第四十四話
「う、うーん……」
眠りから覚めた魔術師は辺りを見渡す。
状況がよく飲み込めないのか、頭を振って意識を集中させる。
ふと目線の先に倒れて動かない二匹のオーガの死体を見つけ、我に返った。
「み、みんなは!?」
自分の発した声のあまりの大きさに驚きながらも、直ぐに自分の横ですやすやと眠る三人に気付いた。
慌てて身を屈め、先程オーガの攻撃を受けた二人の容態を確認する。
どうやら誰かが応急処置をしてくれたようだ。
まだ息は荒いものの、口元や身体からはほのかに回復薬独特の臭いを感じ、ほっと安堵の息を吐く。
怪我を逃れた前衛を起こすと、それぞれで仲間を担ぎ、出口へと歩き始めた。
動き出す前に辺りに人影を探したが見つからず、助けてくれたお礼も言えずに申し訳ない気持ちになったが、仲間の手当が優先なので、その場を後にした。
オーガの死体をそのままにするのはもったいない気もしたが、自分たちが倒したわけでもなく、肩に仲間を担いだ状態では、なるべく荷物を減らしたかったため、何も取らずにいった。
一応確認したところ、討伐報告に必要な、オーガの頭の角は切り取られ、持ち帰られているようだ。
それにしても何故自分たちが寝ていたのか、あのオーガたちを一撃の元に倒したのは誰なのか、疑問は色々残ったまま、彼らは無事に街へと戻った。
仲間の手当を済ませ、完治した後は、再びダンジョンへと潜って行った。
◇
「あのままで大丈夫だったんですか? ハンス様」
「ん? ああ。彼らのことか。大丈夫だろう。効果は弱めてあるから今頃目覚めているはずだよ。それに周りには魔物の気配は無かったんだろう?」
セレナはハンスの問いに頷くと、ハンスの動きを制するため、左腕をハンスの前にかざした。
ハンスはそれを見て、立ち止まり、セレナの方に目をやる。
「この先敵がいます。数は……すいません。数えられません。大勢いるようです」
「オーガか?」
再びセレナはハンスの問いに頷く。
ハンスはセレナに周囲の状況を、特に周りに他の冒険者たちが居ないかを確認させた。
「周囲には他の生き物の気配は感じられません。人間も含めてです」
「よし。この状況なら試せそうだ。セレナ、作戦は覚えてるな?」
「大丈夫です! 安心してお任せ下さい!」
しーっと唇の前に人差し指を立て、ハンスはこれから唱える魔法の呪文と魔法陣を用意する。
出来れば複数にかけたいが、残念ながらこの魔法の性質上、広範囲は適さなかった。
命中力を上げるため、出来るだけオーガに近付いてから、複数を唱えるしかないのだ。
準備が終わると、ハンスは無言でセレナに合図を送る。
呪文を唱え終わっているため、他の言葉を発することが出来ないのだ。
魔法陣はハンスの動きに合わせて、ふよふよと空中を移動していく。
少し進むと、そこには十匹以上のオーガが集まっていた。
こちらに気付いていないようだが、今回はもう少し近付く必要がある。
意を決して、ハンスは走り出し、オーガの攻撃が届かないギリギリまで近付いた。
セレナもハンスに寄り添うように、ハンスの後ろにピタリとついている。
「複数混乱!」
複数の光線がオーガに向かって放たれ、そのいくつかが、オーガに当たり、オーガの身体に魔法陣を刻み込む。
途端にそのオーガ達は狂ったようにその場で腕を振り回し、近くに居る仲間を掴んで噛み付き始めた。
それを見たハンスはというと、セレナに持ち上げられ、速やかにその場から離脱していた。
今のセレナには筋力増強が付与されているため、ハンス一人抱えていても、普段と変わらぬ速度で移動することが出来る。
「上手くいったようだな」
ハンスの目線の先では、ハンスの補助魔法によって、敵味方の区別を無くしたオーガたちが、近くにいる仲間のオーガに無作為に攻撃を繰り返していた。
突然の仲間の変容に戸惑いながらも、正常なオーガたちは自分自身の身を守るため、異常な行動を示すオーガに、反撃を行っている。
しばらく同士討ちが続き、やがて十匹以上いたオーガたちは、三匹まで数を減らした。
その結果に満足し、強く何度も頷いているハンスを、セレナは複雑な感情で眺めていた。
ハンスは今、セレナに背中と膝の裏辺りに手を添えられて、持たれた格好のままだった。
それは、女性なら誰もが夢見る、男性にして欲しい抱き上げ方、そのものだった。




