一等級上の世界
旧水路都市イチノミヤ。
リオドラから最も近い旧都市であり、遺物や魔物が蔓延る危険域。
未だ地図が埋まっていない地下は一段と強い魔物も生息している。武装しただけの一般人とも言われる五級探索者には探索を推奨されていない区域だ。
探索者として生きることに慣れた者である四級探索者が五人以上で徒党を組み、連携出来るなら十分と組合は認めている。
そして、組合から準戦闘員とも称される四級探索者五人というのは集団戦闘を意味している。相応の質と相応の数が襲い来るということだ。
運が悪ければ魔物の群れを捌けず死に。狭い地下鉄道故に挟み撃ちされても死ぬ。
求められる戦闘力に見合わないとされ、リオドラの探索者から忌避されがちな迷宮だった。
同時にこの辺りでは魔石の質も高く、まだ発見されていない遺物が眠る宝庫とも言えた。
新たにリィル達を仲間に加えたレオ達もまたその遺物を求め、イチノミヤの地下へと潜っている。
一等級上の世界。地下で出てくる魔物は地上と同じく主に魔昆虫。
しかし、種別は異なり──
「ひゃ──!? と、トーハッ!! 早く追い払ってくださぁい!!?」
ギチギチと声をあげながら線路上を行進するアリ型魔昆虫。
地上のカブトムシよりは一回り小さいものの、かつて電車が走っていた線路を一匹で塞げる大きさ。
それが同時に五匹もあってはまだ慣れていない少女には厳しい光景だった。
「……【絶】」
「──うぅぅぅ……!」
情けなく悲鳴を上げた後、今度は地面に転がりぴくぴくと痙攣するアリ達の死体にリィルの腰が引けている。
そんな主に飽きれたかどうかは本人のみぞ知るが命令は忠実に守り、金属すら噛み砕きそうな巨大な顎を持つアリを頭ごと切断。
頭からはじけ飛ぶ緑の血飛沫にリィルは悲鳴を噛み殺した。
「やーいビビりー。早く慣れろよなー」
同じく頭部を銃撃して殺したレオは歯に衣着せぬ物言いだ。
余裕綽々な彼を狙ってか、後方から鉄球のようなものが飛んでくる。
「──あぶねっ」
「ちゃんと見ててよね……」
こちらもこちらでお調子者のヴァンが冷や汗を滲ませながら避けている。
そんなリーダーの後方、ルーバスが狙撃銃で狙うのは尻を向け一見戦意喪失してるように見えるアリだ。
何か蓄えているのか、差し出された尻は顎で攻撃してきたアリよりも肥えている。
砲撃型とも呼称されるその個体は尻から鉄球のようなものを飛ばし攻撃してくる後衛だ。
同じく後衛の身としてそれを無視できない。
狙い澄まし引き金を引けば、発射された弾が肥えた尻が裂いて頭部まで貫く。
肥えた腹がぐじゅりと葡萄みたいに潰れる。
柔らかく弾ける液体と音に再びリィルが顔を歪ませる。
「いやぁ……」
「……慣れたら楽しい」
慰めなのか、からかいなのか。
未だ感情の読めないナノが戻ってくる。
彼女が相手していたのは他のアリよりも頭部が堅そうに発達した個体。
防衛型と呼ばれるそれの死体は体中穴だらけだ。
硬い頭を避け、体をひたすら銃撃したらしい。
「慣れたい……ですね」
なまじ一番酷い死体を作ったナノが言うのだから皮肉だろう。
まだ全力で魔術を使い丸焦げにした方がリィルの精神衛生的によさそうである。
「早く移動しよう。あんまり連戦すると弾が持たないし……」
そう言いながらルーバスはテキパキと魔石を集めていく。
腹部に埋まっている魔石を取り出し、緑の返り血で腕が染まるもどこ吹く風だ。
「次行くときは手袋持ってきます……」
「合成皮革のグローブいいよ。通しにくくて柔らかい」
「今度おすすめ教えてください」
「ん」
採取には貢献できそうにないので、バックパックを持って運び屋に徹するリィル。
普段は集まっても二十に届かない魔石が三十を超えている。
魔石の質もカブトムシより上質だ。魔石の売却額だけなら昨日の二倍は既に超えている。
「これだけ取れりゃ魔術具見つかんなくても十分だな。やっぱ地下は違うぜ」
「……その分弾も使ってるんだよ。正直今で今日使う弾薬費とトントンぐらいじゃない?」
「え、まじ?」
「まじだよ。だから今倒す分からプラスだね」
しかし、腐っても推奨戦力が四級探索者のエリア。それ相応に物資も消費し、利益は微妙である。
孤児院の存続のため、身寄りのない子供達への投資のため、彼らのチームはお金を必要としている。
本来の目的は金儲けではなく生存。他のチームとことなりノルマなどの類はない。
目安としての目標はあるが、あくまで自分達の向上心、あるいは善意で稼ごうとしてる。
「リィルー! やっぱ見つけてくれー!」
「あはは……了解しました」
華麗な手の平返しを見せるレオに苦笑しつつも、リィルは魔力の気配を辿るべく集中する。
リィルにとって魔術具の探知は匂いを嗅ぎ分けるようなイメージだ。
魔力自体は空気中に満ちていて、その中でも古そうな匂いを探ると見つかる。
今日で三日目。この手法も慣れてはきたのだが先程から気持ち悪いアリのせいで集中が乱されていた。
それでもなんとからしい反応を捉え、地図と照らし合わせながら道を選ぶ。
「……うーん。こっちだと思います」
「そらきたあっちだ」
「地上とは違うんだから慎重にだよレオ」
「わっーてらー」
「心配」
三人についていくリィルはこの面子であれば問題はないと思っていた。
けれど、イレギュラーばかりに襲われ、予想通りなんて言葉が信じられないのも事実。
手を伸ばせば届く距離で守ってくれる少年の気配がリィルの精神を和らげてくれている。
背丈も、ガタイも、実力も、気遣いも、どれも彼よりは足りない。
けど、彼の意志を継いだ少年の存在は確かにリィルの中で息づいている。
「トーハ、どう思いますか?」
「……?」
「誰かの介入、とか」
「けはいは、ないです」
「そうですか──なら、大丈夫でしょう」
口では言いつつも、あの日洞窟の闇から銃撃された記憶がまだ脳裏によぎる。
ファイが防いでくれなければ死んでいて、そのファイは──
「今は、違います」
この思考は何も生まない。何もいい影響を及ぼさない。
リィルの冷静な部分が思考に歯止めをかけた。
腰に吊るした魔拳銃に手をかける。冷たい金属のグリップはまだ握り慣れていない。しかし、慣れないといけない。
やられるだけでは駄目だ。やりかえさないと。
逃げるだけじゃ終わらないのは乗り越えたからこそ知っている。
強くならないと。
精神的にも、物理的にも。
ただの少女だったリィルは少しずつ荒野【アーランド】に適応し始めていた。
「アリ来たぞ」
「えっ──ふぁ、【ファイアバレット】!!」
しかし、生理的に受け付けないモノへの耐性はまだまだらしい。
魔術一発では焼き殺せないアリに背を向け、トーハの元へ遁走する少女は年相応だった。




