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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
二章:五級探索者編〜アント&ダブルアップ〜
29/56

格上

 苔むして粘液に塗れた小さな駅を通り過ぎた。

 線路が途切れても洞窟は続いている。ルーバスがMG片手に地図を見ているが、道を決めているのは遺物の魔力を追うリィルだ。


「……地図屋のもっと良いの買っておけば良かった」

「地図なんてネットに転がってんじゃん」

「とっくに地図上からは外れてる。それほど外れてないから戻れるけど」

「ならいいだろ」


 不安げなルーバスの背を叩き、レオが大股で隊の前に出る。


「リィルー、あとどんくらいだー?」

「……多分この辺りのはずです」


 遺物の大まかな位置は現在位置付近。

 古ぼけた魔力波が浮いているのは見つけたが、具体的にどこから発されているかは分からない。


 周囲は何の変哲もない洞窟。線路は途切れてしまったが、逆に言えばそれ以上の変化はない。

 相変わらず靴はねちゃねちゃした粘液に引っ張られるし、足を踏みしめるたびゼリー状の何かを押しつぶす感触が伝わってくる。


 リィルとしては早く帰りたかった。

 とはいえ我儘は言ってられないし、軌道に乗りそうな好機を逃すのは統治者の卵としても失格だ。


「粘液に埋もれてる?」


 足元をじっと見つめながらナノが呟く。

 ナイフを突き立て、梱包材を引きはがすがごとく粘液をめくる。

 とはいえ、元は線路を敷く予定だった地下鉄だ。線路にしかれた砂利──バラストが顔を出すだけである。


「遺物の形状とかはわかんのか?」

「流石にそこまでは」

「だよなぁ」

「地道にやろうよ」


 ルーバスもナノに倣い、ナイフで粘液を引きはがす作業を始める。

 触るのが嫌というより、面倒さが勝つのだろう、レオがしばらく葛藤していたが諦め交じりにため息を一つ吐くと大人しく作業を始めた。


 トーハもナイフなら持っているのでぐちゃぐちゃと音を立て、乱雑に引きはがす。


「…………」


 この中で最も粘液に嫌悪感を覚えているリィルはナイフを持っていない。

 だからと言ってそれを理由に作業をしないのも違う。

 上手く出来ないか考えた挙句──


「【ファイアバレット】」


 いつもは拳大より一回り大きい火球を放つ魔術を、今は赤子の拳程度にまで規模を小さくして粘液を燃やす。

 ぶつけるとよりは押し当てるようなイメージで粘液を少しずつ溶かしての繰り返しだ。


「贅沢」

「……戦闘に支障が出るほどは使いませんよ」

「ダメとは言ってねぇよ」


 しかし、呆れに近い雰囲気は出ていた。

 だが、魔力を少し使う程度で不快感を軽減できるならリィルは喜んで使う。

 こればかりは譲れなかった。


 引きはがし、積み上げた粘液の山が大きくなるにつて、周囲のバラストが顔を出す。

 まるで掃除屋だ。なんでこんなことをとリィルは内心悪態をつくも、お金のためとあっては放り投げる訳にもいかなかった。


 そうして時間が過ぎ、数十分経った頃。


「……? これ……!」


 ルーバスがナイフを突き立てたにしては硬い感触に声をあげる。

 傷をつけていないだろうかと不安になりつつも周囲の粘液を取り除く。


「見つけたか!?」

「……多分!」


 その声にレオ達も集まってくる。

 粘液を取り除き、顔を出したのは手のひらサイズの液晶が埋め込まれた端末──MGだった。


「……なぁんだ。MGかよ」

「ううん。旧式じゃないかな」

「旧式、ですか?」


 MGについて詳しくないリィルが見た目は全く同じの遺物に首をかしげる。


「今のMGは導力──僕も詳しくはないけど魔力をエネルギーに変換したもので動かしてるんだ」


 MG似遺物を拾い上げ、砂や粘液を払いながらルーバスが語る。


 そもそもMGとは、元々は携帯電話と称されていた古い遺物を元に作成された魔術具(マギアコア)だ。

 純粋な魔力では動かないので厳密には魔術具(マギアコア)と違うが、親戚のようなもの。


「でも、これには何かを繋ぐための挿し口がある。古い奴はこれを通して導力に値する何かを充填していた……ってのが通説なんだ」


 MGの稼働には専用の台座に乗せるか、魔力保有量の高いものが身近に置いておくことで導力が溜められる。

 リィルが常に持っているのもそのためだ。


「鑑定してもらわないと分からないけど、持って帰る価値はありそうだよ」

「──へぇ~、じゃあそれおじさんにくれよー」


 子供の声ではない。

 五人全員が弾かれるように招かれざる者へ視線を向けた。


 通路の陰から現れた三人の男。

 おじさんと自称した無精ひげを生やした男はシニカルに笑いながらリィル達へ大型突撃銃の銃口を向ける。


「おっと、妙な真似はしてくれるなよ? じゃないと──」


