第三十三話
「ありがとうございました! すごく楽しかったです!」
満面の笑みを浮かべながら、受け取った袋を胸の前に抱え、セレナはスキップをし始めるのではないか、という足取りで歩いていた。
「そうか? それは良かった。今日はセレナのための一日だからな。思う存分楽しんでいいぞ。次は何をしたいんだ?」
「あの……すごいわがままなんですけど、いいですか……?」
「なんだ? だから、今日はなんでも付き合うって言ったろ? どこに行きたいんだ?」
「あの! 甘味って言うのを食べてみたいんです! もちろんお金は私が払います!」
甘い食べ物は、市民でも食べられないことは無いが、お祝いの席で手作りのものを食べる程度で、店で買って食べるというのは贅沢とされていた。
そもそも需要が多くないから、そういう品を食べられる店は、自然と高級な店になる。
この町にもそういう店はあるだろうが、もちろんハンスも含め、一度もそういう店に訪れたことはなかった。
しかし、二人は仮にも白銅級の冒険者で、その中でも稼ぎの多い方だった。
そんな二人が店で注文し食べたとしても、決しておかしな事は何も無かったし、ハンスも別に甘い物が苦手と言うよりむしろ好みだったため、この提案を否定する理由は一つもなかった。
「ああ。もちろんいいとも。それじゃあ、どこにあるか分からないが、探そうか」
「え?! あ、はい! ありがとうございます!」
セレナは今度こそスキップをしながら、大通りを歩いた。
そのせいか、うっかりと、向こうから来た男性と肩が触れてしまった。
「きゃ! ごめんなさい!」
「いてぇな! どこ見て歩いてるんだ?! あん? てめぇ、よく見たら亜人だな? ってことは、こいつが主人か? おい! てめぇの奴隷がぶつかって怪我したじゃねぇか。どうしてくれるんだ?!」
男は奴隷を持つハンスが大金持ちの商人の跡継ぎとでも勘違いしたのか、ハンスに絡んできた。
「むしろ、そっちがセレナの進行方向を塞いだように見えたが? そもそも、その程度の接触で、怪我をするわけないだろう」
「なんだと? 奴隷が奴隷なら主人も主人だな! てめぇの奴隷が人様に怪我させといて、謝罪も見せねぇのかよ!」
今二人はクエスト中ではないので、冒険者らしいものは全て宿に置いてきてある。
セレナは短剣だけは持っていくと言って聞かなかったのだが、それもハンスが言って、泣く泣く置いてきた。
そのため、一見、貧相な男が奴隷の少女一人携えて歩いているだけに見えるのだ。
男はある程度、腕っ節に自信があるらしく、ハンスに絡みながら、しきりに自分の二の腕の筋肉を見せ付けていた。
「全く……ひどい言いがかりだな。品性の欠けらも無い。すまないが、これからセレナとデザートを食べに行かないと行けないんだ。邪魔だからどいてくれないか?」
「なんだと? この! ふざけやがって!」
ハンスの言い草に、憤った男は、拳を振り上げ、ハンスを殴ろうとした。
が、振り上げた拳は、自分の意に反して、一向に振り下ろすことが出来なかった。
ハンスの横にいたはずのセレナが、いつの間にか男の後ろに移動しており、肘を掴み、動きを止めていたのだ。
男は驚愕し、掴まれた肘を振り払おうとするが、一切動くことが出来なかった。
「私を殴るならまだしも、ハンス様を殴るなど許せません。あなた、ここで死にますか?」
そう言うセレナの目には冷たい光が宿っていて、その言葉も冗談で言っているようには聞こえなかった。




