火種
時は少し遡り、三匹の魔昆虫が降り立った瞬間のこと。
「──いつ入る気? あれ、やばくない?」
「まだ戦闘とも呼べねぇ。ここで入ってもアイツらのためにならないだろ」
「魔術は弱くない。何度か当てれば倒せる。でも、その何度を許されると思う?」
ヴァンに相談を持ち掛けつつも、ミリアムが既に狙撃銃を構えている。
いつでもフォローを入れるように準備をしていた。
対照的に、ヴァンは腰元に吊るした二丁の短機関銃を触ろうともしていない。
「さぁ。ここで死ぬならそれまでだろ。腐ってもここはリオドラ基準、これを倒せねぇならアサエルに戻った方が身のためだ」
「ふぅん? ま、ヴァンの時もそうだったわね。武器はあんたの時の方がましだったと思うけど」
「……うるせぇ」
眉をひそめたヴァンが仕方ねぇなと悪態をつき、短機関銃のグリップを握った。
「トーハは──死にはしねぇだろ。あのお嬢様の方はやばそうなら……カバーする」
「おっけ。服はアタシらと同じのだけど──やっぱり第一の人に見えるよね。こう……気品がある感じでさ」
「それか外のお貴族様かもな」
「確かに。それなら魔術を使えるのも納得ね」
雑談を交わしながらトーハたちを見守る二人。
しかし、彼らの表情はトーハが見せた一撃によって一転する。
ひと振りでトーハより二回りも大きい魔昆虫を二匹同時に斬る荒業。
光剣で同じことが出来るかどうかも気になるが、時代遅れな鉄剣で良いと言い張った理由は理解できた。
「──」
「……わーお、ワイルドー」
「砂鮫の魔石を持ってたのは偶然じゃねぇのか」
「にひひ。組合の人にも代行疑われてたもんね」
ヒスイは説明していなかったが、探索者にもある程度区分がある。
組合側が探索者の実績を確認し、指定の基準を超えた者には階級が上がる。
その実績確認の一つが魔石の買い取りになるのだが、転売による不正はやはり起きていた。
「あれで3万Cは大嘘だろ」
「えぇ!? 3万!? 掘り出し物じゃん!」
戦える奴隷というのは、一種の武器だ。
信頼出来て、いざという時には盾に出来る。使い勝手のいい道具である。
銃を十分に扱えるならそれだけで5万Cは行くだろう。
5万あればリオドラの中堅未満の探索者が用いる銃が買える。つまり、5万を超える奴隷は一種の武器とみなされる。
そして、トーハのような一癖違った戦闘技能を持つのであれば二桁万には届く。
つまり、リィルは売り方を考えればトーハで腕の治療代金を用意できるのだ。
最も、魔昆虫を険しい顔で観察しているリィルは露も知らない話だ。
「事情は知らねぇけど。手助けは要らなさそうだ」
二人が銃から手を放す。ここから負ける展開は思いつかなかった。
彼らの見込み通り、瞬く間に三匹が一匹に。
残る一匹はシンプルに魔術を三度当てて終える。
「リィルの魔術も意外と強いのかしら。魔昆虫ってあんなにヤワじゃないわよね」
「印が一つだから下級魔術だろうな。にしては強いか。とにかく弾薬費がかからないのは良い」
呟きながら、ヴァンはヒスイが二人を任せた理由を察し始めていた。
(ロクに装備もねぇ駆け出し以下。魔術の才能アリとよく分からねぇ剣術。有望株、ほっといたら囲われる類だ)
探索者というものは大概が徒党を組む。
一人より二人が、二人より三人の方が生き残る確率は高い。
迷宮内は中隊などが活動できるほど広くはないので、基本的には数人、多くて十数人規模での探索だ。
しかし、荒野は広い。より強大な敵の討伐など規模の大きい活動では当然多くの人数が求められる。
このような需要もあり、徒党が集まりやがては団体となる。
これはヴァン達も同じだ。
彼らは孤児院出身の者を中心としたチームに所属している。
彼らの目下の悩みは純粋な戦力だ。
