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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
二章:五級探索者編〜アント&ダブルアップ〜
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城壁都市リオドラ

 ヒスイに拾われ、トラックの荷台に揺られること数時間。

 太陽が頂点から落ち始めた頃だった。

 運転の疲れを感じ始めて来たヒスイが顔をガラスのない車窓に向け、荷台へ叫ぶ。


「お二人さーん! そろそろ着くから起きてねー!」

「……っは──いづッ」


 その声に、うたた寝していたリィルがぱちりと瞼を開けて体を起こす。荷台から落ちないようにしていたためか、思い切りトーハに寄りかかって眠っていたことを今更気付き、顔を赤くしながら距離を取る。そんな幼い感情は腕がない右肩の痛みに歪んで消える。


「つつ……。起きて……ないですね」


 絶技を再現した反動からか、荷台に乗って数分で力尽きたトーハは主人が目を覚めても眠り込んでいる。

 別にまだ起こす必要もない。進行方向に目を向ければ、巨大な壁がせりたっていた。


「……わぁ、大きい!」


 何十メートルもありそうな防護壁がそびえたち、さらに奥には外側よりも高く頑丈そうな鈍色の壁が何かを囲んでいる。


「でかいっしょー? 城壁都市リオドラの二重壁だよ。アタイは()()の住民だから()()にいる壁裏のお貴族様には詳しくないんだけどね」

「第一、第二……」

「あ、その辺も知らないのかぁ。検閲大丈夫かなこれ」

「えぇ…………」


 何やら不安になる言葉を口にするヒスイ。

 トラックの走行音もあり、よく聞き取れなかったと思うことにしてリィルはそれ以上聞くのをやめた。


 せり立つ壁に近づくにつれ人や車の行列が見え始め、ヒスイのトラックもスピードを落として徐行運転で行列に並び始めていた。

 走行音がマシになり、リィルも運転席にいるヒスイと会話がしやすくなる。


「そっちの金髪ちゃんは探索者なんでしょう? で、白髪くんが奴隷と」

「ご存じなのですか」

「存じてるんですよー。おばあちゃんから聞いてるからね」

「その、さっきもおばあちゃんとおっしゃってましたけど……どなたですか?」

「クレハおばあちゃん。知らない? アサエルで万屋やってたと思うんだけど」

「あぁ! あのクレハさんですか!?」


 意外な縁にリィルが瞠目する。件のクレハは何かと厳しそうな老婆のイメージしかない。

 だが、大してお金もないリィルたちに世話を焼いてくれた人でもあり、根回ししてくれたのも納得が出来た。


「そゆこと。検閲まで暇だし、簡単にリオドラの説明だけでもしようかな」


 無知すぎるのも怪しまれるからね、とヒスイが前置きした上で説明してくれる。


 迷宮群生荒野、アーランドの南部において()ありで名を挙げられる都市と言えば、リィルたちが目指していた城壁都市リオドラが最も有名だ。


 荒野に蔓延る魔物達の生存圏の中で人の営みを確立させるのは難しい。

 そういった厳しい環境でも開拓者達は恐れを知らず、荒野の迷宮内で使われている古代技術(ロストテクノロジー)を流用した隔壁を建造し、壁に囲われた街を作り上げたのだ。


「ってのが、簡単なリオドラの歴史かな。壁が二つあるせいでちょっと住み分けとかあるんだけど……そのへんはおいおい、かな」

「なるほど」

「とりあえず、アタイらの周りにいるような奴らは君らと同じ探索者か、それに関係してる人らだね。人としての礼儀を弁えてたらぶっ飛ばされるようなことはないよ。……多分」

