教師近藤と詩 教師近藤とイベント 教師近藤と文化祭
●教師近藤と詩
近藤が、教室で行っていた授業の途中に突然、流れに反して、黒板に何やら書き始めました。
それは次のようなものでした。
〈手に入れろ 手に入れろ
手に入れろ 理想の筋肉
入れろ 入れろ 手に入れろ
手に入れろ 最上の筋肉〉
そして、そのポエムっぽい言葉を少しの間無言で眺めると、納得したらしく大きくうなずきました。
近藤は時折こうした行動をとります。初めのうちは何事かと戸惑った生徒たちでしたが、ただ思いついて、書きたいから書くのだとわかってきて、今ではもう慣れっこなので、皆黙ってやり過ごしました。
そんななかで一人、室田俊満という男子だけは、それを開いていたノートに書き写しました。
といっても、気に入ったから残しておきたいなどと思ったためではなく、板書されたものはノートに記すという小学校で身につけさせられた習慣で行ったに過ぎませんでした。生徒は誰しも近藤の詩に関心はありませんでしたけれども、彼の興味のなさかげんはクラスの上位でも五本の指に入るほどのレベルであり、本当に何も考えていなかったのです。
その数日後のことでした。そういう年頃と申しましょうか、特に理由はなかったのですが、家庭での口数が最近めっきり減った俊満を、心配に思った彼の母親が、何かあるんじゃないかと、本人に気づかれないようにこっそりカバンや子ども部屋の机の引き出しの中などを調べました。
そこで、ノートに書かれた、あの近藤の詩を目にしました。
「……何なの? これは」
タバコのようなはっきりとした問題は見つかりませんでしたが、こうして彼女の不安はもっと大きくなってしまったのでした。
小学生のときの担任も注意しましたけれど、ぼーっとするところがある俊満に、黒板に書かれたものはきちんとノートに写すよう、とりわけ強く言って聞かせたのが彼女だったのは、なんとも皮肉な話です。
●教師近藤とイベント
その日、近藤は様子がおかしかったのでした。
彼は担任をしているクラスでの授業中に動揺した態度で、特に女子生徒と話す際はあたふたする感じが見ていられないほどでした。
どうして女子生徒に対して目立ってそんな振る舞いだったのかというと、この日はバレンタインデーだったのです。
しかし生徒たちは皆、「嘘だろ?」「まさかな」などと思い、別の理由があるのではないかと考えました。それはそうでしょう。中年のいい大人がバレンタインデー、それも教え子相手に、緊張するだなんて。
けれども翌日に、前の日のはそのまさかだったことが明確になりました。というのは、近藤は一転して、やはりとりわけ女子たちに、露骨にそっけない接し方になったのです。
こんなにわかりやすい人は、探したところで他に見つかるでしょうか? 彼より圧倒的に歳が下で、多感な時期で、学校でチョコレートをもらう主役と言っていい立場の男子生徒たちでさえ、気になっていても、また残念ながら一つももらえなくてがっかりしても、平然としているくらいできるというのに。
そのあまりの光景を見かねた真面目な女子の敷島晴英が、さらに次の日の二月十六日に、クラスや生徒を代表する気持ちから敢えてみんなが揃っているタイミングで、近藤にチョコを差しだしました。
「本当は十四日にお渡ししようと思ったんですが、学校にチョコを持ち込んでよいものか迷って、やめてしまいました。昨日はバレンタインデーではなくなったので持ってこなかったんですけど、やっぱりと思い立って、今日持ってきたんです」
と、説明をして。
「ふーん。そうかい」
近藤は平静を装いましたが、まったく装いきれておらず、嬉しくてたまらないのが誰の目にも明らかでした。気を遣われているだけなのにチョコをもらえたから大喜びするというその単純さや、またしても本心が丸バレであるといった、彼の間抜けっぷりに、生徒たちは全員呆れた表情になりました。
近藤はチョコをくれた晴英に言いました。
「義理なのはわかってるし、そこまで嬉しいってことはないけど、私はチョコレートが好物だからさ。まあ、ありがとう」
そのように言葉でもたいしたことはないと演出しましたが、声が弾んでいて全然演じられていませんでした。
そんな状況で、鈴木麻美が一人、心の中でこうつぶやいていました。
今口にした最後の部分だけは本当だよな。チョコが好物っていう。
●教師近藤と文化祭
学校で、もうすぐ文化祭が行われる時期になりました。何かの制作、準備、練習と、生徒の動きが活発になるなか、近藤は変わらぬ日常を過ごしている様子で、文化祭への興味は薄いように見えました。しかし近藤のクラスのコたちは、「先生のことだから、いざ文化祭になったら、突然舞台にギターを持って登場して、オリジナルソングを披露しそう」などと話していました。
そして迎えた文化祭の当日に、やはり近藤、文字通り学校のお祭りであるこのときに特別なことを何もやらないまま終わるわけはなく、演劇が上演されたりしている体育館の壇上に、あらかじめ発表されたプログラムにはなかったのに、つまりはサプライズで、姿を現しました。
けれどもそこで披露したのは、生徒の多くが予想していたギターの弾き語りではありませんでした。
近藤の出現後すぐに、頼んでおいたらしく別の人たちによって巨大な太鼓が運び込まれ、その間に彼自身は着ていたスーツを皆が見ている前で派手に脱ぎ捨てました。続けて、ねじりハチマキを頭に巻くと、あと身につけているのはメガネ以外ではふんどしのみという格好になり、両方の手のひらにつばをかけ、用意ができた和太鼓を猛烈な勢いで叩き始めたのです。
近藤は客に背中を見せる向きで演奏しており、異様なほどに前傾姿勢でした。そのうえ、やたらと腰を振るために、観ている人の大半の視線が近藤の尻に集中することになりました。
人々は近藤が自らの尻を自分たち観客に見せたがっているように感じましたが、本当のところはわかりません。ともかく、その腰の動きといい、メインのはずの太鼓の音よりも、荒々しくて滑稽な本人の見た目やアクションばかりが印象に残るパフォーマンスなのでした。また、堂々と見せるだけあって、彼の尻はデキモノ一つなく、つるつるの肌は光り輝くくらいでした。
その日の出来事は、客席にいたかなりの割合の人の夜見た夢の中に近藤の尻が出てきたというので、伝説になったのでした。