388話 10/19 46人目の客
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「それでだ。クライヴ君、そろそろ客と会話が出来そうか? 終始無言でも構わないと言えば構わないが、それだと楽しくないだろう? 客との会話を楽しめるようになった方がいいぞ?」
「そうは言われましても店長。何を話して良いのか、全くわからないですよ。何か変な事を言ってしまわないか心配で心配で堪らないんです。折角来てくれた人を不快にさせたくないですし」
うーん。言いたいことは解るんだが、無言で接客というのもどうなんだろうって思う訳だ。何も話さないでも魔法が売れれば良いとは言え、終始無言で居て良いものなのか。
議論の余地はあるとは思う。話しかけるべきか、話しかけないべきか。魔法を売りにしているから、話す必要は無いんだよな。見て貰えればそれで良いんだから。ただ、客側が情報が欲しい場合もあるからな。特に解らないことについては、聞きたいと思うんだよな。
聞かれたら答えるというスタンスでも良いんだが、世間話から何かを得る事もあるだろうし、新たな魔法の発見にも繋がるかもしれない。積極的ではなくてもいいんだが、話せるようにならないと。
性格の問題もあるんだがな。絶対にしなければならないって訳でも無いんだし、強制するのもちょっと違う気がするんだが、チャレンジしてみるのも良いと思うんだよな。話してみると、まともな人が多いんだし、失敗しても大丈夫だとは思うんだよな。
「まあ、経験を積むのは良い事だと思うから、次の客が来たら、何か話をしてみてみろ。基本的には私が話しているから、そこに軽く割って入ってみろ。難しい事じゃない。自分の意見を言うだけでいいんだ。当たり障りの無い事でも良いんだよ。とりあえずは勉強がてら何かしら話してみよう」
「うぅ。初めてのお客さんになる可能性が高いんですよね? 常連さんにした方が良いんじゃないですか? 常連さんなら、何とか、なるかもしれないですし」
「常連で言うと、ギースやジョージが話しやすいだろうが、まあ、やるだけやってみよう。無理なら無理でも構わない。会話の練習だと思ってやってみるんだ。失敗しようが大丈夫だから」
なんと言うか、コミュ障という訳では無いんだよな。内気なのはそうなんだが、人見知りとでも言えばいいんだろうか? この店に来た時は、普通とは言わないが話せていたしな。
慣れてしまえば何ともないと思うんだがね。慣れるまでが大変なのは解っているつもりなんだが、そろそろ流石にな? 次来た客で練習するのが良いと思うんだよ。
まあ、練習って感じで良いんだよな。客側も露骨な事を言わなければ大丈夫の筈なんだよ。男性の身長の話とか、女性の年齢の話とかな。明らかにNGって所を避ければ何とかなると思うんだよ。
バン! カランカラン
「ふううううぅぅぅぅぅぅぅぅははははははは! ふううううぅぅぅぅぅはははっはっはあ! 流石吾輩! 見事である吾輩! 新しい魔法屋を発見したぞ! これぞ我が才! 我が天啓! 我の求めに従うが如く! 新たなる魔法屋を発見したぞ! ふはははははは!」
「いらっしゃい。ゆっくりと見て行ってくれ」
「……」
「新たな魔法屋を見つけたら何をするか! 魔法を見るのだよ! 見なければならない! 見定めなければならない! しかし、我が英知には、この魔法屋の魔法たちが吾輩を呼んでいる! 使ってくれと叫びよる! これは使うしかあるまい! 故に! この天才である吾輩が! ここにある全ての魔法を解き明かして見せよう! ふはははははは!」
……これは、無理だな。クライヴ君が会話をする以前の話だろう。こっちの話を聞いてくれるのかが心配だ。話を聞くタイプには見えない。何とかして、名前とクランだけでも教えて貰わないといけないだろうな。さて、どうやって聞き出せば良いんだろうか。
「魔法が呼んでいる! 吾輩を呼んでいるぞ! ふははははははは! ぬ? これか! 吾輩を強く求めている魔法は! この魔法で違いない! ん? なんだこの紐は。邪魔だ! 吾輩の魔法との対話を邪魔するこの紐はこうだ! ふははははは! これで邪魔者は居なくなったな! さあ、魔法よ! 吾輩を求めよ! 全てを読み解いて見せよう! ふはははははは!」
うーむ。どうするのが正解なのか。紐が何処かに放り投げられてしまった。後で回収するとして、何故か良く解らないが、麻痺魔法を見ているようだし、まあ、良いか。
深く考えるだけ無駄な気がするな。会話は不可能だな。自分で発言して自分で解決している。こういうタイプも居るんだよな。魔法使いに限らずなんだが。
