階級
翌朝。
「じゃ、頑張って稼いで! 行ってらっしゃい!」
翡翠武具店の扉の前でリィルたちはヒスイに見送られていた。
とはいえ、ヒスイの目は何処かお金への執着を感じさせる。
「昨日みたいなのを期待されても困りますけど……。行ってきますね」
昨日の魔力刃のこともあり、すっかり期待されているリィルは不安になりつつも笑みを絶やさなかった。
ヒスイの期待から逃げるように振り返れば、ニヤニヤとこちらを見ているミリアムと目が合った。
「……なんですか」
「ううん、なんにもー」
「目が煩いです。目が!」
二人して目が気になるリィルは頬を膨らませる。
トーハは相変わらず黙ったままだ。
「ごめんってー。ウチのも外まで来てるし早速合流しよっか」
「……分かりました」
不服ですと言わんばかりの表情のまま渋々頷く。
ごめんごめんと謝る彼女は探索者たちが往来する通りを慣れた足取りで進みだした。
「……っ」
置いて行かれないよう慌ててミリアムについていくも、無遠慮な探索者の割り込みに遮られ、度々距離を作られる。
「アイツ寝坊か?」
「知らねー。呼んで来いよ」
「コールしたっての」
「弾の補充はお済ですかー!」
「おう兄ちゃん、昨日買い忘れたんだよ! 売ってくれー!」
意識の外で聞こえてくる喧騒がリィルの耳に届くも、それどころではない。
「トーハ」
「しょうちしました」
主の傍で控えていた少年がそっと前に出る。
昨日の人力ショベル経験が生きたのか、反感を買わない程度に人の波を押し退け主の道を作る。
決して少女を置いてきぼりにしないよう。適切な歩幅を保ち続ける。
そんな少年の献身を無駄にしないよう、少年の服の裾を掴むリィルは置いて行かれまいと速足で進む。
そうして数分が経った頃、リオドラの出入り口で待つミリアムに追いついた。
「……ごめーん。いつのも感じで行ったら……」
「ふぅ……いえ、慣れていないのはこちらの問題ですから」
バツが悪そうに頬を掻くミリアム。
ようやく息を付けたリィルは首を横に振り、安堵の笑みを浮かべた。
「それで──後ろの方達が?」
「そうだよ。ほら、あいさつしなー」
首を傾げ問いかけるリィル。
僅かな振る舞いながらも漏れだす高貴さに気圧されながら、彼女の前に進み出る少年少女が三人。
「レオだ! ヴァン兄から面倒見ろって言われたから仕方なく見てやる!」
どこかヴァンを彷彿とさせる刺々しい髪型の少年。体格こそ彼より一回り小さく、髪色も赤ではなく橙色だが既視感があった。
「ちょっとレオ……。ごめんなさい偉そうなやつで。えっと、僕はルーバスです。よろしくおねがいします」
「あはは……はい、私はリィルです。こちらこそよろしくお願いしますね」
レオに振り回される姿は傍に居る姉貴分を彷彿とさせる。少女ではなく少年であるが、肉付きがほっそりとしているため中性的だ。
短髪と呼ぶには少し長めの黒髪をたれ下げながら頭を下げる。リィルもぺこりと頭を下げていると、少年の横から最後の一人がずいと進み出る。
「ナノ」
「……ナノちゃん、ですね。レオ君共々よろしくお願いします」
名前だけを名乗り、ミリアムの元へまで下がる桃色の髪の少女。
淡白というか簡素というか。身近な誰かを彷彿とさせる名乗りだった。
「っと。彼はトーハです。ちょっと愛想は悪いですが、慣れてくださるとうれしいです」
リィルの紹介を受け、トーハが頭を下げる。
一通り顔合わせを終えたと思えば、我慢しきれないようにレオが飛び出した。
「ミリアム姉! 一応オレ達四級探索者なんだぜ? 五級探索者、それも成りたての世話なんてしてられっかよ」
「えっと……」
馬鹿らしい。そう言い切るレオだが、彼の言い分はルーバスやナノも同じらしく彼を止めるまではしない。
リィルとしても探索者歴が長い相手に言えることはない。五級探索者と四級探索者にどれだけの能力差があるかどうかも言える知識もないのだから。
