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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
一章:奴隷から従者に〜バットビート、小さな幸運〜
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強さとは責任の有無

 朝日も昇り、外が明るくなったのに合わせて二人は横穴を出た。

 澄んだ空気を吸い込み、心身共に晴れやかなリィルがゆるく笑う。


「うん。いい天気ですね」

「はい」


 会話が途切れる。

 彼に何を投げかけたところで大抵「はい」か「いいえ」の二通りしか返ってこないだろう。


「……もう少し気の利いたこと、言えないのですか」

「もうしわけありません」

「いいですっ。期待した私が馬鹿でした」


 よって、リィルの笑みは気の利かない少年によって消えてしまう。

 二人が雑談というものが出来るのにはまだしばらく時間が必要らしい。


 ただ、トーハにも罪悪感はあるらしい。しばらく無言で歩いた後にふと口を開いた。


「りぃるさま。きいてもいいですか」

「……どうぞ?」


 彼からの質問は珍しかった。はいかいいえの二択で答えられる○○してもいいですか。と言った質問は多いが、この時点でトーハの意図が読めないワンクッション挟んだ聞き方はいつもと毛色が違う。


 好奇心を奪われ、リィルがほんのり声を高くして了承する。


「つよくなるには、なにがいりますか」

「……?」


 やはり意図が読めない。

 そもそもトーハが強くなるためなのか、リィルが強くなるためかも分からない。

 色々と省かれた質問だった。


「どうしてそんなことを聞くのですか?」

「ししょうに、たのまれたからです」

「…………あぁ」


 点と点が結ばれる。

 因果関係が不明だったが、恐らくこの質問はトーハなりの命令遂行なのだろう。


 彼の目的はリィルを守ること。

 しかし、それを彼一人で成し得るのは難しいだろう。

 単純な実力不足もそうだが、情報は足りないし、人手も足りない。


 彼一人が悩んだところで出る答えはたかが知れている。

 しかし、彼なりにこの状況を脱却しようと頭を悩ませたのだろう。


 そして、その結果彼自身の戦力強化という結論に至り、()()()()ことを目指しているのだろう。


「正直、私には分かりません」

「……はい」


 淡白ないつもの返事が僅かながら弱弱しい。

 彼も落胆するのだと、リィルは新鮮な気持ちになる。


 出来れば答えてあげたいが、リィルには分からない。少し前まで温室育ちの王女様だったのだから、そんなもの分かる訳がないのだ。


「ですが、私なりの哲学として答えられることはあります」

「はい」


 返事の調子が良くなる。

 意外と分かりやすいかもしれない少年の振る舞いに親近感が湧いたリィルはこっそり頬を緩める。

 けれど、答えを待ち望んでかリィルの目を直視してくる少年の目線に耐え兼ね、目をそらしながら言葉を続けた。


「何かを守る人は、強いです」


 それは今まで守られて生き延びて来たリィル──アイリィル・グレイ=サースラルとしての哲学であり、実体験だ。

 そして、この体験は今も継続されている。


 傍で何かを考え込んでいるこの少年も何かを守る人(そう)なのだから。


 彼は頼りないと思う。

 でも、よく頑張っているとも思っている。


「お父様は勿論。ファイも、ミリアムも、私についてきてくれた人皆。確かに強かったと思います」

「……でも」

「ええ。死んでしまいました。だからこそ。私も強くなれます」

「……はい?」


 理解しかねたトーハの空返事にリィルは微笑む。

 けれど、その微笑みは喜びに満ちたものではなく、悲しみと決意を込めた後ろ向きなもの。


「私は、死んでしまった皆の意志を守らなければなりません。率直に言えば──責任、ですね」

「せきにん」

「はい。責任です。そういう意味では、貴方も強いと思いますよ?」

「せきにんは、ないです」


 心当たりはないと首を横に振るトーハに、リィルもまた首を横に振った。


「貴方はファイの命令を守らなければならない、と尽力して──頑張っているでしょう?」

「……はい」

「それが責任です。最悪、投げ捨てたっていいものを貴方は守り続けています」

「……りぃるさまは、せきにん、もっともってます」


 少年の額にしわが寄る。考えることが不得意なトーハにとって最大限の努力を表していた。

 彼なりに命を背負うことの責任を理解したことをリィルは喜ばしく思う。

 自分の考えに共感してもらえること、理解してもらえることは純粋に嬉しかった。


「そう……ですね。率直に言って、とーっても──苦しいです」

「……はい」

「でもっ。これがあるから私は今も生きてます」


 にこりとリィルは微笑み、「これで満足ですか?」と尋ねかける。

 彼女自身言葉として思考を形にした分、改めて自分が生きている理由を再確認出来た。

 この微笑みは気付かせてくれたトーハへの礼も兼ねている。


「はい、ありがとうございます」

「どういたし──」



 満足げに頷いたトーハを見て、リィルは笑みを深め──トーハに庇われた。

 ほとんど突き飛ばす形で位置を入れ替わったトーハが抜き放った剣を何かに向けて構えている。



「りぃるさま、さがってください」

「なにが……」

「さっきのです」

「さっきの──? …………あ」 



 足元を漂う砂塵のせいで気付けなかったが、目を凝らせば昨日見た土気色の尾ひれが砂を泳いでいたのだ。



 彼女がそれに気づいたと同時に、獲物に気付かれた砂鮫(サンドシャーク)は砂の間欠泉を引き起こして奇襲から拘束へ戦法を切り替える。



「トーハ……!」



 もう銃はない。あの大口の襲撃から安物の剣一本で相手しなければならない。

 立ち直って来た気概が、不安によって揺らいでいくのを感じながらリィルは救いを求めるように少年の名を呼んだ。



 少年の背へかけられた少女の声は焦りに満ちていた。



 けれど彼は微塵もそれに惑わされず、踊らされず。

 微動だに、振り返らずに、淡白と答える。



「おまかせ、ください」



 断言。

 彼なりに全力を尽くす善処の意ではなく。

 全て片付けるから心配は要らないと、彼は背中で雄弁に語る。



「…………ええ! お願いします!」



 未だ少年に過ぎず、リィルとそう変わらぬちっぽけな背中だけを見れば頼りないのだけれど、良くも悪くも彼は何時だって正直で、そんな彼の断言は飾りつくした言葉よりも──つい期待してしまうのだ。




