乱入者・鼠の本懐
探索者同士であること。ローレン一行が面倒見のいい者達だったこと。
二つがかみ合いリオドラ行きの馬車内はほどよい賑わいを見せていた。
「……今はいいが、リオドラについたら銃を買っとけ。魔力があって魔術を使わねぇならリロード要らずの魔導銃でもいい」
「……ろーれんの、それ?」
「ああ。こいつはMB三式ってんだが──坊主には難しそうだからやめとくか」
「はい、わからない」
まるで片言で異国の言葉を喋っているようなトーハの返事は珍妙で、彼が生きて来た環境を察したローレンが苦虫を嚙み潰した表情を浮かべた。
「……店の奴に聞きゃあ教えてくれる」
「はい」
「兄貴、レーザーブレードはどうなんすか? こいつ剣は使えるっぽいっすけど」
「……れーざーぶれーど」
「ナシだナシ。あってもいいが、優先すべきは遠距離戦が出来ることだろ。それこそ砲台亀に何も出来ねぇ」
「……確かに。それもそっすねー」
ローレンと細身男が交わす探索者らしい会話。
あたかもそれは何だと問いかけるように、会話に含まれる聞き慣れない単語をトーハが適時オウム返しをする。
ローレンたちはその不躾な問いかけを馬鹿にすることもなく丁寧に拾い上げていた。
「だーかーら、まずは銃だ。練習も要るだろうがよ……妹さんを守るんなら一人でなんでも出来ねぇとな」
「頑張れよトーハっ!」
「う、う」
ぐしぐしと二人がかりで頭を撫でまわされ、首をがくんがくんと揺らされたトーハが若干息苦しい声を漏らしていた。
荒々しくも可愛がられるトーハをリィルは遠目に映しつつ、笑みをこぼしている。
「──兄さんも、楽しそうで良かったです」
「はは。そこまで気を張らなくてもいいと思うけどね」
「い、いえ。そういうわけには……」
「っと、ごめんね。いきなりあってばかりの人に気は許せないか」
ぶんぶんと勢いよく首を振るリィル。
気を使っている原因が違うからなのだが、そんなことを正直に言えるわけもない。
ただ会話をしているだけなのに、リィルは以前暗殺者に追われていた時と同じくらい思考を巡らせ、気を張っていた。
「とんでもないです! 興味深い資料がたくさんで楽しいです!」
「うん、そう言ってもらえると僕も報われるね」
(せ、正解……ってことですか? もう疲れましたよ~……ファーイ〜……)
亡き従者を心の中で呼び続けながら、リィルもまたトーハと別種の苦行を強いられていた。
そして、静寂は突然の激震によって破られる。
「きゃあぁ!?」
心臓が野放しにされたような浮遊感。
遅れて追いついて来た重力が皆へのしかかる。
バスが一瞬宙を舞い、着地によって衝撃がバスを揺らす。
がくんがくんと振り回される体に誰もが虚を突かれて言葉を失った。
「掴まれ! 舌ァ噛むなよ!」
そんな中でも冷静だったローレンが険しい顔で指示を飛ばす。
トーハたちもそれに倣い、手すりや開けっ放しの窓べりを掴んでいた。
「……運が悪いっすね兄貴!」
「違いねぇ! おーい、運転手さんよぉ! どーすんだー!?」
彼らの判断は迅速だった。
今の衝撃が砲台亀であったことを即座に見抜き、判断を仰ぐ。
この問いかけは運転手が冷静かどうかを調べるものでもあった。
撤退にしろ交戦にしろ、このまま穏便に逃げられる保証はない。
「アンタら何が出来るんだ!?」
「砲弾を何発かなら迎撃出来る!」
「完璧だなオイ! 上に上がりな! スピードは下げてやる! このままなら数発しのぎゃ縄張りは抜けられるからよ!」
「オーケー! ──ノルド! 聞いたな!」
「勿論っすよ!!」
窓べりから腕を突き出し、天井に手をかけながらローレンが叫ぶ。
名前を呼ばれた細身男こと、ノルドも狙撃銃を背中に担ぎながらサムズアップで答えていた。
「リーダー! 僕は──」
「ユンはニュービー共がこんなとこで死んじまわないよう守ってやれ! 先輩としてな!」
「了解です!」
「──っ」
即断即決だった。
そして、彼らの判断はトーハたちがお荷物になることを示している。
戦力どころか足を引っ張っていることに、リィルが顔を俯け下唇を噛んだ。
状況は少女の内心など知りもせず動き続ける。
バスの屋根上では大きな銃声がなり始めた。
連続しない単発の大きな音は恐らくノルドが持っていた狙撃銃によるものだろう。
「トーハ。何か頭を守れる物はあるかい?」
トーハは首を横に振る。彼が二人の全財産を持っている以上、リィルは聞くまでもなかった。