「しかもよ──そいつの手の甲……」
レオが示すのはリィルの手の甲に記された命令用の刻印。奴隷を持つ証だ。
彼の目からは嫌悪感がにじみ出ている。
一触即発の雰囲気にリィルがたじろぎ、それに合わせてトーハが庇うように進み出る。
「……レオ、その話はさっき終わらせたでしょ。世話は……稼ぎの心配? それともプライド?」
だからこそ、ここにミリアムがいる。
分かっていた衝突を止めるのが彼女の仕事だ。只のお守りではないし、基本的に探索面で手伝うつもりもなかった。
「どっちも。とりあえず、こいつらのせいで飯が食えないなんて羽目にはなりたくねぇ。足手まといはラーディア姉に甘えときゃあ──」
「レオ」
「……なんだよ」
「アタシが何の役にも立たない奴をアンタ達に着いて行かせると思ってるの?」
「……それは」
「昨日も言われたはずよ、今日一日やって文句があるなら聞いたげる。それでいい?」
諭す姉の言葉に言い返せなくなったレオが渋々頷く。
ルーバスとナノもこれ以上文句はなかった。
「すみません、ミリアムさん」
「いいの。アンタたちの戦いは昨日見たんだから。十分信頼してる」
「……ありがとうございます」
「じゃ、行くよー! ──あ、それと」
「はい?」
早速リオドラから出発しようとしたミリアムがくるりと振り返る。
「さん付けはなしっ!」
「あはは……了解です」
慣れるまでは難しそうだなとリィルは肩をすくめた。
*
行先は昨日と同じ【旧水路都市】。
リオドラの探索者たちの多くがここに潜るため、すぐに獲物が見つかることはすくない。
だからこそ安全に探索しやすいとも言える。
「ミリアムさん」
「なにー?」
「探索者の等級について詳しく教えてもらっていいですか? 知識としては調べましたが……肌感がつかめていなくて」
オレ等が先行くからな、と言われ、後ろを歩くだけのリィルはミリアムに気になっていたことを尋ねた。
「暇そうだしいっか。探索者の等級は五つあるんだけど、成りたて──リィルは五級探索者。新人、ルーキーってやつね」
「その上が四級探索者。ビギナーですよね?」
「そそ。違いって言うとある程度安定して利益を上げられる能力があること、かな」
「……曖昧ですね」
「後で説明するけど、四級以下の管理は雑だからね……。昨日は三級探索者のアタシらが居たから別だったって感じ」
「別?」
買い取り審査をする組合員との会話を思い出すが、特に不思議なものはなかった。
遺物を提出したのが五級探索者のリィルだったことに、一瞬表情を変えていた気がするが、買い取り額も相場通りだったと聞いている。
「嫌でも分かるし、その辺は帰ってから。曖昧だけど、とりあえず稼げるならすぐ上がるって。遺物見つけるのって言うほど楽じゃないし」
「……ですよね」
スカウトされた理由でもある己の探知能力と、リィルの所持金である20万C──今日の支度で少し使ったが──の額はそれが簡単に見つかるものではないことを語っている。
無論、たまたま見つけることもあるだろう。
だが、多くの探索者がいるということはそういった見落としが見つかる可能性も低い。
そして、リィルはその見落としを見つけ出せる。
その価値は五級探索者の枠に収まるものではない。組合が知れば四級探索者に上がるのはすぐだろう。
少なくともヴァンとミリアムはそれを疑っていない。
「その前にレオ達に着いていけるって証明が要るから……早いとこ来てほしいけど」
「……何がです?」
「丁度来たあれとか」
「あれ?」
ミリアムの指先が示すのは飛来する二体の魔昆虫だ。
「レオー! 先輩でしょー、見せつけてやりなー」
「言われなくても! ルーバス! ナノ!」
焚きつけられたレオが突撃銃を構え号令する。
ルーバスは狙撃銃を、ナノが二丁の短機関銃を引き抜いた。