 *



 背中が熱かった。

 まるで熱された何かの型を押し付けられているような感覚だ。

 熱で紋様でも焼くのかといった勢いで背中を焦がされている。



 不思議と痛みは感じなかった。

 むしろ感覚が研ぎ澄まされ、世界が遅くなっていくのを感じる。



 守るものがある人は強い。

 その意味をトーハは正確に理解できていない。

 けれど、その理想形と呼ぶべきものは知っていたし、見ていた。



 ならば、それを思い出すだけ。



 後方に責任(リィル)が居るのを把握し、砂鮫(サンドシャーク)とリィルの間に立つよう位置取りを続ける。



 砂鮫(サンドシャーク)側もそれを嫌って間欠泉を引き起こしたり、砂塵を振りまいたりして撹乱するのだが、目で索敵してないトーハに意味はない。



 背後のリィルに危害を及ばせないためにも回避は許されない。

 しかし、砂鮫(サンドシャーク)の凶悪な牙に防御など叶わない。



 先手を譲りながらも、後の先を持って一撃を制さなければならない。



 圧倒的不利でありながらも、これを制する手段をトーハは知っていた。

 もうこれ以上学ぶ機会を失ってはいるが、今は盗み見た一太刀で十分。


 少年は欠落しているモノは多いが、その代わりに()()()が良かった。



 これから起きる一瞬の攻防に集中を高めれば高めるほど背中の熱は上がっていく。

 流れ落ちる汗のように、じんわりと熱は体を伝って広がっていく。



 熱が体を伝い、腹にまで回り込んだ頃、トーハの目の前で砂の柱が昇った。



 一際大きい砂の柱が立ち昇る。

 巻き上げられた砂が砂塵となってトーハを撹乱させる。



 登り始めた太陽を目くらましに、砂鮫(サンドシャーク)がリィル目掛けて飛び掛かる。



 トーハを乗り越え、真上からリィルを食らいつこうとするそれに合わせ、彼は少女の傍にまで後退する。



「うごかないで」



 二言も許されぬ僅かな時間。守り切ると硬い意志を込め、トーハはリィルにそう告げた。

 先程目にした10メートルどころではない至近距離。

 血のこびりついた牙が生えそろう大口が1メートル前にまで迫っている。



 恐らく、リィルの腕を食べた個体だろう。

 横穴を出た彼らをすぐに襲撃したのも、彼女の血の匂いを覚えていたからだ。



 乾いた血の鉄臭さに気を取られず、トーハは柄を握る手に力を込めた。



 踏み込んだ足に力を込める。



 剣を振るのではなく、思い描いた軌跡をなぞるように剣先を走らせる。



「【絶】」



【断絶剣】と呼ばれる剣術、その基本形。

 推進してくる物体の勢いを断ち、後方に被害が及ばぬようその場で分断する達人技。



 物体を斬るのではなく、物体が通過する前の空間を斬る袈裟斬りは砂鮫(サンドシャーク)を真っ向から分断させた。



 ばしゃりと水音をたてて、砂鮫(サンドシャーク)は血をまき散らし真っ二つ。



「りぃるさま」


 一瞬の攻防を制し、仕事が終わったことを報告しようとトーハが振り向き。


「…………お疲れ様です」


 鮮やかな金色の髪を血で汚したリィルの、複雑そうな顔と鉢合わせる。


 彼は絶技を確かに再現していた。


 しかし、まだ技術不足なのか、別たれた体から噴き上げる血は八方に飛び散り、トーハとリィルの体を大いに汚していた。


「何か拭くものは……」

「ないです」

「…………はぁ」


 知っていた答えだが、聞かずにはいられなかったリィルが悲壮に満ちたため息を吐く。

 こんな砂漠地帯に水場などある訳もなく、しばらくこのままであることが確定してしまったことへの諦観だった。


 トーハが想像以上に便りがいのあることが分かって嬉しさ半分。

 ここから次の目的地であるリオドラまで、一切距離が分からない不安が半分。


「分かりました。──行きましょうか」


 前途多難な二人旅にリィルは嘆きたい気持ちでいっぱいになりながら立ち上がる。


「りぃるさま、なにかきます」

「……またですか?」


 が、持ち直した期待を穿つ新たな情報にリィルの感情は乱降下していた。


 砂鮫(サンドシャーク)を倒したトーハは目に見えて披露している。

 二度同じことをするのは難しいだろう。


