アリの連携、主従の繋がり
同じく旧水路都市地下。
リィル達が地下に入ってから気付かれない位置で着いてくる者達が居た。
「いたぞ、ガキどもだ」
双眼鏡を構え、アリ型魔昆虫と戦っているリィル達の様子を盗み見る男が居た。
空いた手で無精ひげをさすりながらニヤニヤと笑っている。
「噂のやつか?」
仲間らしいスキンヘッドの男が尋ねる。
体格のいい巨漢の彼は愛用している重機関銃を担ぎ、獲物を見定めていた。
「フードを被った片腕のガキ。聞いている話と一致してる」
「俺んとこに回って来てないっすけどー、どこの筋のハナシすか?」
尾行が柄ではないようで、三人目の軽薄そうな男がつまらなさそうに岩壁に持たれながらぼやく。
儲け話があると連れていかれ、やることは子供の尾行。面白味の欠片もなく、退屈そうに欠伸をする。
「公共のネットワークじゃない方。裏のツテってやつだ」
「依頼か?」
「いんや? ネットの愚痴よ。二日連続で旧水路都市から魔術具を持って帰ったやつが居るって」
「……そういう偶然もあるだろう」
「地下ならまぁありえるさ。見つけたのは地上って噂なんだぜ? 比較的安全なここの遺物なんぞ九割九分見つけられてんだよ」
旧水路都市で探索をすることはすなわち、カブトムシ型魔昆虫を倒し魔石を集めることと同義。
それほどまでに探しつくされ、取りつくされた場所だ。
そんな場所で二日連続は妙ではないだろうか。
「でもよー。地下まで来てるじゃんか」
「俺も事情は知らんさ。でも試すならタダだし、ガキが群れたところで俺らの敵じゃねぇ」
「へっ、そうっすか。まーヤるなら教えてくれよ兄貴」
そういったきりやる気のない男はMG片手にネットサーフィンを始めてしまった。
仮にも魔昆虫の巣窟ですることではない。
しかし、彼らが通った道に残る数十にも及ぶアリたちの死骸が実力を物語っていた。
*
「……ねちゃねちゃしてませんか?」
「虫の巣穴」
「そりゃねちゃねちゃしてることもあんじゃねーの?」
「前に幼体を育てていた場所かも。これ餌になるらしいですし」
靴裏が持ち上がるのに一瞬抵抗を感じる妙な床。黄色い粘液に塗れた旧地下鉄を歩くリィルが不満を漏らした。
しかし、探索者としてそれなりに慣れている三人からしてみればそういうモノであり、彼女の不満は一蹴される。
一蹴されたのはともかく、聞き逃せない言葉が含まれていたことに探索者新人の少女は顔を青くした。
「……えさ」
「ごはんだよごはん」
「分かってます!」
「りぃるさま、きてます」
ワーワーと騒ぐ中、魔物の気配を察したトーハが主へ警告する。
それと同時に彼女を庇えるよう前に出つつ剣を抜き放つ。
「帰ったら靴洗います……!」
「すすげば落ちるんだから気にするなって」
「……ラーディア姉とかなら嫌がりそうだし、仕方ないよ」
「これが軟弱モノってやつかー」
「そこ! 黙ってください!」
顔を真っ赤にしながら騒がしい少年たちに指をさすリィル。
慣れていないのは認めるが、あれこれ言われるのはまた別の話。
やんやと騒がしい侵入者を狩るべく現れた魔昆虫の群れ。
攻撃型が三、防御型が二、砲撃型が三、そして見慣れない個体が二。
「……ちっ。ルーバス、支援型は速攻撃ち抜け」
「分かってるよ。なんとか凌いで」
尻から球体を射出する砲撃型は銃口でもある尻が肥大化しているのに対し、レオが支援型といったアリは同じく尻が発達していながら細長く肥大化していた。持ち上げ続けるのは大変なのか、尻を引きづりながら群れの後ろを歩く支援型魔昆虫は砲撃型と同じく背を向ける。
「トーハ! 頭でっかちを斬れ! アゴデカはオレとナノでやる!」
「はい」
リィルの守護に徹していたトーハが前に出る。
主を守るためにも、レオの指示に従った方が良いことは昨日とここまでの道のりで十分に理解している。
「撃つよ!」
ルーバスの狙撃銃が音を立てて必殺の弾を放つ。
しかし、先ほどまでは攻撃型と連携していた防御型は支援型を守るように中衛で防御に徹している。
支援型を狙うルーバスの射線を遮る布陣だ。
