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プロローグ 教師近藤とテスト 教師近藤とサボり

 むかしむかしあるところに、ではなく、現代のある中学校に、教師をしている近藤という男がいました。

 彼は、年齢は四十代の半ばくらいで、横で分けてきっちり整えられた髪に、おしゃれなポイントが一つもない地味なメガネ、そして模様は一切なく、抑えた色合いのネクタイとスーツ姿の、昔ながらの典型的な日本のサラリーマン、もっと言うなら、メガネのフレームだけで実際の目は描かれずに省略されてしまっている、漫画の脇役のさらに脇にいるキャラクターといった、すこぶる薄い印象の容姿です。

 しかし、それとは対極を成すと表現できるほど、言動はハチャメチャなのです。

 彼のハチャメチャぶりがどのようなものか、この教師近藤の風変わりな日々を、これから紹介いたします。

 それでは、とくとご覧ください。


●教師近藤とテスト


 近藤が教鞭を執っているのは、彼の外見と同じくらい、さしたる特徴がない、普通の公立の中学校です。

 そして中学校なので定期テストがあります。その日、彼は他の教師同様に試験官の役割をしていました。

 生徒たちがテストに悪戦苦闘するなか、近藤は教室の前方にある教卓のところで椅子に座り、じっと試験の様子を見守っていました。

 ところが、試験が開始して三十分が経過した頃です。彼はおもむろに立ち上がって廊下のほうへ歩きだし、ドアを開けて教室を出ていってしまいました。

 テストでそれどころではなく気に留めない生徒が多かったですが、不正が行われないかチェックしたりする立場として、特別な事情でもない限り目を離してはいけないのは当然であって、不適切な行動でしょう。気にかけたコたちも皆、トイレにでも行ったんだろうなどと考えて、まったく混乱にはなりませんでしたけれども。

 また、近藤がいなくなったのはほんの十秒程度で、あっという間に教室に戻ったのでした。出てすぐの廊下に何かがあったのでしょうか? ともかく、これならばなんとか問題にはならずに済むかもしれません。

 そうして近藤は再び教卓の位置に腰を下ろしました。

 しかし、彼の目の前にいる、最前列で中央の席の女子生徒の鈴木麻美が、あることに気づき、こう思いました。

 あれ? なんかチョコレートのにおいがする。

 そこでさりげなく近藤に目をやると、なんと彼の下唇の一部分が茶色くなっているではありませんか。

 嘘でしょ? テストが終わってから食べればいいのに、我慢できなかったの?

 麻美が呆れるなか、近藤の態度は毅然としていましたが、そうやって平静を装うのはわかるものの、その表情はなぜだか妙に男前な感じだったということです。


●教師近藤とサボり


 近藤が勤務している中学校の男子生徒である手嶋康太は、掃除当番をよくサボります。

 同じ班の女子生徒たちからちゃんとやるように再三注意されても、「うるせーよ」と言い返したりして、彼女らとのそのやりとりを楽しんでいるふうもあり、まったく態度を改めませんでした。

 そんな彼がある日の放課後に帰宅しようとカバンを持って学校の廊下を歩いていたところ、担任の近藤に呼び止められました。

「ちょっといいかな?」

 口調は穏やかでしたが、近藤は気が立っていて、それを抑えているように見受けられました。

「え? はあ」

 そして誘導されて彼らのクラスではない教室に入ると、そこは普段あまり使用されない部屋で、そのときも誰もいませんでした。

 あいつら、チクったな。

 康太は同じ班の女子生徒たちが自分が掃除をサボることを告げ口して、そのせいで、近藤は人目につかないこの場所でこれから説教を始める気なのだと考えました。

 すると近藤が口を開きました。

「ものまねを見てもらいたいんだけど、いいかな?」

 そう言うのと同時に、一気に顔をほころばせました。

「え? ものまねですか?」

「ああ」

 近藤はしっかりとうなずきました。

 康太はあまりにも予想外の問いかけで頭が働かず、次の言葉がすぐには出てきませんでした。

 そうして返事がまだにもかかわらず、近藤はものまねを見せたくてうずうずしている様子で、続けてしゃべりました。

「じゃあ、やるぞ。ゾウな」

「ぞ、ゾウ?」と、声にしていたならばツッコむ感じで、康太は思いました。

 近藤は、ゾウの鼻を表現しているのでしょう、右腕を下に垂らしてから大きく振り回しだしました。

「パオーン」

 彼がやったのは、ゾウが喜んで体を激しく動かすという、実際にはあまり目にする印象がない場面のまねでした。

「どうかな?」

 近藤は軽く息が弾んだ状態で動きを止め、感想が聞きたくてたまらない雰囲気全開で尋ねました。

「……はあ。似ていると思います」

 康太は引きまくりながら答えました。

「そうか! よーし、もう一回やるぞー!」

 近藤は自信をつけてしまったらしく、普通教師が生徒に見せることのない滑稽な動作を再度行い始めました。

 康太は戸惑いつつも、どうやら説教はされないようなので、ほっとしました。

「パオーン」

 けれども、それから二十分くらいが経過しても、近藤は高いテンションを維持したまま一向にそのものまねを終わらせようとしません。

 叱られないしと我慢して付き合っていた康太でしたが、しびれを切らして話しかけました。

「あの、先生」

「ん?」

「用事があるのでそろそろ帰りたいんですけど、いいですか?」

「おお、そうか。悪かったね、夢中になってしまって。昨日家の中で鏡に向かってやって、あまりに手応えがあったから、クラスのみんなに見せたかったんだけど、今日は披露するタイミングがなかったもんで、やりたいエネルギーが充満しててさ。いいよ、いいよ、帰りなさい」

 ようやく二度目の静止をして、近藤は言ったのでした。

「はい。じゃあ、失礼します」

 康太は安堵してその教室を出ました。

 ところがです。自宅へ歩く康太の後を、なぜか近藤がゾウのまねをしながらついてくるではありませんか。

「パオ、パオ、パオ〜ン」

 学校の外の路上でもお構いなしなうえ、さっきよりハイになった様子で動きは激しさを増しており、すれ違う人は皆、当然二人を奇異の眼で見ました。

「どうしてついてくるんですか?」と康太は口にしようかと思いましたけれども、近藤の性格上、何か理由をつけるなりして、どうせ変わらずついてくるだろうと判断し、無駄な抵抗はやめました。

 家に到着すると、さすがに近藤は去っていきましたが、そのときには康太の精神状態はボロボロになっていました。

 近藤は掃除をサボる自分へのお仕置きであんなことをやったのではないかとも考えながら、それがわかったところでつらかった記憶がなくなりはしないしなと、康太は翌日に近藤本人に訊くなどして真相を追究しようとはしませんでした。

 ただ、以降彼が掃除をサボることは、一度たりともなかったのでした。

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