 男が迷いなく引き金を引く。


「──ひっ」


 銃声と共に、リィルの足元を弾丸が穿つ。

 一歩間違えれば足が千切れていた攻撃に、リィルは思わず身を竦める。


「お前──!」

「だ・か・らー」


 再びの銃声。男の狙いは的確で先程と全く同じ場所を寸分狂わず銃撃した。

 怯えた少女が思わず後ずさる。


「大人しくしてくれりゃ命までは取らねぇさ」


 下卑た笑みを隠しもせず、男は口角を吊り上げる。

 彼に従っているらしいスキンヘッドと軽薄そうな金髪の男は特に何も言わずリィル達に各々の銃を向けている。


 レオ達の誰かが射撃しようとすればたちまちハチの巣にされるだろう。

 何も言えず、何もできず。少年少女たちは男の話を聞かざるを得なかった。


「それでいい。ま……そうだなぁ、まずは自己紹介といこうか」


 両手を仰々しく広げ、にやりと笑う。


「俺ぁヘイグってんだ。しがない探索者だよ──しがないやつはこんなことしねぇってか?」


 リィルの、彼女以外も口に出かけた内容をヘイグ自らが宣う。

 図星だと言わんばかりに呆気にとられる彼らに向け、ヘイグはせせら笑っていた。


「まー、俺も命まで取りたいわけでもねぇからよ」


 ヘイグが再び銃口を持ち上げ、リィルへ向けた。

 狙われた少女が肩を跳ね、咄嗟にトーハの背後へ半身を隠す。


「今隠れたそこのお嬢ちゃん。俺らと一緒に来てくれないか?」

「……い、いやです」


 トーハの服の裾を掴みながらいやいやと被りを振る。

 下卑た笑みの中にどこか優しさを持たせていたヘイグの顔はすぐさま無に帰した。


「……状況が分かってねぇのか」

「……ひぁっ」


 足元に一発。漏れ出る悲鳴が恐怖を煽る。

 先程から正確に同じ場所を狙い撃っている辺り、男の実力は決して低くない。

 そのことが分かっているからこそ、レオ達も迂闊に動けなかった。


「俺らも乱暴な真似をするつもりはないんだよ。大人しくお嬢ちゃんが来てくれりゃあ、全て丸く収まる。だろ?」


 同意を求めるようにレオ達にも目を向けるが、答えに窮した少年たちは何も答えない。

 眉をひそめたヘイグは仕方ないと嘆息した。


「……んなわけで。こっちに来てくれお嬢ちゃん」

「…………」


 恐怖で足が竦んでいたリィルだったが、徐々に冷静さを取り戻していた。

 ただ、冷静になった所で状況は欠片も好転していない。どうあがいても脱しえない状況が理解できるだけ。


 リィル達の内誰かが反撃しようものなら即座に後ろの男二人がそれよりも早く撃ち殺しに来る。

 大人しく連れ去られるふりをして魔術を叩き込もうにも出来て一人が限界。

 正直一人さえも怪しいと思っている。


「早く決めてくれないと俺らもヤることヤらないといけなくなるよー?」


 一秒すらも惜しい時間だった。頭を動かさず取り込めるだけ周囲の情報を取り込み、可能な案を積み上げ、どれが最善かを検証し──


 許される限り考え抜いた。

 結論を導き出したリィルはトーハの陰から進み出る。


「…………分かりました、従います。ですが、一つだけ頼みがあります」

「おっ、聞ける範囲なら聞いたげるよー」

「彼も、連れて行って下さい。私の大事な奴隷なんです」


 トーハを見やりながら、リィルが上目遣いで懇願する。


「……ぷっ。──ああいや、失礼。お嬢ちゃんの想いは理解できたとも。──なぁ?……一人ぐらいならいいさ、来な」


 大事な奴隷。おおよそ聞くことのないフレーズにヘイグが噴き出すも、彼の目は後ろの二人に向けられ無言で問題ないかを尋ねていた。

 スキンヘッドの男が鼻をならすも、それ以上は答えない。

 無言の了承を得たヘイグが二人に向けて手招きする。


「……隙を見つけたら光剣(レーザーブレード)を使ってください」


 トーハの袖をつかみながらリィルが小声で伝える。

 一縷の望みをかけた主の命令に、少年は頷きを返さず無言で彼女の後を追った。


「……とりあえずその物騒な魔導銃(マギアカノン)は預かるぜ」


 ヘイグがトーハに警戒の目を向けるも少年の武装に銃は見当たらず、主武装らしきものは剣一本のみだった。

 大方少女の親戚か何かと検討を付け、目下の危険そうなリィルの拳銃型魔導銃(マギアカノン)を取り上げた。

 ヘイグ達の装備はリィルの魔拳銃(マギアリボルバー)程度無効化出来る。取る必要はなく、あくまでポーズに過ぎない。


「撤収するぞ。──そこのお前ら、一分立つまでは動くなよ。動いたらこいつが撃つ。てめぇら三人如き、こいつ一人で十分だからな」


 スキンヘッドの男を残し、ヘイグと軽薄そうな男がリィル達を連れて去っていく。


「……くっそ」


 レオが歯噛みするも、出来ることはない。恨みがましくスキンヘッドの男を睨みつけるが、それだけだった。

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