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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
二章:五級探索者編〜アント&ダブルアップ〜
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奴隷を嫌う者

「なぁ、アンタ──」


 刺々しく、険しい声色。

 声の主はトーハよりも頭一つ背が高く、肉付きも良い少年だった。


「あら少年。何か御用?」


 燃えるような赤色の髪と、そこから覗く針のような鋭い目つき。

 その目が、奴隷少年(トーハ)の服の隙間から除く胸元(奴隷刻印)を凝視している。

 明らかな面倒事の気配がするも、ヒスイは明るい振る舞いで応えた。


「アンタのか?」

「いいえ?」

「嘘は……ついてなさそうだな。逃げて来たとかか」

「それもいいえ。れっきとした主様がいるわ」

「そうかよ……ソイツはドコだ」

「まあまあ、落ち着きなさいよ」


 ヒスイが手の甲を見せながら己の奴隷でないことを示す。

 赤髪の少年から漏れ出る明らかな敵意。

 それが自分に向いていないと知りつつも、ヒスイはあくまで諭すことに努めた。


「アンタのじゃないんだろ? じゃあアンタに口を挟む権利があるのかよ」


 髪色と同じ鮮やかな赤の瞳。

 トーハの白髪やヒスイの薄い緑髪を燃やすが如く燃え上がる赤。

 瞳の奥で暗く輝く憎悪を感じ取り、ヒスイは肩を竦める。思ったよりも面倒そうだった。


「まー……ね? 一応彼の主とも知り合いだし、君が殴り込みをかけようってならアタイも無視はできないからさ」

「──ひとりで行かすようなヤツだ。どうせロクでもねぇクズに違いねぇ。アンタがかばう義理もねぇよ」


 彼の偏見とも呼べる推測は実のところさほど外れてもいない。ヒスイも探索者と絡みのある仕事故、この辺りの奴隷事情についてもそれなりに詳しいつもりだ。


 そして、その経験上よく見かけるのが、安く買い上げた奴隷の人海戦術による使い捨ての稼ぎだ。

 最低限の武具だけ揃えられ、ギリギリ勝てるであろう魔物に奴隷刻印でけしかけ、魔石を得させる。


 利益率としては悪くないせいでモラルは悪くとも資産は減らないし、奴隷のために消費させられるお金は経済を動かす大事な歯車だ。荒野(アーランド)の社会はそれらを咎めない。


 ヒスイに出来ることはない。

 仕方ないと割り切り目を背けてきた。そういう常識だと割り切って来た。


 だからこそ、目の前の少年が発する怒気に最適な回答が分からない。


「それも間違ってないわね」

「だろ?」

「でも、キミが行ってどうなるワケ?」


 ヒスイの問いかけはある種の侮蔑を含んでいた。

 余計な正義感で問題なく回る社会に喧嘩を売るのか?

 大人でも出来ないことにたかが子供が出来るのか──と。


「買い取って、ウチのチームに引き込む」

「……へぇ」


 あまりにも一直線な方法。愚直でさえ言っていい。

 手を広げすぎ、いつか破綻するようにしか見えない。

 だが、だが。


 理想を掲げ、その理想に一歩ずつ歩き出そうとする彼の所業を決して馬鹿にすることも出来かった。


「大変お待たせしました」


 ヒスイが答えに言い淀んだ隙を縫うように、先程の職員がトーハの新しい探索証を手に戻ってきた。

 それを横目にヒスイは少年の耳元に近づき、


「いいわ。キミの()()に免じて会わせてあげる。……ただし、これが終わったらね」


 ぱちんとウインクを決め、先程から受付の前で目を白黒させているトーハの元へ去っていく。


 取り残された赤髪の少年は豆鉄砲を食らったみたいに怒気を忘れ、口をぽかんと開けていた。



「こちらトーハ様の探索者証(カード)となります。お支払いなどデータ管理に必要なチップが埋め込まれているため、再発行には復元作業など込みで10万C(コール)頂きます。無くさないようご注意ください」