「そうか……次に車体が揺れたら頭を最優先で守ってね。いくらリーダーとノルドでも全弾防ぐのは厳しいだろうし……」
そう言いながらユンが自動小銃を持ち上げ、窓の外へと構える。
「僕の役目は、漁夫の利を狙う鼠の排除らしいからね」
ユンが睨む先には岩陰に潜みながらこちらを様子を窺う荒野鼠が居た。彼らもまた砲台亀の砲撃を警戒してバスに近づこうとはしないが、砲台亀の安寧を妨げるバスの駆動音が止めば飛び掛かって来るに違いない。
「全く。ずるがしこい奴らだよ」
そう言いながら、ユンが引き金を引いた。
薬莢をまき散らしながら彼の自動小銃が火を噴き、陰に潜んで機会を窺う荒野鼠達を撃ち殺していく。
「……にげてく」
バレていては分が悪いと悟ったのか、無様に背を向け遁走し始める。
呆気ない逃走。トーハが肩透かしとばかりに呟く。
それでもまだ隠れ続ける相手をユンは掃射で打ちぬいている。
多少は残っているだろうが、半分以上はこの場からいなくなっただろう。
「荒野鼠って単体じゃ誰でも倒せるから侮られがちなんだけど……あいつらの本質は荒野の掃除屋。隠れ潜んで弱った得物を狩る。油断はしないでね」
「分かり──きゃっ!?」
逃げる荒野鼠の後ろ姿を見つめているトーハの代わりにリィルが答えようとして、車体を揺らした爆風で思わず床に腰を落とす。
「砲撃だ。リーダー達が防いでくれてる」
窓から顔を出すユン。
上空から砲弾が流星の如く飛来し、宙で撃ち抜かれて爆発四散。
再び窓から入り込む爆風に彼は顔を覆った。
「まずい、追い付いてないな……」
度々吹きすさぶ爆風で砂塵が舞い上がり、バスの周囲はどんどん見通しが悪くなる。
揺れるバスの上では、狙いをつけるのも難しい。
もっと余裕を持って撃墜するはずが、ここまで爆風が押し寄せているのは恐らく弾を外してしまったのだろう。
一度外せば次の砲弾を迎撃するのが遅れてしまう。
積もり積もったタイムラグはいずれ命取りになるだろう。
「こほっ、こほっ……!」
「慣れてないうちは袖口で守るといいよ。けど、お兄ちゃんの方は仕事がある。悪いけど今は猫の手でも借りたいからね」
「はい」
入り込んで目を傷めつける砂塵に顔を歪めることもなく、トーハが真顔で頷いた。
そんな彼へユンは持っていた突撃銃を押し付けた。
「これ、当てれなくてもいいから荒野鼠が来たらぶっ放して。威嚇で十分だから」
「はい」
「頼んだよ。僕は二人の援護に行ってくる」
そう言ってユンが窓から体を出して、屋根上へとよじ登っていった。
「銃、使えるんですか?」
「……これを、引く?」
取り残されたリィルは不安がちにトーハに体を寄せて尋ねるが、引き金に軽く指をかけて首を傾げるトーハの姿は非常に頼りない。
「……守ってくださいね」
「はい、ゼンショします」
「……はぁ」
良くも悪くも愚直なのが困りどころだ。
やろうとはするし、指示には従う。決して見捨てはしないだろうという信頼が持ててしまうのは、先の暗殺者に襲われた時のトーハの奮闘ぶりが原因だ。
なんとかしてくれそうな期待を持たせる何かを彼は握っていた。
「……うちます」
未だ少女の心構えが整わない中、彼は前触れなく仕事を始める。
「え?」
突如バスの後方座席へ向かったトーハが窓から銃を覗かせ、ためらいもなく引き金を引いていた。既にセーフティを外されていた自動小銃が火を噴き、ひっそりと近づいていた荒野鼠をハチの巣にする。
「……あ、ありがとうございます」
「はい」
バスの目の前でころりと倒れた荒野鼠を遠くから見ていたリィルは顔を青ざめさせながら、礼を口にする。
まったく接近に気付けなかった自分の無警戒さ、もしかすると背後から齧りつかれた恐怖のせいだ。
「気を付けないと……」
まるで花火の如く上空から響く爆音にほんのり眉を持ち上げつつも、気を引き締めなおす。仮にも次期当主候補として育てられた身。
へこたれてなどいられない。
そう意気込んで窓の外に目を向ける。
全方位を警戒するのは、温室育ちの彼女には難しい。
だからせめてと、進行方向に対して右側に目を凝らした。
「──伏せな!!!」
「え──」
そんな決意を固めた瞬間だった。
焦燥を募らせた野太い声が響く。
「ふせ──? ゃ!?」
意味を理解し、彼女が行動に移せるまで三拍は必要だった。
それよりも早くトーハがリィルを後ろから押し倒し、地面に伏せさせる。
ここまで二拍。
そして三拍目。
バスの目の前に着弾した砲弾が爆発を引き起こした。