孤児院上がり故、学はなく基礎的な技術を学ぶ土壌もない。
今でこそ、ヴァンやミリアムのように探索者として成熟したものが居るため、得意とするものが居れば師事出来るようになった。
だが、依然として足りないところは多い。
特に生まれつきで決まる魔術方面は出身故か会得している者がごく少数。
使えても即効性などから火器に流れるのが定番だった。
そんな中だ。
彼の眼前に才能の塊が二つ転がっている。
育てば間違いなくチームを牽引する人材だ。
年代もヴァン達と近いので馴染みやすい。
正直喉から手が出るほど欲しい。
後ろ盾もなく、孤立無援。引き込むのは簡単。
(…………奴隷の主じゃなければな)
問題はそこだった。
ヴァンが奴隷を嫌っているのと同様に、彼のギルドでは奴隷は好ましく思われない。
主従揃ってなどもってのほかだった。
「────はぁぁ……お疲れ様ですトーハ」
だが、一般的な奴隷と彼らの関係はかなり違う。
少女が労い、少年は応える。
どちらかと言えば奴隷ではなく、従者──あるいは護衛か。
画面越しにしか見たことがない第一区画の貴族が連れている者。
──見た目は……とても貧相だが。
「良物件なのは確実、よね?」
「問題もあるけどな」
つい渋い顔になってしまっていた二人とリィルの視線がかち合う。
勝利を収めたはずなのに、何かしてしまったのかとおろおろし始めるリィルにミリアムが苦笑を零した。
「ま、せっかく一歩目を踏めたんだから、まずは褒める──でしょ?」
「──ああ」
「リィル! いい魔術だったわ!」
パタパタ走って行く姉貴分を見送りつつ、ヴァンは今後のことに頭を悩ませていた。
手を取り合って喜ぶ少女と、魔昆虫の死骸から魔石を漁る少年。
「──まずは仕事か」
ヒスイの思惑はどうあれ、元は自分の過失で招いた時間だ。
彼なりに重んじて来た義理を守るため、今日の探索方針を練り始めることにした。
*
「魔石が一つ、二つ、三つ──十二個です!」
「占めていくらだったかな。探索者組合に行くまでのお楽しみ、ね!」
「はいっ!」
自分の貢献で手に入れた成果だ。リィルの顔は分かりやすく綻んでいた。
横でスキップしているミリアムも上機嫌だが、更にその隣ではヴァンがさらに渋い顔をしていた。
理由はリィルの後ろを黙々と歩くトーハの手。
握られているのは、刀身のない短剣の柄。見慣れない鈍い黒の金属で出来たそれは魔力刃と分類される魔術具だ。
武器としての評価は高くないが、中身の魔力変換器や短剣の柄自体の素材だけで十分な貴重品。
優に数万Cはくだらないだろう。
古代技術製であることが価値を産んでいた。
これが偶然拾ったものならビキナーズラックで片付けられた。
ヴァンが思い出しているのは、これを見つけた経緯と原因であるリィルの発言だ。
『魔力のあるものを探せば良いのですか?』
『──魔力探知ならお手の物です。任せてください!』
随分と自信ありげな彼女の道案内のもと、あちこちと回った結果である。
勿論、すんなりと見つかったわけでもない。
『この辺りに──むしっ!? たすけてトーハぁ!?』
『これはどうですっ? ──ご、ごみ……ですか』
『この下から反応があります……!』
魔物だったり、魔力を帯びただけの遺物だったりと精度は悪かったが、間違えるたびにリィルの探知性能は上がっていった。
そうして見つかったのがこの魔力刃。
リィルたちには使えるものだが、高価ではないと嘘を教えた。
ミリアムと相談した結果である。
そもそも探索者同士はあくまで同業に過ぎず、壁の中はともかく外は無法地帯。
下手に利用価値があると思われてはロクなことにならない。
一番怖いのは魔物より人間であることをヴァン達は熟知していた。




