教師近藤とプレゼント 教師近藤と気象予報士 教師近藤と飲み物
●教師近藤とプレゼント
二十代のサラリーマンの大田武寛は苦悩していました。
それに気づいて心配になった、彼の会社の同僚で、同期入社で友人でもある祖父江潔が、仕事の休憩時間に訳を尋ねました。
最初は大丈夫としか答えなかった武寛でしたが、やはり自分一人で悩みを抱えているのはしんどいと判断したようで、しばらく経ったある日に潔を自宅に招いて、理由を説明し始めました。
「俺の中学生のときの担任に、近藤先生という人がいたんだよ。夏休みに俺は家族で旅行に行き、土産をその先生にも購入して、二学期早々に手渡した。すると、それから間もない九月十五日に、俺の家に先生から荷物が送られてきた。手紙が付いていて、俺があげた土産のお返しだということが書かれてあって、開けると中身は近藤先生がデザインされた小さい人形型の置き物だったんだ。それで翌日、学校で先生にお礼を言った。全然嫌な贈り物じゃなかったし、建前でじゃなく心からな」
「ふーん」
武寛の表情はここのところずっとそうだったのと変わらず暗く、重い空気でしたが、話の内容はたわいがないもので、潔は拍子抜けしました。
武寛は続けました。
「それから一年後、そのことなんてすっかり忘れていたのに、また九月十五日に近藤先生からの荷物が宅配されてきてさ。開封したら、前の年と同じ人形型の置き物だったんだ。ただし、大きさがちょっとばかり違った。少しして気がついたんだけど、それはマトリョーシカだったんだ」
「あー、マトリョーシカ。ロシアので、有名だよな」
「うん。知ってるなら改めて説明する必要もないだろうけど、人形の中に一回り小さい人形が入っていて、その中にはさらに小さい人形が入ってるってやつで、先生がくれたのはそれだったとそのときわかって、ずいぶん手の込んだプレゼントをするな、俺が土産をあげたことやお返しに対してしたお礼の言葉をよっぽど喜んでくれたのかな、って思ったよ。ただ、少し引っかかったのは、二度目に送られてきた人形のほうが前回のより大きかったんだ。そして、その次の年にも同じ日にさらに一回り大きいそいつが送られてきて、俺が実家を出て一人暮らしをするようになっても、どうやってそのことや住所を知ったのか、やっぱり同じ日に人形が送付されてきて……。もうだいたいどういう展開になるか想像がつくだろ?」
「ま、まさか……」
そうつぶやいた潔は、大きめで正面にあったことから、現在いる部屋にお邪魔した際に一番に目に入っていた、壁に吊るされた状態で貼ってあるカレンダーにた視線を移しました。武寛が口にしたように先の展開、イコール何に頭を悩ませていたのかを理解することができた彼は、なぜ武寛は悩みを打ち明けるのに、会社や、両者に都合が良い他の場所でも可能だろうに、わざわざ自宅に自分を呼んだりするのかなと思っていましたが、その疑問も解消しました。
「ああ」
潔がすべてわかったのを悟り、武寛はうなずきました。
その日はそう、九月十五日だったのです。
「ピンポーン」と武寛のマンションの部屋のチャイムが鳴りました。
「はーい……」
頭では理解できても、いざ現実を目の前にすると「本当かよ」という心境で、茫然として固まってしまった潔を残して、気力が失せた状態ながらも慣れている武寛は淡々と玄関へ向かいました。
「お届け物です」
声が響いてほどなく、潔が感づいた通り、武寛はドでかい、彼の身長を上回る大きさの荷物を抱えて戻ってきたのでした。
●教師近藤と気象予報士
ある日、テレビのとある朝のニュース番組で、天気予報のコーナーの時間になりました。そこで通常は四十代の男性の気象予報士が登場するところ、なぜか現れたのは近藤でした。
「天気予報は気象予報士の小泉さん、のはずですが……ええっと、どなたでしょうか?」
一緒に進行する女性のキャスターの板橋繁美が困惑しながら、しれっとやってきた彼に、そう話しかけました。
