第四十九話
ハンスたちが街に戻ると慌ただしくダンジョンへと向かう、冒険者の集団とすれ違った。
みなそれぞれが真剣な眼差しをしている。
何事かと気になってハンスは、先頭を歩く男性に声をかけた。
「急いでいるところ、失礼。一体何の騒ぎだ?」
「君もダンジョンから出てきたところかい? オーガロードが出没したんだ。君はどうやら別の階層にいて知らないみたいだけど」
「じゃあ、あなたたちはオーガロードを倒しに?」
「いや……それが出来ればどれほどいいか……僕らは、今行けば助かるかもしれない命を救出するために行くんだ。逃げること前提さ」
セレナがオーガロードからの初めの一撃を受けた時、逃げ帰った冒険者たちがいた。
彼らによってギルドに、オーガロード出没の情報がもたらされていた。
もともと劣勢だった状況に、一人の冒険者が突如現れ奮闘。
しかしそれもオーガロードの出現でやられた、と。
ハンスは既に終わったことだと伝えるかどうか迷った。
ここで変に足止めを食らうよりも、行ってもらった方がいいと思いに至った。
「そうか。急いでいるところ邪魔したな。ただ、薄情なことを言うようで申し訳ないが、俺たちはこのままギルドへ戻るよ」
「いや。君たちはまだ白銅級だろ? 気を悪くしないでほしいが、来てくれても足手まといになるだけだろう。自分の力量をきちんと知ることも良い冒険者の条件さ」
男性はハンスに笑顔でそう言った。
ハンスは男性の無事を祈願してその場を去った。
しばらく進んだ後、セレナがハンスに問いかける。
「あの……ハンス様。あの方たちにオーガロードはもう倒れたことを伝えなくて良かったんですか?」
「ん? ああ。それを言うと俺らがあの場に居たことがバレるし。色々と面倒なことが起きそうだったからな」
「でも、あの方たちが無駄骨になってしまうのでは?」
「そんなことはないさ。あの場にはまだ多くの負傷者がいる。遺体だって。なるべく多くの人手があった方が、安全にかつ早く街に戻れるだろうさ」
ハンスの言葉にセレナは納得し、ハンスの判断能力を絶賛した。
「ひとまずオーガの討伐部位をギルドに渡しに行くか」
「はい。ハンス様」
一度大きく伸びをして、ハンスはギルドへと足を運んだ。
セレナもいつもの様に隣で歩速を合わせて歩いていった。
ギルドに入ると、以前は多くの冒険者たちでごった返していたホールが、閑散としていた。
やちらほらとパーティが見える程度だ。
ダンジョン内に元々いたパーティや、先ほどすれ違ったパーティの数も少なくなかったが、それを差し引いても少なすぎた。
不思議に思いながら受け付けに向かい、受付嬢に訳を聞く。
「随分と今日は静かだが、どうしたんだ?」
「おや。あんたまだ知らないのかい? みんなオーガロードが怖くって逃げてしまったのさ」
「逃げた?」
「まぁ逃げたのは、他所から最近来たばかりの腰抜けさね。長年ここを拠点にしている冒険者たちは、今ごろダンジョンに向かってるよ。同僚を助けにね」
受付嬢はふぅとため息を一度吐き、話を続けた。
「あんたらはそんなに奥まで行かなかったみたいだから知らないだろうけど、さっき命からがら、戻ってきた冒険者たちが大勢いてね」
話によると、その冒険者たちは口々に、オーガの群れに多くの犠牲者が出たことを叫んだという。
突如現れた一人の冒険者によって一時は難を逃れたと思ったのもつかの間、噂に上っていたオーガロードが現れ、一撃の元、その冒険者はやられてしまったのだとか。
「オーガの群れを一人で薙ぎ払うなんて、銀級の冒険者でも難しいからね。それを一撃に沈めるだなんて、きっと金級のパーティか、それこそ数にものを言わせないと無理さ」
先程向かった冒険者たちは、誰もが白磁級以上であったが、オーガロード討伐を目標とはせず、一人でも多くの仲間を助けることが目的だという。
それでも決して身の安全は保障されず、あの冒険者たちの神妙な顔付きはその覚悟の表れだったのだろう。
良い街だな、とハンスは素直に思った。
ハンスの知っている冒険者の多くは、自分さえ良ければ他人の命などゴミほどの価値しかない、と思っているような者ばかりだった。
しかし、この街の冒険者達は、自分の命を賭して仲間の窮地を救いに行くと言うのだ。
おそらくギルドや街の人々も含め、みな家族のような繋がりなのだろう。
ハンスは居心地の良さを感じながら、そもそもの目的の持ち帰ったオーガの角を受付嬢に渡した。
それを見た受付嬢は、あまりの多さに空いた口が塞がらないという顔をして、ほうけた様にハンスの顔とカウンターに並べられたオーガの角を何度も見返していた。
「本当はもう少し多く倒したんだが、ちょっとした事情でそれしか持ち帰れなくてね。仕方がないが、それだけでいいから討伐達成の報酬をくれ」
「え……あ! はいはい! えーっと……ちょっと数が多いから待っててね」
そう言うと受付嬢はオーガの角を集めて下から取り出した木箱に入れると、それを抱え、慌てた様子で奥へと消えていった。
「おかしいな? 討伐報酬なんて一匹いくらって決まっているはずなのに、何を確認しに行ったんだ?」
「さぁ? なんでしょうね?」
いくら待っても受付嬢が帰ってこないため、座って待とうと、ロビーへと向かい並べられた椅子に腰掛けた。
ふと近くの冒険者達の声が聞こえてくる。
「そうなのよ! 私もうダメだって思ったもの! それをあの冒険者が颯爽と現れて、助けてくれたの!」
赤く染めた頬に両手を当て、女性の冒険者は、話を聞くもう一人の冒険者に向け熱弁を広げていた。
どうやらセレナに助けられた冒険者の一人のようだ。
「でもそんな冒険者聞いたことないんだよなぁ。それに後から戻ってきた他の冒険者たちの話によると、その人、オーガロードに殺られちゃったんだろ?」
「私は助かってすぐ逃げ出しちゃったから、見ていないのよね。はぁ……実は無事だとかならないかなぁ」
ふとため息をついた女性と目線が合う。
女性はおや? とした顔をして、ハンスに話しかけてきた。
「ねぇ、あなたさっきあの場に居なかった?」
どうやら、彼女は結果としてセレナに初めに助けられた、オーガに頭を鷲掴みにされていた冒険者のようだ。
ハンスが見ていた限りでは、助かった後、他の仲間が全滅していることを目で確認して、一目散に逃げ出していた。
出口へ向かう際に、広場の入口に立っていたハンスとすれ違っている。
その際に顔や格好を見たのだろうか。
「いや。気のせいじゃないか? 俺は白銅級だし、そんな場に居たら真っ先に死んでるよ」
そう言いながら、ハンスは懐から取り出した冒険者証を見せる。
白く鈍く輝くそれをまじまじと眺めた後、隣に座るセレナへと目線を移した。
「その子は? なんかあの人の格好にすごく似ている気がするけど……」
「奇遇なこともあるもんだな。俺もこの子もあんたが見たって言う冒険者に似てるのかい? 残念ながらこいつは俺の仲間でね。同じ白銅級なんだ。オーガの群れなんて相手に出来るわけないさ」
それもそうね、と女性は喜色に溢れた顔を、もとより少し暗い顔付きに落とすと、再び元の相手との話へ戻っていった。
そのやり取りを不思議そうな顔付きでセレナは眺めていた。