「ヒスイさん?」

「あっは、冗談だって。基本的には大丈夫」

「余計心配ですよ……」


 安心できる要素が欠片もないことに、リィルは肩を落とす。

 だが、彼女の言う通り、前に並んでいる人々は乗り合いバスで一緒だったローレン達と似た服装──装備をしていた。


「にしても……」

「はい?」

「鉄色街道の砂漠地帯を生き残るなんてね。まともに銃も持ってないみたいだけど……金髪ちゃんは魔術でも使えるの?」

「……はい、炎系の下級ですが」

「ふぅん。腕一本で済んだなら上出来か。奴隷君も主が強くて幸運だね。大体餌にされるのがオチなのに」

「…………」


 リィルの怪我が激しいからか、ヒスイは砂鮫(サンドシャーク)と戦ったのが彼女だと勘違いしているようだった。

 そのすれ違いにリィルも気付いていたが、説明しても信じてもらえそうになかったので誤解を解かなかった。

 まさか剣で一刀両断しました。なんて、言っても信じてもらえるか怪しいのだから。


 下手に話すとボロが出そうだったので、リィルはそれきり黙り込む。じんじんと痛む肩の痛みを堪えるのに精一杯だった。

 叫ばないだけも十分。それを察したヒスイも下手に声をかけることはせず、煙草をくわえ煙を吐き出していた。


 車内に充満し、行き場を探すように窓から飛び出す煙は荷台のリィルの鼻元を通り、少女に不快感を与える。


「……こほっ」

「へへ、悪いね」

「いえ、慣れていないだけですので」

「そうだねぇ。出来るなら慣れた方がいいよ。探索者絡みやってるやつなんて、思ってるほどまともじゃないし」


 そう言われて、周囲の探索者に注目してみる。

 ヒスイと同じように煙草を吸っている者はいたが、明らかにおかしいと思うような人は──


 いた。それももっとおかしいのが。


「……あの人、人間ですか?」


 平然と佇む四腕の人間。服の袖に通している二本の腕は普通だが、肩から更に二本生えた機械の腕が機関銃を担いでいる。

 人間と呼称してい良いのか怪しいが、まともではない。


「あぁ、機人(サイボーグ)? そう珍しい者でもないよ。人間に拘ってるよりかは生き残る確率も高いから。あれも純粋に武器が二倍持てるしね」

「そうですけど……」


 反射的な忌避というべきか、つい目を逸らしたくなるような何かがある。人間でもないが、魔物でもない。

 そんな化け物にリィルの頭は理解を拒んでいた。


「経緯としては変でもないよ。君みたいな感じ。腕とか脚とかなくしたのを治すついでに義体に変えちゃうの。金髪ちゃんもやろうと思えばウチで出来るよ?」

「い、嫌です! 普通の腕でお願いします!」

「あっはっは! ごめんごめん。心配しなくても再生治療の手法も潤沢だからね。お金はかかるけど、ばっちり治せるよ」

「それ……お幾らですか?」


 リィルが手持ちのお金を覗き見る。

 一桁万程度の手持ちだ。足りないのは明白だが、現実を見ない訳にもいかなかった。


「それなりに安全なところだと──数十万C(コール)ってとこだね」

「数十万……」


 リィルの金銭感覚が間違っていなければ、王女であるリィルにも簡単には動かせない金額だ。

 一般人であれば諦めるほど高額である。


「無理でもないよ? 砂鮫(サンドシャーク)の魔石持ってるでしょ。あれで1、2万は堅いね」

「万も……」

「それをそこそこ繰り返せば終わり。金髪ちゃんなら行けるんじゃない?」

「さぁ……どうでしょう」


 魔術を当てられたら倒せるかもしれないが、可能性で考えればトーハの方が適任で、その当人はぐっすりだ。

 ちょっと答えるのは難しかった。


「しばらく腕一本なのがネックだけど……借金もアリ。砂鮫(サンドシャーク)を倒せるなら組合も低利子で貸してくれると思う」

「……」


 借金とは無縁の生活を送ってきたリィルにとってその提案は飲み辛い。返せる見込みがあるならまだしも、自分一人で倒せるか分からないものを皮算用に加えるのは抵抗があった。