「……はい」


 探索者証(カード)には彼の名前と、探索者としてのランクだろうか。五級探索者(ルーキー)と印字されている。


 身分のなかったものが、簡易的とはいえ新たな身分の証明を手にした。


 とはいえ、彼に感慨などいったものはなく。

 見知らぬものへの僅かな戸惑いを見せるだけで、口にするのは平坦ないつもの返事だった。


「どーもありがとねー。さ、トーハ。お客さんも出来たことだし帰りましょうか」

「……? はい」


 職員に軽い会釈をしてから、ヒスイは踵を軸にくるりと回る。未だ先程の会話が理解できていないトーハは疑問符を浮かべながらも素直に彼女の跡を追う。


「キミ、ついておいで」

「……ああ」


 一変したヒスイの態度に怪訝な顔をしながらも、もう一人の少年も仲間に加え、彼女たちは帰路についた。

 組合近くは人が多く会話どころではなかったが、翡翠武具店の近くまで来る頃には人はめっきり減っていた。


「なぁ、アンタ」

「アンタはやめなー? アタイにはヒスイ、この子にはトーハって名前があるんだから」

「……トーハ」

「はい」


 頭一つ高い視線に見下ろされながら、トーハが彼の横に並ぶ。


「ヴァン」

「……?」

「俺の名前」

「ゔぁん、さん」

()()は要らねぇ。……調子狂うな」


 ヴァンと名乗った少年もある種機械染みたトーハには惑わされるようで、気まずげに頭を掻いている。


「とにかくっ。アンタ、苦しくないのかよ」

「はい」

「へっ、即答か。よく調教されてんな」

「……はぁ」


 悪態をつく少年にヒスイがため息を吐く。


 アイリィル()とは出会って初日とはいえ、そんな器用なことが出来る女とは到底思えない。むしろ、トーハのことを拠り所にしているようにも見えた。

 それを上手く説明できる気はしなかったし、手間暇かけるのも面倒なので当事者にぶつけてしまえと思ったわけだが……ひと悶着起きる気がしてならなかった。


「ていうか、それなんだよ。んなので何が出来るってんだ」


 ヴァンが睨みつけるのはトーハの腰に吊るされている鉄剣だ。

 一部魔物の解体用として持っている者はいるが、それなら扱いやすいナイフ程度大きさだ。

 荒野(アーランド)の外ならともかく、ここでは使えない遺物。ゴミである。


 奴隷に持たせるとしても、せめて拳銃などの火器だろう。

 剣は確かに安いが、せめて光剣(レーザーブレード)でもなければ無駄な投資──という認識だった。


 その認識はヒスイも同じである。

 精々リィルが魔術を撃つまでの時間稼ぎとして持たされていると思っていたが、それならやはり光剣(レーザーブレード)の方が良い。

 つまり──それで戦おうとしているように見えるのだ。


「ししょうに、もらいました」

「ししょう──? お前、()の生まれか」


 外──アーランドではない周辺国のことだ。

 以上に文明が発達しているアーランドにおいては光剣(レーザーブレード)ならともかく、金属の剣などゴミにも等しい。しかし、外は違う。

 囮でもいい奴隷なら大して戦闘力のない外の奴隷でも。ということだろう。


 ヴァンもヒスイも、そう認識していた。

 だから誰もトーハが本気でそれを振るうことに気付かないし、(リィル)が彼の剣に信頼を置いていることなど欠片も信じていなかった。


「……ま、奴隷刻印があろうと怖いものは怖いか。銃なんぞ持たせられねぇってか?」

「はいはい。質問攻めはそこまで。残りはその子の主になさい」

「ふん、元からそのつもりだ」

「どうだかねぇ」


 苦笑しながらヒスイが店の鍵を開ける。

 トーハは時間稼ぎ用の奴隷と思っても引っかかる所が多い。

 ヒスイもクレハからある程度事情を聞かされているが、分からないことだらけだ。

 しかし、彼がただの囮ではないことは信じにくいが聞いている。


「たっだいまーっと。リィルちゃーん! お客さんよー!」


 部屋で退屈しているであろう少女に向けて叫ぶ。

 閑古鳥が鳴いている店故、動揺してか少女の部屋らしき場所で物音が聞こえた。

 そこまで慌てるほどだろうかとヒスイが首をかしげ、祖母(クレハ)からのメールに書いていたここまでの経緯を思い出し、ぴたりと固まった。 


「あー……そうだった。アタイも別に信頼されたわけでもないから当然かぁ」

「どうかしたのかよ」

「いやーちょっとね。あの子疑心暗鬼になってて──トーハ君、先に顔見せてリィルちゃん落ち着かせてもらっていい?」

「はい」


 慣れた相手の世話は自信があるのか、トーハがどこか力強い足取りで階段を上っていく。

 なんだかんだ二人であの砂鮫(サンドシャーク)を相手に生き残ったのだ。

 任せても問題ないだろう。


「ヴァン君、だっけ。悪いね。ちょっと待ってもらっていいかな」

「逃げたりしねぇならな」

「逃げない逃げない。キミがリィルちゃんに危害を加えるとかじゃないならね」

「それは会ってみねぇと」

「ま、そだね」


 あとは彼女次第だ。少なくとも、ヒスイがこの件で口を出せることは多くない。

 諦めた大人が純粋に生きる子供へ何を言えるのか。

 否──何も言えないと分かってしまったのだから。



 *



「トーハ! 遅いじゃないですか……!」

「おまたせしました」

「もう……。どこ行ってたんですか」

「これ、もらいました」


 トーハが見せたのは今しがた手に入れた彼の探索者証(カード)

