第五話
「それにしても、本当にどうにかしないと……ただ日々を過ごすだけでも金はかかるというのに」
ハンスが考え事をしながら歩いていると、普段見かけない、真新しい店舗が見えた。
入口は狭く、中は薄暗いし、店頭にはなんの店か分かるような印もなかった。
「お兄さん。どうだい? 中を見てかないかい? 開店記念でお安くしておくよ」
「これはなんの店だい?」
「うん。いわゆる奴隷を扱う店だよ。ああ! 心配しないでくれ。別に違法のやつじゃない。合法的なやつさ」
「合法って事は亜人を扱ってるのか?」
この国では人間の奴隷は禁止されているが、亜人と呼ばれる、人間に姿の似た魔物を奴隷にするのは合法とされた。
ただし、合法とされているだけで、魔物を身近に置くという行為に、嫌悪感を露わにする者も多い。
奴隷ではないが、多くの魔物を実験動物として扱ってきたハンスにとっては、少しも気にならない事だったが。
「そうだよ。お兄さん。よく知ってるね。サービスするよ。見るだけタダだから。入って入って」
店頭に立っていた男は、そう言うとハンスの背中を押しながら、店内へと案内した。
外から見えた中は薄暗かったが、奥は十分な明かりが付けられていた。
思いの外広い店舗の中には、檻に入れられた様々な種族の亜人がいた。
亜人といっても見た目も様々で、目の前にいるワーウルフの様に、二足歩行であるが顔も体毛も狼に近く、明らかに人間とかけ離れた見た目の者。
ワーウルフの隣にいるエルフの様に、耳が長く尖っている以外は、人間とほぼ変わらぬ見た目をしている者もいた。
「ちなみにここに居る奴隷の代金はどのくらいだ?」
「お兄さん。見る目があるね。ここに居るのは当店でも一押しの逸材だよ。そうだね。大体一人、白金貨5枚から10枚ってところかな」
高い。べらぼうに高い。
それがハンスの感想だった。
大体、一般市民が一日に使う金額が銅貨一枚。
粗銅貨百枚で銅貨、それ以上は十枚で銀貨、金貨、白金貨と交換出来る。
白金貨など貴族で無ければ、一生見ることもないようなものだ。
道を歩いているただの男が払えるような額ではないと、相手も分かっているだろう。
「それで、俺が買えるような奴隷はどこにいるんだ?」
「気を悪くしたかな? ごめんね。私の悪い癖なんだ。そうだね。予算はどのくらいだい?」
明日の自分の生活もままならないのに、奴隷など買う気は無いのだが……と、ふとある事に気付き、ハンスは考えを改めた。
「そうだな。ところで、奴隷の亜人を冒険者登録できるかどうか知っているか?」
「亜人を冒険者にかい? もちろんできるよ。そうやって奴隷にクエストを受けさせて、報酬をいただくっていうお客も多いね。この街では開店して間もないからお客自体、お兄さんが初めてだけど」
「そうか。なら、銀貨一枚で買える奴隷はいないか? 出来れば戦闘向きの奴がいい」
「銀貨一枚? うーん。難しいね。あ! あれならそれで売ってもいいかもね」
そう言うと男はハンスを地下へと連れて行った。
そこで見せられたのは、一人の少女だった。
ハンスと同じように白髪で、しかし長く伸ばされた髪の間から、二つの猫の耳のようなものが出ていた。
腰のあたりには同じく白い長い尻尾が見え隠れしている。
ワーキャットと呼ばれる種族だろうか。
この種族は、猫のように俊敏な動きが得意だ。
前衛で戦ってもらうには申し分ない能力を持っている。
ただし、万全の状態ならばだが……
「この子ならお兄さんの言い値でも買えるよ」
ハンスは少女の顔を見てから、その体へと目線を下げた。
端正な顔立ちをしているが、その顔色は悪く、呼吸も不安定だ。
体は痩せ細っており、とても肉弾戦に耐えられる体とは思えなかった。
「この少女、肺を患っているな?」
「お兄さん。本当に見る目があるね。お医者さんか何かなのかい? バレてるんなら正直に言うけどさ。せっかく仕入れたのに病気にかかってね。簡単に治せるものなら治したんだが、どうもそうもいかないらしい」
少女の様子を注意深く観察し、少し考えた後、ハンスは店の男に目の前の少女に問題がないことを伝えた。
「分かった。この少女でいい。売ってくれ」
「え? お兄さん正気かい? 言っておくけど、性的な行為をしようって思ってもダメだよ? 奴隷でもそこは禁止されているからね」
亜人を奴隷にすることは認められていたが、それを性的な対象にすることは禁止されている。
望まれない亜人と人間の子が生まれることを防ぐためだ。
かと言って、亜人と人間の結婚自体は禁止されていない。
そもそもそんなことをしようと思う人間がいればの話だが。
「そんなつもりはない。いいから、この少女買うと言ったんだ。手続きに入ってくれ」
「分かったよ。それじゃあまずは代金の銀貨一枚、はい。確かに頂いたよ」