「読める! 読めるぞ! 良い! 実に良い! 素晴らしい! 今までに無い魔法だ! 素晴らしい! これは凄いぞ! ここまでの効果がある魔法は初めてだ! 威力も悪くはないが、素晴らしいのはこの効果だ! 吾輩を呼ぶに相応しい魔法だ! ふははははははははは! 良い! 良いぞ! これでこそ魔法! 我が英知を持って、全てを解き明かしてやろう! ふははははははは!」
「……」
クライヴ君が絶句している。何かを言いたいとかそんなものではない。何か見てはいけないものを見てしまったかのように、固まっている。暫くは返ってこないだろうな。大丈夫なんだろうか。
客の方は大丈夫だろう。かなりの変人みたいだしな。これの名前を聞かないといけないのか。聞く必要はないんだが、一応、顔と名前は一致させておきたいからな。……言動だけで特定できる気がするんだが、一応な? ただ、割り込む隙があるのかが問題なんだが。
「見える! 見えるぞ! ノイジーバードの群れが、ゴブリンに突撃していく様が! 素晴らしい! これはかなりの命中精度を誇るだろう! それに射程も素晴らしい! 形がノイジーバードを取る事で、無限に等しい射程を手に入れている! この魔法に追われればひとたまりも無いだろう! 素晴らしい! 吾輩に使われることを待ち望んでいたかの様な魔法である! ふははははははははは! ああ、是非とも使ってやろう! 天才であるこの吾輩が! 使いこなして見せよう! ふははははははははは! ふうううぅぅぅぅははははははは!」
入る隙が無い。常に何かを叫んでいる。これは凄いな。ある意味凄いとしか言いようがない。ここまでの人は中々いないんじゃないか? 無茶苦茶ではあるんだが。
分析が凄いのは認める。魔法の解釈というものは、非情に難解なんだよ。単純に書いてあるわけではなく、紆余曲折した何かが書かれていることが多いんだ。それを正確に読み取っているんだと思うんだが、何故に私よりも詳しく読み取れているんだろうか。
使ってきた感想を聞いた私と遜色ないほどに読み取っているんだが? 書かれていない内容まで読み取っているんだが、本当にこの人は何者なんだ?
ある種の極まった人物であるというのが正しいんだろうな。分析はきわめて正確。自己完結型の人ではあるんだが、まあ、悪い人では無さそうなんだよな。面倒だなとは思うが。
「我が前にはこの程度の魔法など赤子の手を捻る程度のものである! 故に! 全てを理解した! この天才である吾輩の前には! 初級魔法など見ただけで全てが解るのである! ふははははははははは! 勿論! 使うに値するかも! 当然の如く! 解ってしまうのである! この魔法は吾輩に使ってくれと訴えている! 有能な魔法であるが故に! 天才である吾輩に! この! 天才である吾輩に! 使ってくださいと懇願している! ならば使ってやろう! 愚鈍な奴らに使われるくらいであれば! この吾輩が使ってやろうではないか! 感謝するのである! ふははははははははは! ふうううぅぅぅぅははははははは!」
良く解らんが、買う方向に決まりそうだな。この手の手合いに関わるだけ無駄な気がするな。話しかけても無駄な気がする。だが、料金を払ってもらわないといけない訳なんだが、どうやって払ってもらえばいいんだろうか? 何時話しかければ良いんだ?
「ふははははははははは! 素晴らしい魔法だ! わっぱ! これを作ったのはわっぱだな! 魔法の出来の良さは素晴らしい! 吾輩が使うに値する魔法だ! これならば中銀貨5枚は堅いな! 故に! 中銀貨7枚を支払うのである! 遠慮はするな! 魔法が使われたいと訴えているのだ! 吾輩はそれに答えよう! 魔法にも意思があるのだ! 吾輩には解る! この魔法が吾輩に使われたいと願っているのだ! わっぱはその価値の仕事をしたのだよ! 光栄に思うがいい! ふははははははははは! ふうううぅぅぅぅははははははは!」
「……毎度どうも。またどうぞ」
「実に良い買い物であった! また来ようぞ! 吾輩を呼ぶ魔法が現れたときには! 吾輩が! 直々に! 迎えに来るのである! ふははははははははは!」
……行ったか。結局誰だったのか解らないままに終わってしまった。聞くか聞かないかと言われたら、聞いても無駄だと回答しよう。あれはそういう手合いなんだ。
さて、問題はこのクライヴ君だな。話そうと必死になった結果、固まって動かなくなってしまった。クライヴ君も運が悪いな。私よりも運が悪いと言わざるを得ない。あれは会話が不可能なんだ。早々に諦めて思考を切り替えれば良かったんだろうが、呑まれてしまったか。あれは災害みたいなものだと思うしかないと思うんだよな。