「……色々考えさせてください」

「たんと悩みなー。ま、おばあちゃんがアタイに世話を頼んだってことはウチの顧客になってくれそうってことだろうからね」

「……そんな意図が」

「でなきゃわざわざ鉄色街道の砂漠まで行って助けないって。慈善事業じゃないしー」

「そう、ですか。……いえ、助かったのは事実です。ありがとうございます」

「お礼はコレで頼むよ、コレで」


 車窓から伸びたヒスイの指が輪っかを作り(金を寄越せと)、ひらひらと揺れていた。

 歯に衣を着せぬ物言いだが、率直な方がリィルには有難かった。

 善意しか見えないほうが疑っていただろう。


「そろそろだね。カードはある?」

「カード……探索証のことですか?」

「そーそれそれ。会計でも使えるから、ついカードって言っちゃうんだよ」

「支払い……?」

「あー、また説明するから今は後。とにかく準備しといてね」


 それきり、ヒスイは運転席に体を引っ込め、喋らなくなる。

 順番はあと三組と言ったところだった。

 高さ三メートルほどの開いた門の前では、銃を構えた重装備の衛兵が出入りする探索者と何か会話している。


「トーハ、そろそろ起き──」

「……?」

「……起きたなら声をかけて頂けませんか?」

「はなしを、していたので」

「まぁ、そうですけど」


 いつの間にか起きていたトーハは片膝を立てて座っている。

 恐らくすぐ動けるような体勢を取っていたのだろう。

 そして、リィルがヒスイと会話をしていたのも間違っていない。下手に口を挟まれたところで説明するのが面倒なのも事実。


 それなりに筋は通っている彼の主張にリィルはバツが悪そうに口をもごもごとさせた後、気まずげに目を逸らした。


「とにかくっ。もうすぐ検閲らしいので準備していてください。……貴方が準備するものはないですけど」

「はい」


 一応の返事を得たリィルは満足げに頷き、荷台の塀を伝って立ち上がると門へ体を向けた。

 検閲と言えども厳重ではないのか、リィルの一つ前の組が今門をくぐっていったところだった。


 トラックがゆっくりと進み、衛兵も車窓へ近づいてくる。


「身分を証明できるものはありますか」


 衛兵の男は丁寧ながらも、どこかハリのある声だった。

 ヒスイは彼に物怖じすることもなく、何かのカードを突き出す。

 衛兵もそれを一瞥し、ヒスイの顔を確認するとカードを返した。


「そこの二人は」

「男の子のほうは奴隷だから、女の子の方の確認お願いね」

「了解した。君、何か身分を証明できるものはあるか?」

「ええと……。これ、ですか?」


 リィルの体が強張っているのを見てか、衛兵の口調がほんの少し和らいだ。

 何をすべきかは分かっているが、おっかなびっくりと言った動きで探索者証を突き出した。

 今までこういった確認は全て顔パスだったせいで、改まった確認というのが少し怖かったのだ。


「…………」


 衛兵の顔が少し強張った。

 無理もない。探索者証に記された名は時事に詳しいなら名前の聞いたことのある国の名、亡国サースラルなのだから。


「奴隷紋を見せてくれ」

「は、はい」


 残った片腕を突き出し、袖をたくし上げて手の甲を晒した。

 じっとそれを見つめた衛兵は一つ頷くとトラックから距離を取った。


「確認した」

「どーもー」

「…………」


 ヒスイがトラックを発進させる。

 リィルは荷台の上からじっと衛兵を見つめ続け、彼の注意が後ろの一団に映るまで肩を張っていた。

 数秒もしないうちに、衛兵が業務に取り掛かるのを見て、無事に検閲を通った安堵からリィルはへたりと崩れ落ちる。


「はぁ~、び、びっくりしました」

「アハハ、そんなビクビクしなくてもいいんだけどね」

「だ、だって」

「実際あそこの確認なんて大したもんじゃないから。所詮は第二のお遊びだし」

「…………?」

「さ、街だよ」


 第二のお遊び。

 言われたことの意味が分からず首をかしげるリィル。

 その無言を拾い上げることもなく、ヒスイのトラックは門の先へと進んだ。


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