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亡国王女は護衛をチップに荒野を生きる  作者: 青空
一章:奴隷から従者に〜バットビート、小さな幸運〜
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砂塵の殺し屋

 じゃり、と酷い異物感が歯に伝わる。舌を這うのは味もしない砂粒。

 不味いだとかの味覚を通り越して、純粋な不快さにリィルが目を覚ます。


 荒野の岩肌よりかはマシだが、柔らかいとも言えない寝心地の正体は文字通り山の形に積み上げられた砂だった。


「──」


 押し固められたせいで、見た目よりも硬いそれを忌々しく手で押して上半身を起こす。

 ただでさえ、ボロ布の擦り切れた繊維がピリピリと肌を刺してくるのに、ここに砂の粒が混じれば最悪だ。

 未だ慣れない着心地にリィルは状況の把握より、少しでも不快さを軽減すべく立ち上がることを優先した。


「トーハ? どこにいるの?」


 演技も忘れて、素の声色で従者の名前を呼ぶ。

 もしここに先程の同伴者たちが居れば面倒なことになりかねなかったが、幸いだれも居なかった。


 照りつける太陽は依然としてギラついている。

 瑞々しい少女の肌を遠慮なく焼いてくる容赦無い光にリィルは不機嫌そうにため息をついた。


 また一人で放り出された不安に胸が押しつぶされそうになりながらも、本能が生にしがみつこうと耳をそばだてる。


 そして、幸いにも一つの音を感じ取った。


「……?」


 ざぁ……と砂を掻き分けるような音だった。

 だが、人が砂を掬い上げるなどにしてはやけに大きい。

 もっと、大きい何かが砂を掻き分けるような──


「!」


 必死に周囲を探るリィルの視界に黒い何かが映った。

 三角に尖った何かが砂の上を駆けているのだ。


「サンド……シャーク……!?」


 先程読ませて貰った資料に書いてあった魔物の名。

 また名のを【砂塵の殺し屋】と呼ばれる砂を泳ぐ大鮫だ。


「……っ!【ファイアバレット】!!」


 認識してからの判断は早かった。

 腕を突き出し、赤の魔術印を作り上げて彼女の全力を撃ちにかかる。

 迷いない行動は無垢な少女が人や魔物の殺意に晒されながらも成長している証だった。


 魔法陣から吐き出される三つの火球。

 当たれば魔物と言えどただでは済まない。


 だが、砂鮫(サンドシャーク)のホームグランドであるこの砂漠では、話が変わる。


「……きゃっ!?」


 間欠泉の如く、何もない砂地から多量の砂が隆起する。

 砂と言えど、相応の質量を伴うそれは簡易的な遮蔽物として火球を遮った。


 ざあ、と舞い上がる砂の柱は何本も現れ、リィルを取り囲む。

 まるで砂の檻と呼べるそれは砂鮫(サンドシャーク)をリィルの視界から隠してしまう。


 唯一の逃げ道でもある空へ救いを求めるようにリィルが目を向け、太陽を覆い隠す影によって暗転した。


「──! 【ファイ──」


 それが飛び掛かってきた砂鮫(サンドシャーク)だと気付くのに、一瞬の間を要し、それはそのまま隙に変換される。


 開けられる大口。荒野鼠(ウエスラット)など比にならぬほど鋭利な牙。

 まるで走馬灯の如く、ゆっくりと映し出される光景を前に、少女の魔法はあまりにも遅い。せめてもの抵抗として、その場を飛びのくも、魔法を打ち出すため伸ばした腕は見事に逃げ遅れ──