銃弾はしっかりと発達した頭部に命中するも、数センチめり込むのみに留まる。当然倒すには至らない。
余裕の表れか、弾を受け止めたアリがギチギチと威嚇していた。
カブトムシの甲殻を撃ち抜くルーバスの狙撃も、防御型の大盾には分が悪いようだ。
「やっぱり無理か……トーハ、頼んだよ!」
「──!」
返事は無言の疾駆。
しかし、集団戦闘が得意なのはアリたちも同じ。
銃も無しに突っ込んでくるやつを噛み切るべく攻撃型が立ちふさがる。
「どけどけどけぇ!」
そこへ援護するレオとナノの銃撃。
短機関銃と突撃銃の弾の嵐が攻撃型をハチの巣に。
体中を穴だらけにされたアリが崩れ落ちるも、砲撃型の弾の中に混じって先程踏みしめていた黄色い粘液がアリたちに降りかかる。
「だっりぃ! 弾切れだ! トーハ一瞬逃げろ!」
粘液に触れるや否やたちまち傷が塞がり立ち上がるアリ。
弾倉を空にする勢いで撃っていたレオ達も悔し気にリロードへ。
「っ!」
二匹のアリが強靭な顎を開き、トーハを噛み砕こうと食らいつく。
剣での防御は不可能。【絶】は今使えば本命を斬るための余力がなくなる。
しかし、後方の回避は皆を危険にさらす。
故に、少年は死地へと前進する。
一匹目を飛び越える。
一歩後ろでガチンと顎が閉じる音が聞こえた。そのままアリの頭を蹴って更に宙へ。
そのまま二匹目を飛び越えるが、三匹目がトーハを捉えるべく飛び掛かる。
洞窟の低い天井を蹴り、今度は下へ加速する。
宙へ飛び掛かる攻撃型の足元をスライディングで通り抜ける。
そのころには一匹目がトーハの背後を狙うが、主が黙って見過ごすはずもない。
「【ファイアバレット】!」
赤い刻印を輝かせ、少女の手から火球が放たれる。
──ギギギギッ!!
防御は脆いアリを焼く程度は簡単な事。瞬く間に火だるまになったアリがその場をもんどりうって悶え苦しむ。
とはいえ、仕留めるには至らない。飛来する粘液で回復されるも、その数瞬が重要だ。
砲撃をひらりと避け、三匹のアリを駆け抜けたトーハの前へ支援型を守るべく立ちはだかる防御型。
「──【絶】!」
トーハの前で硬いだけの防御は無意味である。
文字通り二匹の大盾を一刀両断。頭部から派手に緑の血がまき散らされる。
「退いてトーハ!」
その瞬間を待っていたとばかりにルーバスが続けざまに二連発。
発達した重い尻でルーバスの狙撃を避けることなど叶わず、支援型を絶命させる。
「おっしゃ来たぁ!」
「リロード完了」
空の弾倉を蹴り飛ばし、リロードを終えたレオ達が銃撃を再開する。
瞬く間に攻撃型をハチの巣に。二度の苦しみを味わったアリは今度こそ力尽きる。
「【ファイアバレット】」
残った砲撃型が旗色悪しと逃げ出すところをリィルが焼き尽くし、十匹のアリたちは無事殲滅された。
黄色い粘液と緑の血がまき散らされ、辺りは酷い臭いだ。しかし、探索者にとっては魔石が手に入る宝の山である。
線路上に転がる死体を前にレオが満足そうに笑いながらトーハの肩を組んでいた。
「やるなぁトーハ!」
「……レオ、もっといい方法はなかったの? 無理やりすぎるよ」
「脳筋」
「トーハならやれると思っただけだって! なぁトーハ」
「はい」
「……お疲れ様です、トーハ」
上手くいったとは言え、トーハがしれっとやり遂げた特攻は褒められるものではない。
レオを非難するのはリィルも同意見だが、ファイならきっと同じことをしていたと思うとなんとも言えない気分になった。
行き場を失った言葉はトーハへの労いと変わり、忠実な少年は頷き一つ返して主の傍へ戻った。
昨日得た魔術具の売却額は10万C。それをリィル達3対レオ達2で割った額が取り分なので手元に来たのは6万Cだ。
その全額をリィルは自分とトーハの装備に投資した。この前の20万Cと合わせれば腕の再生治療を受けることは出来たが、その後のことを考えれば余力が欲しい。
リィルは前見たく魔術の使い過ぎで意識を失わないよう予備魔力容器になる魔術具を身に着けている。量産品かつ、中古品を翡翠武具店で3万C。
