火種の可能性
「ヒスイさーん! 戻りましたっ!」
「おー、おかえりー。 どうだったー?」
淑女らしく上品に、けれど僅かに慌ただしい勢いで扉が開かれた。
今日も閑古鳥が鳴いている翡翠武具店の店主は気だるげに体を起こしながらも彼女を笑顔で迎える。
「魔石がいくつかと……トーハ」
「これ、です」
自慢げに胸を張るリィルの横からトーハが今日の戦利品である魔力刃を置いた。
照明の光を反射して鈍く光る古代技術製の金属柄に、ヒスイは目を細める。
「──へぇ、いいじゃん! ビキナーズラックって奴?」
「えへへ……そうかもしれません。ヒスイさんから見ても価値があるものですか?」
「だねぇ。古代技術製ってだけで、色々とやりようがあるから。うちでも買い取れるけど──組合に売る?」
「組合は買い取り額の一部が貢献値に回される、であっていますか?」
「そうそう。リィルちゃんはとりあえず目先のお金でしょ? 諸々含めてそれはここで売りなよ」
こくりと頷き、リィルはそっと金属柄を押し出した。
了解の意を得たヒスイが微笑みをたたえ、それを受け取る。
「はい、買い取り承りました。支払いは現金? 電子?」
「電子……ですか?」
「ありゃ、ヴァン少年よ。その辺説明してないの?」
「……探索者のイロハに一般常識は含まれねーよ──いて」
腕を組み、不機嫌そうにそっぽを向くヴァン。
態度の悪さのせいでミリアムに叩かれるが、本人は我関せずと口を引き結んでいた。
「ま、いーでしょ。無償で護衛を頼んだんだからそれでチャラと言えば、チャラだもの」
「その──電子というのは」
「とりあえずMGだして」
「あ、はい!」
少女の手には少し余るタブレット型のMGを鞄から取り出す。
座学を想定したリィルは今日一日で動かし慣れたメモ機能までを起動し、端末操作用のペンを構えるも、ヒスイにひょいと取り上げられた。
「ペンは要りませんっ。これ、ウォレットってやつ」
「ウォレット……?」
「財布って意味。これを起動した状態でキミのカードを読み込ませて」
「は、はい」
おずおずと読み取り部にカードをかざし、スキャンを終える。
すると、画面上にリィルの探索者情報が表示された。
「ちょいと操作するから見てて」
ヒスイが指先でいくつか画面をつつくと文字列が表示される。
「ん、おっけー。そーきん、そーきんっと」
文字列を確認し、コンピュータを操作。
再びリィルのMGの表示が切り替わり、値段の表示と承認するか否かが問われた。
「承認おしてー。それで終わり。払う時も似た感じだね。一応常識だから覚えてとくよーに」
「はい……」
空返事だった。
レベルが違う技術への戸惑い──
ではなく、それよりも目を引くものがあって。
「──腕の治療っていくらでしったっけ」
「質を問わない義手とかなら数万C。再生治療なら十万後半、だね」
「この額、見間違いじゃありません、よね……?」
「ま、ちょこっと高めかもだけど、妥当な値段。後ろの先輩に聞いてみたら?」
「…………」
入金額、20万Cと書かれた画面。
金属の重みもなく、ただ画面上に表示されただけのデータ。
それ故理解が及ばず、見間違いを疑うリィルがヴァン達を振り返る。
「あってるよ。ちょっと気持ち入ってるとは思うけどちゃんと適正」
「悪いことをしたわけじゃない。正当なお前の金だ」
高額じゃないって言ってたのに──なんて目線にミリアムたちは苦笑しながら答えた。
「そうなのですね」
リィルは画面上の数字を見つめ、やがて一つ頷いた。
「ヒスイさん、明日おすすめの病院教えてもらえますか?」
「いいわよ。明日、ね。とりあえず魔石も換金して来なさい。先輩に無償で教えを乞えるのは今日だけだからね」
「はい」
リィルはまだリオドラの探索者組合に行ったことがない。