「あう゛──っ!?」


 伸ばしていた少女の腕ごと、砂鮫(サンドシャーク)の大口が全てを喰らう。

 採れたての果実の如く、食いちぎられた腕からぷしゅりと血が噴き出す。


「い゛っ──!」


 足元を朱く染め上げながら、肘から先の左腕を失った少女が地に伏せる。

 耐えがたい痛みに手を付くことすらままならない。

 顔から倒れ、口に砂粒が入り込むが口内の不快感に構う余裕すらない。


「【……たす、けて──!】」


 残った右腕。手の甲に刻まれた刻印を輝かせ、助けを乞う。

 もし他の人に見つかろうものなら、今までの努力が水の泡だが今更のこと。

 そんなことを気にする暇もないリィルは本能に従って刻印を起動した。



 しかし、返事はない。

 それもそうだろう。声が届かねば命令は下されない。

 声が届くならもっと早く見つかっている。


 至極当然の話。


 出来ることはやはり逃走。残った右腕を杖に痛みを堪えて立ち上がり、逃げる先を探す。

 とにかく、あの背びれから離れなければ。その一心で周囲を探すも、噴き上げる砂の間欠泉に視界を遮られ、鮫の背びれを探すどころではない。


 肘先に走る痛みが、流れ落ちる血の流れを実感させ、脈打つたびにじんと痛みが駆け抜ける。


 急速に血が失われたせいで、視界はぼやけ逃げ道を探すことさえ出来やしない。

 纏まらない思考。まともに動かない体。乱れていく視界。

 体の意識が奪われそうな痛みだけが加速していく。


 その痛みに押しつぶされ。立ち上がって間もなく彼女の体は再び地に転がる。


「ファイ──ううん」


 反射的に漏れ出るかつての従者の名。

 けれど、もう彼は居ない。リィルは現実逃避をし続けるほど無能でもなかった。


「【トーハ! はやく、はやく来てくださ──!】 あ゛う……」


 少しでも可能性のある選択に彼女は僅かな時間をベットする。

 痛みにあえぎながらも、少女の声は砂塵舞いあがるこの荒野に響き渡っていた。


 少女が助けを求める最中も、時間は刻一刻と過ぎていく。

 舞い上がる砂柱に乗り、再び何かが影を落とした。


「──あいりぃる様!」

「……トーハ」


 滲む視界の中、リィルと同じ安物のローブに身を包んだ従者の姿を捉える。

 一時の安堵も許されぬ状況ではあるが、ほうと息を吐いたのは確かだった。


「遅い、ですよ」

「……もうしわけありません」


 再び砂の間欠泉が噴き上げる。

 砂の檻から得物を窺う狩人の背びれは一つから三つに増えていた。


「やれ、ますね?」

「……ゼンショします」


 期待は出来ないようだ。けれど、彼に命を預ける以外の選択肢はない。

 いつでも逃げ出せるように、リィルは右手を傷口に押し付け、痛みを堪えながら必死に戦況を観察していた。


 やがて背びれは地面深くへと潜っていき、噴き上げる間欠泉に乗じて空を舞い鮫としての姿を露わにする。


 迫りくる命のリミット。噴き上げては舞い落ちる砂の柱はまるで砂時計のよう。

 目減りする死の砂時計を前に、リィルの声はつい荒くなっていた。


「お任せ、できないのですかっ」

「ゼンショします」


 答えは変わらず、トーハは得物を構える。

 それは彼の体に染みついた剣ではなく、借り受けていた突撃銃。

 残りの弾数すら定かではないが、砂の檻に囲まれ、圧倒的アウェイな空間で彼の安物の剣など当てにならないのだ。

 素人の銃撃が当てになるのかどうか。と聞かれれば、それも微妙ではあるのだが。


 腰だめに構えられた自動小銃の銃口が再び空から襲い来る砂鮫(サンドシャーク)を狙いに定める。

 しかし、トーハはまだ引き金を引かない。

 その距離約20メートルほど。確かに素人には荷が重く、反動制御すらままならないのだから撃ったところで意味がないのもまた事実。


 そして、リィルが目にした凶悪の牙がはっきりと見える10メートルにまで距離は縮む。

 剣では届かないが、何とか当てられる間合いの話であれば。


 トーハは今度こそ引き金を引いた。

 荒野の太陽にも負けないマズルフラッシュが辺りを照らし、半分以上は外しながらも残りの弾を吐き出し、砂鮫(サンドシャーク)を蜂の巣にする。


 飛び掛かる勢いと、銃撃が相殺して宙で動きを止めたそれは墜落し、砂塵を撒き散らしてそれきり動かなくなった。


「りぃるさま。ここはきけんです。はなれます」

「え、ええ」


 用済みとなった自動小銃を投げ捨て、トーハはリィルを助け起こす。彼の鋭敏な五感が残り2体の大まかな位置を知らせているが、今なら逃げ切れると踏んでのの行動だった。


「持ちます」

「歩け──」


 問答無用でトーハがリィルを担ぎ上げる。

 横抱き等といった風情のある持ち方ではなく、運びやすさを重視して、まるで丸太でも担ぐように肩に乗せている。


「あの──!」

「しずかに、してください」

「……」


 立場上はリィルの方が上だ。奴隷紋を行使すればおろしてもらうことも出来るだろうし、もう少しマシな持ち方にしてもらうことも出来るだろう。


 だが、荒事に不慣れな彼女がとやかく言うのは違う。

 少なくともこの場はトーハに任せるのが最良である。

 無知の愚かさを曲がりなりにも知っている彼女は口をへの時にしながらも文句は言わなかった。


「逃げれそうですか?」

「おまかせください」


 久しぶりに聞いた気がする断定の言葉。

 なんだかんだやり遂げる彼にリィルは無意識の信頼をおいていた。


「……そうですか」


 安堵で思い出した疲労。出血もある。

 鈍くなる思考と思い出した疲労に身を投げ出し、少女はそっと目を閉じた。

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