第三十七話
人工的に手の加わった道を、乗合馬車が大きな音を立てながら、走っている。
乗っている者の多くは、冒険者で、その装備を見れば、みなそれなりの稼ぎを持った者達だと想像出来た。
その中に混じって、まるで金の匂いのしない、一般市民のような格好をした白髪の青年と、その横に携わる目深にフードを被り性別も分からない子供がいた。
子供の腰には不釣り合いと思えるような、質素だが見るものが見れば高級だと分かる鞘に収められた、一対の短剣が差してある。
「大丈夫かい? セレナ。具合が悪そうだね。振動に酔ったか?」
周りからはその子供の顔を窺い知ることは出来ないが、間近に居る青年にはフードの中の顔が分かるのだろう。
馬車で移動して間もないというのに、青ざめた顔付きを見せる旅の仲間に、青年は心配そうな声をかける。
「大丈夫、です。ハンス様。少し、昔のことを思い出して……」
セレナと呼ばれた少女は、ハンスという青年の奴隷である。
少女はハンスに買われ、引き取られるまでの間、幾度となくセレナを扱う商人を変え、その度に長期間の馬車での移動を余儀なくされた。
もちろん奴隷が詰められるような馬車は、快適さでも衛生面でも、この乗合馬車とは雲泥の差だった。
商人は少しでも速く目的地に着くようにと、乗り心地など二の次で、速度を上げ、馬車を走らせる。
手が加えられているとは言え、でこぼことした道は、木に鉄を当てた車輪を容赦なく振動させる。
脚を折り曲げ座るのがやっとな空間しか、占有を許されない荷台に詰められたセレナは、地獄のようなその時間が一秒でも早く終わるのを待ち、耐えるしか無かった。
ハンスは何か呪文を、周りには分からないように唱える。
同時に動かした指先の輝点が描く魔法陣から光線が放たれ、セレナの肩へと吸い込まれていった。
「昨日開発したばかりの補助魔法、精神安定をかけた。これで、楽になっただろう?」
「え? あ、はい。なんだか、すごく落ち着いた気持ちになれました」
補助魔法と言うのは、身体の強化や状態異常など、様々な効果を対象に付与することの出来る魔法だ。
この魔法は、少し前までこの世界には存在せず、この青年ハンスが生み出した魔法だった。
しかし、その成果はある事件によって、別の者のものだと、世間には広められてしまった。
恩師であったはずのワードナーに研究内容を奪われたのだ。
おまけに多額の借金を背負わされ、その返済をするため、ハンスは冒険者になることを決めた。
ハンスは見た目によらず、白銅級の冒険者で、奴隷であるセレナもハンスの仲間のれっきとした冒険者だった。
二人は元々拠点としていた王国の首都ガバナを追われ、安住の地と思われるカナンへ向け、旅をしている最中だ。
この乗合馬車は、その途中にある、冒険都市ティルスへ向かうものだった。
様々な有用な素材を多数産出する、この国有数のダンジョンにより栄えた、まさに冒険者のための街だ。
その街でその名を知らしめようと、乗合馬車に乗り込んだ冒険者達は、ティルスを目指していた。
「おい。あんた。今、補助魔法ってのを使ったろ?」
ハンスとセレナのやり取りを見ていた一人の男が、ハンスに声をかけてきた。
「俺の名はパック。情報屋なんだ。それよりあんた、先日王立研究所の魔術師ワードナーが開発した、今までに存在しなかった魔法、補助魔法を使ってたよな?」
「なんの事だ?」
ハンスは問いの意図が分からなかったため、とぼけることにした。
そもそも発表し賞賛を受けたのはワードナーで間違いないだろうが、補助魔法を開発したのは、紛れもなくこのハンスなのだ。




