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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
二章:五級探索者編〜アント&ダブルアップ〜
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孤児院

 リオドラで初の仕事を終えた夜。

 主の世話を終えて部屋で休んでいたトーハは遠慮のないノックの音にベッドから体を持ち上げる。


「はい」

「起きてるなら出て来てくれ、ちょっと連れていきたいところがある」


 聞こえてきたのはヴァンの声だ。

 探索のあとヒスイと何か話をしていたことは知っているが、あれきりなのでてっきり帰ったかと思っていたが、何かあるらしい。


 一応護衛の身でもある。大した用じゃなければ行けない選択肢もあるが、仮にも先輩だ。第二の師として話ぐらいは聞くべきだろう。


 ――と、深く考えず扉を開ける。


「夜分にごめんねー、ちょっと話が長引いちゃってさ」


 片手を前に謝罪のポーズをとるミリアムが居た。

 どうやらヴァンだけでもなかったらしい。


「なにか、ありましたか」

「アンタらに提案だ。安心しな、ご主人様の方も連れてきた」

「……明日じゃ駄目なのですか…?」


 ヴァンが親指を立てた拳で肩越しの後方を指す。

 眠たい目をこすりなからも背筋を張ってとぼとぼ歩くリィルの姿がある。


 いつもは結んでいる砂金のポニーテールも夜更けだからか解かれ、いつも以上にサラサラと揺れていた。


「アンタの髪は昼間だと目に付く。露骨に隠すと聡いやつはアンタの魔力から憶測を立てられる。夜が安全とも言えねぇけど、妥当だ」

「そゆこと、だから寝る前にちょっと時間頂戴」

「……分かりましたが。どこへ行かれるのですか?」


 頬をぱちんと叩き、眠気に負けそうな頭を起こす。

 腕を治せる見通しが立ったのもあって、彼女にも余裕ができていた。


「オレらの拠点だ。ここで話すよりそっちのほうが聞いてもらえそうだと思ってな」

「とりあえず出ましょ」

「は、はいっ」


 すたすた歩いていくヴァン達を追って、リィルも足を速める。不安こそあったが今日のこともあって彼らに多少の信頼はある。


 それに、リィルは一応要件を簡潔に知っている。

 彼らの拠点に行く真意は知らないが、話ぐらいは聞いてもいいと了承した上での同行だ。


 翡翠武具店を出て、しばらく歩けば大通りに出る。

 空は暗くとも寝る気はなさ気な街の灯りの眩しさにリィルが目を細めた。


「わ……賑やかですね」


 昼間よりも食事処のある場所が賑やかだった。

 大当たりでもしたのかメニューの端から端まで頼む勢いで注文する団体が楽しそうにジョッキを掲げていた。


 小さな屋台では何かをつまみながら密やかに話に花を咲かす二人組が。


 誰も彼も、当たった者も外れた者も、平等に来る明日のため英気を養っていた。


「第一のお貴族様なら規則正しくて、つまんねぇ生活でも過ごしてるんだろうが、ここの連中は今生きるのが大事だからな」


 騒がしく、あるいは緩やかに、夜を楽しむ者たちをヴァンが眩しそうにしながら呟く。

 彼自身はそういった時間を過ごせないような振る舞いだった。


「残念ながらアタシ達にそこまでの贅沢をする余裕もないけどねぇ」


 頭の後ろで手を組むミリアムがカラカラと笑う。


「──みんなで、心置きなく、してみたいよねぇ」

「……何か言いましたか?」

「何もないよー」


 その笑みへどこか寂しげになものに変わり、彼女の羨望混じりの呟きはリィル達に届かない。


「ここからは暗いからはぐれるなよ」


 先導するヴァンがちらりと振り返って忠告する。


 彼の言う通り、普段なら目も向けない路地は大通りから漏れ出る灯りぐらいしか光がない。

 月明かりですら頼もしいと思う程だ。


「――トーハ」


 信頼する奴隷の姿もはっきりと見えなくなり、不安げなリィルが暗闇の中手探りでトーハの袖口を探し当て、捕まえる。


「ねぇリィル。トーハとはどれくらいの付き合いなの?」


 そんな奴隷と主とは思えない光景に、ミリアムはつい尋ねかける。

 買ってからどのくらいか、と聞くのではなく、あくまでもリィル達が対等に近い関係であることを察した上での質問だった。


「今日で十日……経ったか経っていないか、ですね」

「十日!? ほんとに言ってる?」

「あは……私もちょっとびっくりですけど本当です」


 まだそれだけしか経っていなかったかとリィル自身も驚く。

 それだけここ数日が今までよりも濃厚だったことを示していた。


 最も信頼していた護衛が力尽き、なんとか目的のアーランドまでたどり着いたのはいいが、ここからどうするかの見通しもない。


 MGの扱いを学ぶがてら依頼などが出ているかも調べたが、今のところは音沙汰もない。


 ようやく一安心できたが、油断もできない。

 今はとにかく、何も考えず眠れる場所が欲しいとだけ願っていた。


「ごめんごめん、バカにしてるとかじゃなくてさ。短い割には信頼してるなって思ったから不思議に思って」


 そういいながら、ヴァンの後ろ姿に一瞬目を向けたミリアムが小さく笑う。

 先頭の彼が歩幅を縮めた――無意識ながら耳を傾けているのだと知っての笑みである。


「信頼しているかと言われると……難しいですけど」

「そ──そう……?」


 それで? と口に仕掛けたミリアムがなんとか本音を留める。

 あまり身綺麗でもない奴隷に高貴そうな少女がかなり密着している。それだけで思うところはかなりあるが……。

 彼女はその不自然さに気づいていないようだった。


「だって、返り血とか全然気にしませんし、気配りも下手ですし、口数も少ないので何が言いたいのか分からないことのほうが多いですし――とにかくっ、言いたいことは沢山ですから」

