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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
一章:奴隷から従者に
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名づけ

 迷宮群生荒野【アーランド】最南部の街、アサエル。

 脅威度の低い迷宮が多いこの近辺は駆け出しの探索者の多くが居を構え、迷宮から産出する資源等を外部へ運ぶ行商人も多く滞在していた。


 駆け出し探索者となれば日々を生きるので精一杯。


 己の容姿に拘る暇のない探索者が住む町中で、明らかに派手な少女は当然独り浮いている。

 また、彼女の護衛であるファイも只者ざる雰囲気を漂わせており、やはりこの場に相応しくない者だった。


 そんな中、唯一商人達の売り物としてこの町に相応しい奴隷、商品番号108番は相応しくない二人に連れられ彼らが宿泊する宿へと帰って来た。


「……ソファーが恋しいです」


 借りた部屋に入るや否や、リィルはスカートが広がらないよう丁寧に丸椅子に腰かけて愚痴をこぼす。少女の薄いお尻を押し返すのはかつてお気に入りだった金羊(ゴールドシープ)の羊毛製ふかふかソファー。──ではなく、安さを求めて作られた量産品の質素な木椅子。

 安い代わりに壊れやすいそれはまだ年季も経っておらず、経年変化の少ない焦げ茶色だった。


「諦めてください、姫様。それよりこちらを」


 力なく首を横に振ったファイが主を宥める。

 そして、彼は一枚の紙を差し出した。そこに描かれているのは差し出された手の甲と同じ幾何学的な紋様。


「魔力刻印、でしたっけ」

「はい、それを手の甲に。何かしら奴隷を有していることはある種の牽制にもなります」

「伏兵がいるかも──なんて話でしたよね?」

「ええ。よく覚えていますね」

「えへへ」


 照れながら満更でもなさそうにリィルがはにかむ。

 現状、ファイにしか見せることのない油断しきった笑みだった。


 ひときしり満足した彼女は表情を引き締めると、緊張した面持ちで紙を手の甲に重ねた。


「これでいいの?」

「紙と触れている部分に魔力が集まるのは分かりますか?」

「……うん。ちょっと──熱い、です」

「順調です。では、そのまま【コンタラクト】と唱えてください」

「こ、【コンタラクト】……きゃっ──」


 少女がキーとなる言葉を唱えた瞬間、刻印の刻まれた紙が赤く発光し、少女の手に張り付いた。熱を増す紙が遂には燃え上がり、思わずリィルが立ち上がる。


「ふぁ、ファイ!? これ燃えっ──」

「落ち着いてください姫様っ! それは幻の炎です。見た目だけのまやかしに過ぎません……!」

「……ほんとです、あつく……ありません」


 跳ね上がった肩を抑えられ、否応なく炎を見つめさせられたリィルはその内炎が熱くないことに気付く。危害がないと分かれば途端に調子づき、好奇心旺盛な彼女は目を輝かせて炎を宿す己の炎を見つめた。