「私は中学校で教師をしている近藤と申します。現在生徒たちが職場体験を行っている時期なもので、頑張っている彼らに触発されて私も何かやろうと思い立ち、お邪魔させていただいたのです」
「……はあ」
繁美はどうしたらよいものかとディレクターなどを見ましたが、皆突然のことに茫然としてしまっていました。暴力的な乱入者であればすぐにコマーシャルを流すといった指示が出たでしょうけれども、近藤の見た目が新しいお天気キャスターと言っても違和感がまったくないのに加え、あまりに堂々としているサマに、呆気に取られていたのです。
何かしゃべらなくてはというのもあり、彼女は再度近藤に質問を試みました。
「それで、小泉さんはどうされたのでしょう?」
すると、冷静に愛想よく話していた近藤の態度が急変しました。
「知るかよ、あんな奴!」
それはまるで、友達のことを訊かれて、ケンカしているためにカッとなった、子どものようでした。
「……」
言葉を失った繁美でしたが、やはりそのまま黙っているわけにはいかず、「天気予報の時間は短いのだし、穏便に進めたほうが傷は浅く済むのではないだろうか」ととっさに考えて、やむを得ず近藤を認めて受け入れることを意味する、次の台詞を口にしました。
「それでは、今日のお天気のほうは?」
近藤はすっかり落ち着きを取り戻して答えました。
「はい。昨日同様、全国的に晴天に恵まれるでしょう」
その言葉を皮切りに、彼は無難に気象情報を伝えたのでした。
翌日になり、本来の天気の解説を行う小泉が、近藤が画面に出たテレビ局にやってきました。
「あ、小泉さん。昨日は何かあったんですか? 大丈夫なんですか?」
その姿を目にした、彼が出演する番組のスタッフや出演者たちは、口を揃えて問いかけました。
「大丈夫です。何も問題はありません」
小泉は前の日に現れなかった点に関しては何も語らず、平然とした顔でそう返事をするのでした。
「あの近藤という人はいったい何なんです? どういったご関係なんですか?」
大概の人が続けてそうした質問をぶつけると、小泉は血相を変え、叫ぶ感じで言いました。
「知るかよ、あんな奴!」
ずっと普通に真面目に番組に携わってきて今まで見せたことのない、しかも昨日小泉について尋ねられたときの近藤と言葉も態度もまったく同じという、彼のその振る舞いに、問いかけをした仕事仲間の番組関係者たちはまたしても呆気に取られました。
そんなこんなで時間は過ぎていって放送が始まり、しばらくして天気のコーナーを迎えました。
番組を統轄する者たちの話し合いで、スルーしたほうがいいとの主張もありましたが、毎日欠かさず番組を観てくれている人たちのためにということで言及する結論に至った、本人には再び尋ねることになる危険な問いを、任された繁美は小泉に冒頭で行いました。
「すみません、小泉さん。予報の前に、昨日のあの方は何だったのでしょうか?」
すると、心配した事態が起こりました。
「知るかよ、あんな奴!」
小泉はここでも、キレた調子でそう回答したのです。
繁美は、「訊くんじゃなかったよな」と気が滅入りつつも、生放送の経験はけっこう積んで鍛えられていて、前日もそうでしたが、すぐさま気持ちを切り替えて何事もなかったかのように笑顔になり、その日の天気の話に移っていきました。小泉も、気象情報はこれまで通りきちんと伝えました。
そうして、もう触れられることはなくなって、近藤による天気予報に関わったり見たりした誰もが脳内にいくつものクエスチョンマークを残したまま、時は流れていったのでした。
●教師近藤と飲み物
近藤は、健康に良さそうなので、野菜ジュースを摂ることにしました。
片手を腰に当て、普通に飲んでいましたが、途中でいったんやめました。
「……」
何かを深く考える感じの表情になると、容器のパックを少しの間しげしげと眺めました。
近藤は、健康に良さそうなので、野菜と果物のジュースを摂ることにしました。