閑話・翡翠武具店の苦境
「あ~あ。今日もカンコドリが鳴いてるよー」
城壁都市リオドラ、第二隔壁区画。通称【第二】の端に店を構える女性、ヒスイ。
恵まれない立地もあり、今日も売り上げどころか客一人来ない状況に頭を抱えカウンターに突っ伏している。
これでも、彼女の店は一応黒字である。
だが、店の売り上げは古株の常連で成り立っており、新規顧客は数か月捕まえられていない。
経営としては成り立っているが、お先真っ暗だった。
しかも、常連達も現店主であるヒスイが捕まえたわけではない。
「アタイに店はまだ早かったのかなぁ」
ヒスイがこの店を継いでから二年。なんだかんだで経営をこそ出来ているが、今後がない。
どうにかして新しい顧客を増やす必要があった。
別に買うのを躊躇するような価格設定でもなく、商品の質が悪い訳でもない。
彼女の祖母から徹底された教えにより、価格は良心的だし、品ぞろえも悪くない。
ただ、単純に立地が悪く、店の規模も大きくはないのでわざわざここで買うなら別の場所で買えばいいとなるだけのこと。
「こんにちは~」
「いらっしゃ──なーんだカレルナか」
ぎぎ、と扉を軋めさせながら元気よく入って来た一人の細身の女性。
常連と知るや一気に口調を崩したヒスイに、カレルナと呼ばれたパーカー姿の女性は眉をひそめた。
「常連だからって無下にされるのもちがくない……?」
「いーのいーの。アタイのエネルギーは新規顧客獲得に使うって決めてるの」
「まったく。店移した方が早いよきっと」
「そしたらカレルナも来ないじゃん」
「えへ、こないね。人多いの嫌だし」
分かりきった会話に笑い合う二人。
彼女の店──翡翠武具店の特徴をあげるならば、顧客と距離の近い接客と言うべきか。
ここまで崩して話すのはカレルナのような常連のみだが、かしこまった口調を使うことは少なかった。
「あっは、知ってた。──で? 今日は何の用?」
「ちょっと臨時収入が入ったから魔術具でも買おうかなって」
「アンタが使うレベルの魔術具って言ったらウチで買うよりもっといいとこあるでしょー? どーせ取り寄せになるじゃん……」
「そうやって正直に言ってくれる所だからここで買ってるの。お分かり?」
「はいはい、わかりましたー。で、欲しいのはどんなの?」
「えっとね──」
その顧客に寄り添った接客は、一人一人に最も適した武具を提供することに繋がる。
彼女が祖母から受け継いだ品定めと接客は今日も常連にのみ向けられていた。
*
「じゃ、取り寄せお願い」
「分かったって……全く、面倒な注文ばっかりなんだから」
「えへ、ごめんなさいねー」
「謝る気もないのに言われてもときめかないっ」
「こっちもときめかせるために、謝ってる訳じゃないけど……とにかくお願いね」
「はいはい、やっときまーす」
ひらひらと手を雑に振り、満足げなカレルナを見送る。
これから面倒な取り寄せの手続きが待っているのを再確認してまた項垂れるまでがワンセットだ。
「……はぁ。お仕事しますかぁ」
カウンター脇に置かれたコンピュータを起動し、マウスを握る。
わざわざ別の店を経由する以上面倒なことも多い。
販売元の企業からすれば、直接買ってもらった方が関連商品も売れやすい。
そのため、企業側も小売店への嫌がらせの如く、色々と面倒な手順を押し付けてくる場合があり、入力する情報なども多くなりがちなのだが、その辺りは全面の信頼の元にカレルナの個人情報が店のコンピュータに入っている。
「えーと、使用者の年齢そ──ん?」
ディスプレイに表示された要項を打ち込むためキーボードをカタカタ鳴らしていると、通知音が鳴った。
同時に、画面右下に簡易表示されたメール文が出現する。
送り主はヒスイにこの店を引き継いだ前店主、クレハだった。
「おばあちゃんだ。急にどーしたんだか」
要項への入力を中断し、メールを開く。
店の経営状況はコンピュータを通じてクレハに送られており、常連にしか利用されていない今の状況もばっちりと把握されている。
それもあって、顧客を捕まえろと催促のメールがたまに飛んでくるが、ここ数か月は音沙汰がなかった。
「……」
字の詰まったレポートを読み飛ばすが如く、目を動かせていたヒスイの態度が途中で切り替わる。
少なくとも、見飽きた催促のメールを読むときよりは真剣な目つきをしていた。
「……へぇ。……ふぅん」
メールを読み終え、苦々しい納得と共に息を吐く。
催促のメールではなかったが実質それと同じだった。
しかし、今回は具体的な獲得手順が示されている。顧客名からその顧客の現在の状態まで詳しすぎるほどにだ。
「あの砂漠地帯にアタイ一人は酷じゃなーい……?」
色々とやるべきことは書いてあったが要約すれば、鉄色街道の砂漠地帯にいる少年少女を拾ってこい──とのこと。
普段使いのトラックに武装らしい武装はない。
念の為積んである【認識阻害】の魔術具とヒスイ個人が所有する自衛用の魔術具が武装──と呼べるだろうか。
とにかく一人で行くには心許ない。
メールには何故か未来の顧客の現在地データまでご丁寧に記載されている。
「おばあちゃんめ……何お客さんに発信装置取り付けてるのよ……!」
更新され続ける位置データが取り付けられたデータチップが今も稼働し続けていることを教えてくれる。
まさか、要救助の彼らも了承の上とは思いたくないが……。どちらにせよ祖母の質の悪さに辟易する。
「とにかく! あんな砂漠のど真ん中で動かないなんて……! もう死んでるんじゃないのー……?」
メールを送るくらいだ。
多分生きているのだろうが……。獲物に敏感な砂鮫の生息域ど真ん中は馬鹿だろう。
それか、一時的な安置にでもいるのか。
「うぅーーん………」
正直生きていない説を信じてふて寝したい。
しかし、もし生きていた彼らが己のせいで死にましたとあっては目覚めも悪い。
「あー! もうっ! 行けば良いんでしょ行けば!!」
鍵付きの戸棚からトラックの鍵を引っ張り出し、勢いよく椅子から立ち上がる。
この思考すら祖母の手の平の上と考えればつい拳を握ってしまうが、人命には変えられない。
祖母の元へ殴り込みに行くのは徒労に終わってからでいいだろう。
それに。
「正直、悪い話じゃないのよねぇ……」
補足情報として羅列された救助対象の情報を見るに、ここの常連として育てやすい条件が揃っている。
命の恩人として精々稼がせて貰いたいところだ。
翡翠武具店としても、店を継いだヒスイのプライドとしても。
「おばあちゃんがここまで世話を焼く相手でしょ? 優良物件じゃないの」
行きたくない自分の足を動かせるため、都合の良いことを口にする。
そうやって何とかトラックの運転席にまでついたヒスイは最後にため息をついてから真剣な表情でエンジンをかけた。
二章は5月25日より開始します
2024/12/24:一月より再開予定