 リィルも腕の出血で今は上手く魔術を使える気がしない。

 

 これ以上の戦闘は現実的じゃなかった。

 

 「…………」


 募りゆく焦燥。熱さのせいか、焦りのせいか、汗ばむ額を拭う。

 しかし、彼女の心配は無用だった。


「いいえ、てきじゃないです」

「……えぇ?」


 彼が言うには危険とは別らしい。

 

 感情のジェットコースターについていけないリィルの前に、何か駆動音らしいものが近づいてきた。

 砂鮫(サンドシャーク)がまき散らした砂のせいで全く姿は見えないが、何か箱らしき影が近づいてきている。


「そこの人達ー! 生きてるーーー!?」


 その影から腕らしきものが伸び、こちらに手を振っている。

 聞こえて来た声は女性らしきものだ。


「…………」

「はいっ」

「あ、ちょっとトーハ!」


 接近してきている影が追手かどうかも分からず、リィルが返事をするか迷っている間にトーハが答えてしまう。

 慌てて手で口をふさぐも、時すでに遅し。


 スピードを上げた影が駆動音を慣らしてこちらのもとまで接近し、二人の前で綺麗なドリフトを決めて停止した。


「ごほっごほっ──!」


 近寄って来た影の正体は荷台付きの車──トラックであり、ドリフトによってまき散らされた砂煙によってリィルが大いにせき込み、涙目でトラックの中にいる人影を睨んだ。


「おばあちゃんの見込みは間違いないってことかな? ──五体満足って感じでもなさそうだけど……こんなとこで生きてるなんてすごいね君達っ!」


 ばーんとドアをあけ放って飛び出してきたのは青いつなぎのオーバーオールを着た若い女性だ。

 血が付くのも気にせず、女性は唖然とする二人の少年少女の血だらけな肩に手を置きにこにこ笑っている。


「あの……? どちらさまですか?」

「クレハおばあちゃんから聞いてない? アタイ、ヒスイって言うんだけど……」


 聞いていた話と違うじゃん、とヒスイと名乗った女性が困り顔で頭を掻いていた。

 その動作と薄緑のショートヘアーが相まって快活な印象を二人に与えていた。


「クレハさんは知ってますけど……。特に何も……? そうですよねトーハ」

「はい」

「ありゃ……? もしかしておばあちゃん言い忘れたのかなぁ。最近忘れっぽいって聞くし……とりあえずメールの通りにしていいのかなぁ」

「はぁ……?」


 ぶつぶつと呟くヒスイの勢いに戸惑うリィルは気の抜けた返事しか出来なかった。

 とりあえず、敵ではなさそうで強張っていた彼女の体からは力が抜けている。


「ま、後で考えよっか! お二人さんはとりあえず荷台に乗って乗って! あんまりここで長居したくないし、リオドラに帰るよー!」

「え、あの」

「質問は後々! 砂鮫(サンドシャーク)に見つかったら面倒だからね!」

「え、え……ちょっと……」


 ぐいぐいと肩を押され、成すがままのリィルとトーハ。トーハに至っては理解が追い付かず、無言で成すがままだ。

 リィルも大した言葉を口に出来ず、戸惑いの声を残して押されるがまま荷台に乗り込んでしまう。


「はいっ、乗ったら捕まっててねぇ! 落ちたら知らないよっ!」


 すぐさま運転席に乗り込んだヒスイがエンジンをかけ、トラックを急発進。


「落ちたらって──わ、わ、きゃぁああ!?」


 ぐんと揺れたトラックにリィルが横転。荷台の上を転がりながら咄嗟にトーハの体を掴みながら悲鳴を上げる。

 トーハはとりあえず何とかなりそうな雰囲気なので、我関せずとリィルが落ちないよう支えることに努めていた。

 それしか出来ないとも言えるのだが、彼も彼なりに状況に適応しようと頑張っている。


 ともあれ、二人を乗せたトラックは猛スピードで砂漠を駆け抜けていくのだった。




 ──こうして彼らが繰り広げる探索者稼業。その前日譚は幕を閉じた。



これにて一章完結となります。


もし良ければ、いいねやブックマーク等頂けると大変励みになります。

次章の投稿予定は五月予定です。

2024/12/24:更新再開します。一月より再開予定


詳しい日程は活動報告、または後日投稿する閑話の後書きにて追記いたします。

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