類である。


「明日、ウチのチームの中堅どころと会わせる。……オレと同じでアイツらも奴隷に対する嫌悪感はでけぇ」

「……はい」


 要領を得ないトーハが眉をひそめつつ頷いた。彼はその辺りの差別をちっとも気にしていない。その結果リィルが危険にさらされるならば話は別だが。

 しかし、ヴァン自身はトーハ達に迷惑をかける後ろめたい話のつもりだ。

 だから、トーハの反応をネガティブに取らえ、申し訳なさそうな声色で続ける。


「すまん……だが、お前らの実力なら認めるはずだ。お前らは十分に()()


 トーハが眉を持ち上げた。

 褒められたから。存外高い評価を得ていたから。

 それらの理由はあっているようで間違っている。


「……ゔぁん」

「なんだよ」


 あまり見ないトーハの表情に、ヴァンは訝し気だ。

 それに構うことなくトーハが尋ねる。


「つよい、ってなに、ですか」

「……それはネットで調べれば出てくる単語の意味──ってわけじゃ、なさそうだな」


 たどたどしい言葉遣いながらも、意志を感じさせる口調で。

 主を守ること以外には無頓着そうな彼から発された珍しい質問だった。

 恋焦がれるが如き()()への執着。


 ヴァンを見据える目に一切の揺らぎはなく、ヴァンを映す黒の瞳には空っぽの少年に遺された唯一の衝動が色濃く見えた。


「強さ、か」


 ヴァンも決して強いとは言い切れない。

 身寄りもなく、後ろ盾もない年少の者としては確かに強くなった。

 彼が持つ三級探索者(レギュラー)の身分がその証明で、たどり着くには数年の時間を要した。


 強い装備、一瞬の隙も見逃さない判断力、とにかく生き残るための警戒心。

 いくらでも候補は思いつくが、トーハに対しての答えに相応しいとも思えない。


「……トーハは強くなりたいのか?」

「はい、ししょうの、ために」


 ししょう(ファイ)が遺したリィルを守れという命令は刻印の強制力関係なしにトーハの優先順位の最上位に位置している。

 ただ、彼の意志は少し歪んでいる。

 リィルを守ることと、そのために強くなることを直結しすぎて、守ることと強くなることがイコールで結ばれているのだ。


 守るために、強くなる。ではない。

 リィルは守る。それと同じ優先度で強くなるべきだと考えている。


 つまりだ。

 リィルを守ること(トーハの仕事)とは別に、トーハが強くなる(トーハの意志)が表れていた。

 ほとんど混同していて、彼も、彼の周囲も気付いていない小さな違い。

 言いなりの彼に自我をもたらす小さな種でもあった。


「そうか……」


 その際にヴァンは気付けない。

 彼の解釈は守るための強さ、その獲得の仕方だった。


 ヴァン自身、自らのチームを孤児院を守るために強くあろうとしている。

 そういった主観もあってどうしても違いには気付けない。


「あくまでオレの話だが」


 記憶を振り返りながらぽつぽつと零れ堕とすように呟き始める。


「死なずに上手いことやれば装備は揃う、能力だってそうだ」


 拳銃片手に死に物狂いで荒野を生き延びた日々を思い出す。

 その次は突撃銃(アサルトライフル)。その次は対物突撃銃(アサルトライフル)、強化弾にエネルギー弾。

 身体能力を底上げする増強服(ブーストスーツ)に並みの銃撃を防ぐ魔防壁(マギアシールド)


 一つ増えるたび、一つ更新する度、強くなって稼ぎも増える。その繰り返し。

 生き続けるうち、能力も強くなる装備に見合うものになるだろう。


「けど、どうにもならないのが生き様だ。オレは義理って呼んでる」

「ぎり」

「ああ、助けられたら助け返す。手の届く範囲なら救ってやる。手を広げ過ぎて自爆するのは馬鹿だが、そうならない限り助けることはそれなりにリターンが付く」


 その結果があの孤児院だ。と、ヴァンはどこか照れくさそうに言った。

 たしかに青臭い話ではあるし、偽善とも呼べる考えだ。人によっては鼻で笑うことさえあるだろう。


 けれど、ここにいるのはクソが付く程真面目なトーハである。


「たすける。すくう」

「出来ない時もある。そこの判断はお前がするんだ」

「……はい」

「……なーんでこんな話してんだか。はっずかしい……帰るわ、リィルにはよろしく言っといてくれ、じゃあな」


 まくし立てるように言い切り、ヴァンが再び窓から出ていった。

 ドアから入ればいいのにだとか、どうして窓から出入りするのだろうかなどと言った疑問は既にトーハの頭から消え去っている。


 それ以上に、義理という新たな強さの種がトーハの中で芽吹こうとしていた。


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