 真新しい金属製プレートにはトーハの名前と五級探索者(ルーキー)の称号が記されている。


「これは……」


 見覚えがある。それどころか、リィルも持っている。

 変な依頼のせいで顔を出せていないが、探索者であることを示す証だ。


「あの、トーハ。私についての情報とか──ありました?」

「……いいえ。わかりません」

「そう、ですよね……」


 せめて今も捕縛依頼が出ているかどうか分かれば、身の振り方も決められる。

 とはいえ、トーハにその手の情報収集を期待するのも酷だとは分かっている。

 それでも期待してしまうのは無理のない話だった。


「──大丈夫です。それより、私にお客さんって……」


 不安の種その2だ。

 目下の不安としてはこちらの方が大きいまである。

 捕縛依頼が出ているのなら早速現れた追手の可能性もあるのだから。


「ゔぁんさん、です」

「ヴァンさん……? どんな方ですか?」

「……このくらいの、おとこ」

「うーん……」


 トーハが自分の頭のてっぺんから少し高い位置に手を添える。

 求めているのはそういう情報ではないのだが、これ以上聞いたところで無駄だろう。

 腹をくくるしかなかった。


「……仕方ありません。下におります。ついてきてください」

「はい」


 幸い今はトーハが居る。ちょっとくらいならなんとかなる。

 そう、思いたかった。



「お待たせしましたー……お客さんって──」

「オレだ」

「ひっ──」


 ずい、と進み出た赤髪の少年。

 彼の威圧に怯えたリィルがトーハの背に隠れる。顔から垂れた金髪がトーハの背からはみ出していた。


「ちっ、ガキかよ」

「私は──! ……いえ、失礼しました。それで……ご用件は何でしょうか?」


 ヴァンも裕福な人間には見えない。

 そんな相手に馬鹿にされ、ついプライドが言葉を口にし掛けるも、すんでのところで飲み込む。

 今の自分はただのリィル。この荒野で王女だった価値などありはしない。


「アンタがトーハってやつの主って聞いた」

「……ええ。私の奴隷ですが」

「だろうな」


 ヴァンがリィルの手の甲を一瞥する。

 くっきりと焼き付けられた命令側の奴隷刻印。

 苦々しい相槌と共に強い憎悪で見据えられ、リィルは息を飲む。


「……っ」

「そいつはいくらで買ったんだ」

「確か……3万(コール)

「……安いな。いや、読み書きも出来ねぇなら妥当か」

「それが──何か?」


 リィルの問いを無視し、ヴァンが財布から六枚の金貨を抜き出した。


「6万(コール)出す。そいつを手放せ」

「……は?」

「聞こえなかったか? 別に悪い取引じゃないだろう」

「いえ──すみません。そのお願いには答えられません」

「なんでだ」


 なんでも何も。困るから。

 それだけの理由なのだが、この少年が納得してくれそうかというと……微妙だろう。

 一応所有権はこちらにあるのに、問い質されるのもおかしい。


「なんでって──彼は、()()()()です」

「──ちっ」


 一際大きな舌打ちだった。

 静かな店故によく響く音。間違ったことは言っていないはずなのに、どこかで何かを掛け違えた気分になる。


 分からない。分からない。

 いつから、いつから間違ったというのか。


 燃えた国と父との別れ(あのとき)も。


 逃亡劇と裏切り(あのとき)も。


 最後の護衛の献身(あのとき)も。


 リィルが出来ることは──出来ることは少なかったけれど、間違えていないはずだった。


 道はある。正解か分からないけれど、生きれる道はある。

 ただ、それが袋小路へ向かっているように見えるだけ。


「何が悪いって言うんですか。お金で買えるものを買っただけです。それの何が──!」


 納得できなくて、理解できなくて、子供の癇癪みたいに叫ぶ。 

 破れかぶれだった。

 あとで考えれば彼女はもう少し言葉を選ぶべきだった。


 奴隷に対して思うところがある少年の前で、モノであることを強調してしまった。

 年齢よりかは聡いリィルなら。分かったことなのに。


 今だけは考えが及ばなかった。


「これだから──」


 フードから覗くやけに綺麗な髪がヴァンはどうにも気に入らなかった。



 服が貧相だから多少はマシだと思っていた。少なくとも外の常識を壊され、ここ(アーランド)に合わせた常識を獲得していると思っていた。



 だが、今の発言を聞いて納得した。

 コイツは使()()側だと。使われる側の気持ちを知り得ない奴だと。



 自分よりも小さな女に傷をつけるのは気が引ける──が、脅してお灸をすえるくらいはいいだろう。

 そう楽観的に考えて拳を振り上げる。



 曲がりなりにもヴァンも探索者。それも五級探索者(ルーキー)四級探索者(ビギナー)を超え、探索者としての一区切りである三級探索者(レギュラー)だ。



 その称号が意味するのは、彼の動きをただの一般人が知覚出来ても、対処不可能な身体能力を持ち得ていること。



 だから動くと決めれば迅速で、リィルに回避も防御も与える暇はなかった。

 戦いとは無縁だった少女はあまりにも隙だらけだからだ。

 出来たのは突然の暴力に怯え、ただ目をぎゅっと瞑ることのみ。



「──お前」


「さがってください、りぃるさま」



 とはいえ、拳を受け止めた少女の従者に隙などありはしなかった。

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