初手は後衛のルーバスだ。
得物の気配につられ、地上に降りた甲虫の甲殻を撃ち抜く。
足の根本付近を撃ち抜かれ、一本失った甲虫が態勢を崩す。
その隙をレオとナノが逃がさず銃撃する。
足の根本ごと甲殻を吹き飛ばしたおかげで露出した中身をハチの巣に。
あっという間に一匹を殺した三人は狙いを残りの一匹に。
仲間を殺された怒りか。一目散に走る甲虫はその巨大な角をルーバスに向け突き出した。
「おっせぇ」
後ろへ飛びのきながら角を的確に銃撃。
大きな角は手ごわい武器だが、同時に弱点でもある。
下から押し上げるように角先に連続して銃撃を受け、てこの原理で持ち上げられてひっくり返る。
剥き出しの肉を晒したところへルーバスの第二射が突き刺さる。
腹から脳まで一直線に駆け抜けた銃撃により、ひっくり返ったまま魔昆虫は力尽きた。
「いっちょ上がりぃ」
「無駄弾使うのはやめたほうがいいよレオ……」
「いいじゃん。……あいつらもこれが出来なきゃついてこれねぇって分かるし」
「うん」
「……はぁ」
レオに同調するナノ。二対一となればルーバスも強くは言えない。決して間違いでもないので、彼はため息を吐くにとどめた。
「また来てる」
ナノの報告。再び空から仕掛けてくるのは二体の魔昆虫だ。
群れならともかく、小刻みに数匹来たところで彼らの敵ではない。魔石と化して金になるのが精一杯だ。
また金が来たと銃を構えようとする三人だが、そこへミリアムから待ったがかかる。
「リィルたちにやらせるから引きなー」
「……本気かよ」
「ミリアム姉が言ってるんだから引こうよ」
「わーってる」
この荒野ではゴミに等しい剣を抜くトーハと彼の後ろに付き、大した威力もなさそうな魔拳銃を腰に吊るしているリィル。
どうみたって新人そのものだが、ミリアムの言うことなら拒絶できず、素直に従い二人と入れ替わる。
「あんなの荒野鼠ぐらいにしか効かねぇだろ……」
「まーまー見ててよ」
ニヤニヤと笑うミリアム。
この姉貴分がこんな風に笑う時は大抵ろくでもない時だ。
過去にいたずらを受けた経験から察したレオは仕方なく見守ることにした。
「一体留めます。その間にもう一体を」
「おまかせください」
トーハの断言を耳にしながらリィルは【ファイアバレット】を放つ。
魔拳銃も昨日試したが、リィルの腕では零距離でしか当たる気がしなかった。
要練習ということで今はお守りとして吊るしているのみ。
リィルとしても使い慣れた魔術の方がやりやすい。
とはいえ、魔昆虫の甲殻はやはり堅牢で、火球如きでは堕ちない。
その隙にもう一体が魔力を放つリィルに向けて襲い掛かる。
しかし、その個体はぱっくりと二分されてしまう。
「──【絶】」
剣で切る。というよりは、剣がなぞった軌跡に分断される。というべきか。
原理はともかく、トーハが居る限りリィルに迫るのは難しい。
「気持ち悪い……【ファイアバレット】」
緑色の液体を吐き出す魔昆虫の死骸にリィルが目を逸らしつつ、空中で身もだえするもう一体を丸焦げにしていた。
「ね、言ったでしょ」
「「……」」
二等分に丸焦げ。
およそ普通の探索者の倒し方とはかけ離れた死骸だ。
レオ達が言葉を失うがリィル達はそんな彼らの様子もいざ知らず、魔石の採取に苦戦していた。
「ませき、とってきます」
「あの! もうちょっと丁寧にとってくださ──ひあっ!? こっちにまで汁が飛んでます!!」
「ゼンショします」
「全然飛んでますってばぁぁ!!」
垂れ流される緑の液体にわあわあと騒がしい主と、返り血で汚れるのも気にせず黙々と魔石を取り出す奴隷。珍妙な二人に笑う者はいない。むしろ予想外によって黙らされていた。
「ま、仲良くしてやってよ」
思い通りになったと笑うミリアム。
すぐ答えられない程度に、三人は言葉を失っていた。