「焦げてるのですか? これ」

「子細は省きますが、姫様の手に魔力刻印を焼き付けているのです」

「へぇ……!」


 しばらくすると炎も収まり、白磁色をした手の甲には朱色の刻印が残された。


「試してみましょう。姫様、彼に向けて命令を──手の甲に魔力を込めながら言って下さい」

「……分かりました──【自己紹介、してくださいますか?】」


 必要もないのに、リィルが腕を伸ばし自らの奴隷へ命令を下す──にしては随分丁重だったが。

 彼らが部屋に帰ってから今まで空気だった白髪の少年。

 未だ部屋の隅から動かない彼は、一瞬間を置くと重々しく口を開いた。


「ひゃく、はち、ばん」

「……え?」


 返って来たのは数字の羅列。それも随分拙い。

 数字を唱えた少年は再び黙り込む。まるで、それ以上は語ることなしと言わんばかりだった。


「ね、ねぇファイ」

「──恐らくですが、幼いころから身寄りのない子供だったのでしょう。──これは少々教育が必要ですか……」

「身寄りがない……ですか?」

「両親の元で育った時間が少ないため、名前を忘れた──あるいは与えられてすらいないのかと」


 青年の瞳に僅かな憐れみが混ざった。そこには恵まれた知識と育ちが産む無意識化の見下しが含まれている。同情か、蔑みか、彼ら自身にも理解できていない差別だった。

 まだ理解の追い付かないリィルは、こちらをじっと見据えて動かない少年を前に困惑したまま。そんな未熟な彼女を導くようにファイが声をかける。


「姫様、この奴隷に名前を」

「な、名前……?」


 生まれてこのかた経験のないことにリィルがたじろぐ。

 予想外の連続は彼女から冷静な思考を奪っていた。


「なまえ、なまえ、なまえ……」

「深く考える必要もありません。所詮は姫様の手足ですから安直でもいいでしょう」

「そ、そう? じゃあ──【トーハと名乗ってください】!」


 手の甲の刻印が僅かに赤色を灯して発光した。

 そして、命令を下された少年は小さく頷きを返す。

 彼の今後に関わる重要なイベントはそれだけで終わった。


「えっと──ファイ、どうしたらいいですか?」

「……練習です。ファイについての情報を引き出してください」


 派手な赤白の服装に似合わぬ不安げな様子でリィルは振り向く。不安に満ちた彼女の瞳は所在なさげに揺れている。

 一連の流れを見ていたファイは想像以上に安直な名前に若干の後悔を得ながら、次の指示を出した。


「……えーっと。【トーハ、貴方は何歳ですか?】」

「……?」


 名前も分からないのに、何を聞けと。

 そんな疑問をありありと顔に浮かべ、リィルが尋ねる。

 知っていることの方がはるかに少ない少年もまた、よく分からないと首を傾げるだけだった。


「……」


 仕方ないことだとは理解している。

 それはそれとして、あんまりではないか?

 静かな不満をため込んだ少女の金髪が小刻みに揺れる。


「ファイ!! やっぱり無理ですよぉー!!」


 呆気なく少女の不満は爆発した。

 振り返りながらぐいとファイに迫り、後ろで括られたポニーテールが横ではなく縦に跳ねる。

 金糸の如く細やかな髪が暴れるのを見て、ファイはそっとため息を吐くしか出来ない。


「……はぁ。仕方ありません。姫様、今度はトーハに姫様のことをお伝えください」

「自己紹介の見本、ってこと?」

「はい。そういうことです」

「分かりました!!」


 自分なら出来ると言う自身から少女の銀瞳に輝きが満ちた。

 先程座っていた椅子を乱暴に蹴飛ばし、腰に手を当て仁王立ち。

 ふふん、と自信ありげに笑うとリィルが勢いよく息を吐いた。


「よーく聞いてくださいね。私は、アイリィル・グレイ=サースラル。大国サースラルの王女です!」


 金剛石(ダイヤモンド)を思わせる煌めきは彼女本来の気質──亡国の王女としての振る舞いを想起させる。

 しかし、どんなに感情を揺さぶる宝石であろうと、そもそもの起伏に乏しい者にとっては豚に真珠と同じこと。無口な少年奴隷はこくりと頷くのみだった。


「ちょ、ちょっと! それだけですか!?」

「……姫様。奴隷に地理が分かる物は少ないです。お気持ちは分かりますが、諦めてください」

「すっごく丁寧な自己紹介でした!!」


 口をへの字にして小さく地団太を踏むリィル。はしたないとファイが咎めようとするが、それより前に彼女へ近寄る影が一つ。少年は音もなく近づいていた。 


「あい、りぃるさま」

「ひえぁっ!?」


 呟くようにそっと言われた少年の小声。まるで亡霊の嘆きのような暗く、妙に間延びした声。

 地下であれば反響して余計に恐怖を煽りそうな声だった。

 予想外の攻撃に言葉にならない悲鳴をリィルが叫び、傍に立つファイの腰へ飛びついた。


「落ち着いてください姫様」

「え、ちが──ちょっと驚いただけですっ!」

「……そうですか。ここで話していても進展はなさそうです。なら出来るだけ彼を戦力に仕上げたい、外へ出ましょう」

「えー……私ここにいちゃ駄目ですか?」

「馬鹿ですか……私が守れません」

「あは♪──分かりましたっ」


 素直に頷いたリィルが自分で倒した木椅子を戻し、かるくスカートの埃を払って気を取りなおす。

 あまり状況を理解していないトーハは迷いから自分をここまで連れて来たファイを見上げた。


 ファイはファイで一瞬恍惚な笑みを浮かべた主に溜息をついていたが、彼の視線に応え部屋に立て掛けてある一本の直剣を手に取り、差し出した。


「さて、トーハ。貴方には剣を持ってもらいましょう」

 

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