先に言ったらしいトーハに聞くか、色々詳しそうなヴァンに聞くか目線を彷徨わせ悩んでいると、ヴァンが軽く手を挙げた。
「悪い、俺は残る。ミリアム、アイツらの世話は頼んだ」
「はいはい。しっかり、ね?」
「分かってる」
「よろしいっ。じゃー、トーハにリィル! ついてきて!」
「あ──はいっ」
勢いよく扉をあけ放ち、外を指さし進みだしたミリアムを追いかけ、慌ててリィルも駆けだした。トーハも主から離れないよう距離を保ちついていく。
数秒も経てば騒がしくなっていた翡翠武具店も二人だけ。
「──で? どんな交渉しにきたの?」
「オミトオシ、ってわけかよ」
「まぁね? 欲しいよねぇ、あの子たち。分かるよその気持ち」
ふふん。と自慢げにヒスイが笑うも、彼女から見ても降って沸いた話だ。
彼らの概要は祖母の手紙から多少は得ている。その内容がヴァン達を驚かせるに値するのも、ヴァン達が彼らのチームの人員として欲しがるのも分かっていた。
勿論すべて偶然だ。所詮は商人でしかないヒスイがトーハ達に出来ることは少ない。
たまたま、あのチームの所属っぽい子供が居て、奴隷も居た。
見えやすいように真ん中の受付を使って、なるべくトーハを自分の体で隠さないよう周囲に晒して、少しでも気付く確率を上げただけ。
「一応、アタイが預かってる連中だし? はいそうですかってキミ達なんかに引き渡すのもちょっと気が引けるんだよね」
「…………」
ヴァンは黙り込む。
怒りを耐えるようにわなわなと拳を震わせるが、その激情を口にはしない。
この激情を利用されたのだ。
構ってくるだろうと分かりやすい罠にかかり、それらしい罪で彼らの価値を教えられ、欲しがるだろうと悟られた。
「どこを目指してる? お金、地位、権力……それとも第一隔壁の安全?」
「答える必要があるのかよ」
「良くないねその態度。無駄に厄介事を引き込んじゃう。だから渡せないって言ってんの。分かるー?」
「──アンタはアイツらの何だよ。別にそこまで親しそうでもねぇし」
図星を突かれたヴァンが不機嫌そうに吐き捨てる。目論見通り運ぶ展開にヒスイが笑みを深めた。
別に演技は得意じゃない。今だってどうせなら強請れるだけ強請ってみようかなと始めたアドリブだ。
だから、頬を引きつらせないよう口角を無理やり上げる。
「保護者、ってとこね」
「親ではねぇってか」
「ある意味、キミらに通ずるかもよ?」
「はん、お前みたいな強欲なヤツと同じなわけあるか」
強欲だとも。
ヒスイは息を吐いた。無理やり笑っていた頬の筋肉を緩め、血を入れ替える。
彼女に目的らしい目的はない。
ただ、気に食わないだけだ。
祖母の言う通り、レールの上を走る自分になることが。
だから貰う予定だったアサエルの店を拒否して、この店を継いだ。
知識はある。曲がりなりにも武器屋の娘。
来るべき時に備えてツテは作ってたし、情報収集も怠らなかった。
その辺の商人に比べればコンピュータの扱いもいける。下手な商売より投資の方で儲けていたりする。──祖母には呆れられたが、彼女にとって割と自慢だったのだ。
ともかく、自分なら祖母よりも店を大きく出来ると思っていた。
結果は真逆。もとより立地が悪いし、他店と差を産もうにもむしろハンデを与えているようなもの。
人が来なければ評判は広まらないし、一蹴まわって人が来ないことに価値を見出された。
皮肉にも祖母の教えは残った客を繋ぎ留め続けているのだから堪ったモノじゃない。
「いやね。アタイはちょーっとお願いをしたいだけ。キミに不利益被らせるつもりもないって」
「──聞くだけ聞いてやるよ」
そんな負けず嫌いで反骨精神豊かなヒスイが機を得た。
同様に、別の野心を燃やすヴァンもまた、彼女の誘いに乗りかかる。