トーハには切り札として数回しか使えないが高価な光剣と同等の斬撃を放てる同じく中古品が3万C。
傷を負ったときの応急処置として鎮痛剤、回復促進剤を何錠か計2万C分。
トーハが剣を収めた鞘の隣に武骨な手のひらサイズの金属棒が吊るされており、スイッチを切り替えればたちまち高出力の光刃が出現する。
「……それ、貴方の判断で使っていいのですよ? 先程の状況も使うに値しますし、さっきのは無茶だと思います」
「もんだいないです」
「はぁ……」
仕事はしてくれている分余計に困る。
なんとかなってしまってる以上強くは言えないし、おかげで探索は順調だ。
リィルの探知に引っかかっている魔術具らしき反応も近い。
「……もう。無理は駄目ですからね。死んだら怒りますから」
それだけ言うにとどめて、リィルは自分の仕事に集中する。
*
寡黙な少女がじっと見つめるのは新人の二人、リィルとトーハ。
『明日からお前らと一緒に探索出来る奴が増える。主従揃ってだが……揉めるなよ、特にレオ』
突然ヴァンに言われ、今まで三人で活動していたナノたちに仲間が増えることになった。
LOP──ヴァンが率いる孤児院出身のチームは探索者登録こそしているものの、自律的に行動できるメンバーは半数にも満たない。
ミリアムなどが時折荒野の迷宮に行けるよう教育したりもするが、孤児院の運営資金もあり、武装も有限。
適性などもあり、そんな状況下で四級探索者に上がったレオ達は全体で見ても二割の実力者である。
そんな彼らのパーティに突然新人が、しかも奴隷と主のセット。
ツッコミどころは山ほどあり、予め釘を刺されたレオがヴァンと一時間も論争を繰り広げていた。
しかし、ヴァンの主張である「見れば分かる」の一点張りにレオは押され、なおかつ、認められないなら一日で終わらせると約束したものだから話は成立してしまったのだ。
他もそうだが、ナノはもと奴隷だ。ヴァンに買い戻しという名の金に物を言わせた交渉で救ってもらい、その恩義に報いるため精力的に稼ぎに出ている。
奴隷時代にロクな記憶はない。言う通りにしても鞭を打たれ、出来なくても鞭を打たれる。
言うに憚られる行為もされたし、今でも夢に出るたび跳ね起きていた。
種類こそ違えど似た境遇の面子だ。結束も硬い。
そんなところに奴隷はともかく、その主を放り込むなんて馬鹿げている。
そう思っていたナノの、ナノ達の考えは一日で吹き飛んだ。
違和感は初見からだ。
顔合わせのさい、トーハの視線はレオ達、主に敵意をむき出しにしていたレオに注がれていた。
『しかもよ──そいつの手の甲……』
そして敵意がリィルに向けられた時、少年は庇うように彼女の前に立った。
その時の感情と言えばもう、不可思議でしょうがなかったのだ。
命令されているから守る。そういった動きじゃなくて。
害する者への迎撃でもなく、あくまでも主の安全優先と言わんばかりの庇い方。
そうであることが当然といった振る舞いから滲み出る彼自身の意志 。
無表情ながらも含まれるその気遣いは普段口数が少ないナノだからこそ読み取れた。
「……もう。無理は駄目ですからね。死んだら怒りますから」
そして今は主が奴隷を心配するというもっと不可思議な光景があった。
ナノなら喜んで頷く命令、あるいはお願いなのだが、トーハは頷きもせず警戒に努めている。
どことなく気まずげというか、困っているように見えた。
「……ゼンショします」
「そうしてください」
主から目を逸らしつつ渋々承諾するトーハと満足げに頷くリィル。
意味が分からなかった。
リィルと接していて、確かに性根が腐った人間でないことは分かったが、そういう話でもない気がする。
奴隷というのは道具で、信頼云々の話がしたいなら傭兵として探索者に依頼を出せばいい。
金の都合だとしても、役に立つかも分からない奴隷を露払いならともかく護衛に使うのは理解できない。だから、未だ納得は出来ていなかった。
──でも。でも。
単なる仲間とは違う何かで結ばれている彼らは……少し、羨ましいと思うのだ。