「フ……アハハッ、確かにそうかも」


 仮にも本人の手前なのでなんとか笑いを押し殺そうとするも、率直すぎる文句にミリアムは耐えきれず声を漏らした。

 ヴァンに目を向ければ小さく肩を震わせている。


「……でも、そんなに文句がある割にはやっぱり信頼してるよね?」


 その気持ち分かる。と内心で首を縦に振りながら、ミリアムは尋ねかけた。

 元奴隷だった身として、少し羨ましいとも思える彼らを知りたくて。


「そうかも……ですね。でも、意外と頼りになるんです、彼。……意外と、ですけどね」


 ――とってもは、頼りにならないですけど。


 リィルが残念そうに苦笑する。でも、本当に残念そうにも見えなかった。


「わかるなー、護衛っぽさはないけど、案外やれるよね彼」

「えへ、そうなんです」


 リィルは華やかに微笑む。まるで自分のことのように喜ぶ様はやっぱり奴隷とその主とは思えなくて。

 でも、その理由は分かる気がした。


 たかだか夜の闇に怯えるような少女と、対照的に感情も分かりづらい少年。


 けれどどちらも根は分かりやすく、下手に拗れるわけもなく、彼らなりに真っ当に向き合っている。


 どちらかのせいではなく、リィルとトーハだからこそなし得ている関係なのだろう。

 なまじ年が近いのも関係してるかもしれない。


「なおさら頼みたくなったな、アタシ」

「それは……チームに入って欲しいって話ですか?」

「そ! リィル的にはどう? その辺り」

「……」


 ヴァン達が所属するチームに入ってほしい。それが彼らの頼みであり、提案だった。


 リィルが言葉に窮する。

 悪い話ではないと思っている。


 ヒスイにも話は通っていると聞いたし、アーランドで活動するにおいて知識を知れる場は欲しい。

 年齢層が近いのもあって大人達に紛れるよりは気が楽だ。


 メリットは十分。

 けれど、懸念も多い。


 奴隷をよく思っていないヴァン達のチーム、それは果たしてリィルが馴染める場所なのか。

 そもそも、いざというとき裏切られないか。


 今までが裏切りばかりのリィルにとって人を信頼するのはまだ難しい。

 ヒスイのように見返りを求めているなら分かりやすいが……。


「どうして私を誘ってくれるのか、その理由が知れるまでは……何も言えません」

「安易に決めないところは好印象だよ。ここで話すのもあれだから、中で話そ」

「だな。……着いたぞ」


 しばらくだんまりを決め込んでいたヴァンがこちらを振り返る。

 電気を使った明かりではなく、蝋燭を使った自然の明かりが照らす建物。


「教会……?」

「あぁ、オレ達含め、身寄りのない奴らの居場所でもある」

「ほら、孤児院ってやつ。偉いさん的には好きじゃないかもだけど」

「そんなことはありませんよ。どうしても手の届かないところは何処にでもありますから」


 なんとなくヴァン達の背景が見えた気がして、リィルは納得がいったと頷き、微笑みかける。

 彼らもある種の苦労を乗り越えているのだと、改めて認めた。


「肌寒いし、お茶でも用意するよ。ヴァン、応接室に案内しといて」

「あいよ」


 一足先に駆け足で去っていたミリアムを見送り、ヴァンがちらりと見やる。


「説明も兼ねて軽く見て回るが……いいか?」

「構いません。どんな場所なのか、私も気になりますから」

「じゃ、ついてこい」

「は、はい」


 スタスタと歩き出したヴァンの歩幅はリィルには少し大きい。

 置いて行かれまいと彼女も早歩きで彼の後を追った。


 最初に訪れたのはいわゆるリビング的な空間だ。

 一同で食事をとるのか、大きなダイニングテーブルが何個か繋げて置かれている。

 それらを囲む椅子の数は20はありそうだ。


「……しっかりしてるんですね」

「オレらみたいな働き手はともかく、ちびっこが居れる場所はいるからな」


 等間隔にランプが並ぶ壁際には、寛げそうなソファーがいくつか並べられている。


 テーブル、椅子、ソファーしかり、年季が感じられ傷も多いが、使う分には十分な機能を満たせそうだった。


「とりあえず座ってよ。お茶入れるから」

「ありがとうございます、ミリアムさん」


 寝ている子どもたちを起こさないためか、早足ながらも足音を立てずミリアムがキッチンらしき場所へ去っていく。


 彼女に促されるまま、リィルとトーハは適当な椅子に並んで座り、ヴァンは対面に腰掛ける。


「さて……詳しいお話を聞かせて頂けますか?」


 リィルにとっても悪い話ではない。

 けれど、食い物にされるつもりもない。


 今後を左右するターニングポイントを前に、リィルは微笑みながらも揺らぎない声色でヴァンに問いかけるのだった。


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