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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
二章:五級探索者編〜アント&ダブルアップ〜
19/56

姉貴分

「なんで……アンタが」


 ヴァンは己の拳を受け止めたトーハの姿を見て目を見開く。

 誰に命令されてでもなく、事前の命令行使によってトーハの奴隷刻印が作動したわけでもない。


 つまり、トーハの判断で、トーハの意志で、ヴァンの拳を受け止めたのだ。


「りぃるさまを、こうげきしたからです」

「アンタだって好きでこいつの奴隷になったわけじゃないんだろ? こいつが死ねば自由になれるんだ」

「……」


 トーハの額にしわが寄る。不快になったのではない。彼なりに考えを巡らせている証だ。

 リィルは突然の攻撃に怯えてトーハの陰に隠れている。

 ヒスイは事態の行く末を見守っていた。


(さって。アタイでもどうしたらいいか分からない奴隷事情。キミたちはどうするんだろうね?)


 短絡的だが筋を通そうとしているヴァン。

 あの愚直すぎる声のかけ方からして、似たようなことをしてきたのだろう。

 そして、買ったときの二倍の値段を出す取引に行きつくまで、色々と揉めて来たに違いない。


 リィルとトーハの関係性は金がきっかけとは言え、悪いものではない。

 消耗品として扱われるタイプの奴隷とは明らかに違う。


 トーハの振る舞いも道具として使われる奴隷、というよりは、主に仕える従者のように見える。何が彼をそうさせるのかヒスイには見当もつかないが、ヴァンが今まで見て来たであろう奴隷とは毛色が違うはずだ。


 故に、ヒスイは好奇心からトーハがどんな答えを返すのか見守ることにした。


「どうするか、わからないです」

「……はぁ? 好きに生きりゃいいだろ。──金がねぇってならウチのチームに来ればいい。独り立ちできるまでは見てやる」


(至れり尽くせりね。ほとんど慈善事業じゃないの)


 奴隷に関する事業は多々あるが、ヴァンの話はあまりにも良すぎる。

 正直詐欺を疑いたいが、組合であった時の憎しみに満ちた彼の目を思い出せば嘘でないことも分かる。


「でも」

「なんだよ」

「ししょうに、たのまれました」

「……そいつのことを、か?」


 ヴァンの視線が正面で向き合うトーハから、トーハの陰に隠れるリィルへと移る。

 見つめるというより、睨むと言うべき険しい目つきにリィルは竦んでしまう。


 けれど。


「……何か文句があるならお聞きします」


 トーハの服の裾を掴みながらも、リィルは彼の陰から出た。

 周囲からの目を遮るため被っていたフードも取り払い、砂金のような細やかな髪を晒して堂々と胸を張る。


 部下が毅然と立っているのに、自分が隠れているのは彼女のプライドが許さなかった。

 そうすべきという責任を抱えていること(己の強さ)を思い出したから、彼女はようやく前に出れた。


「アンタには聞いて……そうだな、こいつの師匠ってどんな奴なんだ」

「そうですね──」


 リィルがファイとの思い出を頭に浮かべる。


 一言で語りつくすには難しいが、芯の通った大人だなと思っている。

 自分がそうなれるかは見当もつかない。


「とてもいい人()()()と思います。私よりも」

「──今は」

「私のために、死にました」


 嘘偽りない断言。躊躇なく言い切る。

 それはリィルが抱えるべき責任だった。


「──悪いことを聞いたな」

「いえ、もう過ぎたことです」


 表では華やかに微笑むが、未だリィルの中で渦巻く不安は無くなっていない。

 だけど、今だけは虚勢を崩すわけにはいかなかった。


「アンタの()にしろ、師匠にしろ、アンタら訳アリか。()()の奴か?」

「……」


 リィルが初めて言い淀む。

 自分の出自などについて下手に話すのは悪手な気がしたのだ。


「──アタイが答えるよ。少なくとも、そこの子は壁裏のお貴族様じゃない」

「なおさら──」

「詮索はそこまでにしておいたほうがいいと思うね。──また騒がしくなりそうだし」


 肩をすくめたヒスイの目はヴァンではなく、ドアノブがひねられた扉へ向けられていた。


「すみません! こっちに──ヴァン! 探したのよ!」

「あ」


 勢いよく開け放たれた扉から入って来たのは、リィルよりも背の高い少女だった。

 程よく乱れた灰色のウルフカットと、黒のノースリーブが大人びた雰囲気を醸し出しているが、肩で息をしている彼女ははぐれた弟を探す姉のような慌てぶりだ。


 先程までの荒々しい少年像とは打って変わり、ヴァンがこぼした一音は悪戯がバレた子供が如く間抜けな声だった。


「本当にすみません! ヴァンが何か──またやったのね?」

「──いや、ちが」

「違わないでしょ! 女の子の方ヴァンに怯えてるじゃないの!」

「それは──」


 ヴァンはこれ以上ない程たじたじだった。

 何かを口に仕掛けては飲み込むような歯切れの悪い言葉が姉貴分らしい彼女の怒りを煽っている。


「勝手に変な場所行ったと思ったら──」

「ミリアムもなんでオレの位置情報勝手に取ってんだよ」

「アンタがどっか行くと誰かと揉めるから! アタシの苦労も分かってくれる!?」

「別に金は払う──」

「お金の問題じゃない! 脅しじゃなくて取引をしなさいって言ってんの!」


 止まるところを知らぬと激化する少女のテンション。

 ヒスイが苦笑しながら白熱する二人の肩を叩いた。


「まーまー、別に傷を負わされたとかじゃないし、その辺にしておきなー? リィルちゃんも余計にビビってるからねー」

「ぁ──。んんっ。アタシ、ミリアムって言います。ヴァンが迷惑をかけてすみません」


 ヒスイの言葉に冷静さを取り戻し、咳ばらいを一つ。

 ミリアムと名乗った少女は身内の恥もあってかまだ赤い顔を深々と下げた。


「なんでミリアムが頭下げんだよ。悪いのは」

「監督責任ってやつ。そう思うならアンタも頭を下げるっ」

「うがっ!?」

「──ふふっ。仲が良いんですね」


 ぐい、と頭を押し付けられたヴァンが腰の引けた姿勢で頭を下ろす。

 謝っている雰囲気は微塵も出ていないが、その様子が面白くてついリィルは噴き出した。


「ええと、はい。一応、信頼は出来る奴なので」

「あは……そうですね。芯の通った方だと思います」


 ミリアムが苦笑する傍ら、リィルは本気でそう思っていた。

 どのような過程でここまで来たのは不明だが、見ず知らずの他人に啖呵を切れる胆力は素直に褒められる。


「…………」


 第二区画の住民にはないお淑やかな雰囲気に気圧されて、ヴァンがにわかに驚く。

 彼の偏見が悪徳な奴だと決めつけていたせいで気付かなかったが、よく見ればリィルはトーハに隠れるように、トーハはリィルを守るように位置取っている。──リィルの虚勢は品切れらしく、フードは被りなおしていた。


 彼らの立ち位置から感じ取れる信頼関係。

 ただの奴隷とその主が形成するものではないのは明白だ。


 ヒスイの話から察するにここ(アーランド)ではなく、外の住人。

 環境の違い故かは分からないが、部外者がみだりに足を踏み入れていいものではなかった。


「丁度いいじゃん」


 ふとヒスイが声をあげる。

 突然なので何事かと視線を集めるが、それに臆することなくヒスイはヴァン達を見てにやりと笑った。


「迷惑料代わりに、このひよっこたち世話してくれない?」



区切りの文字数が悪く中途半端に少ないため、当日中にもう一話上げます。

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