第二十五話
片刃、両刃、刃が曲がっているもの、直線のもの、中には刃が内に反っているものや波打った刃のものもある。
刃の色や材質も様々で、一般的な鉄や鋼で出来たものは見れば分かる。
しかし、それ以外のものはどんな金属なのか、もしくはどんな魔物の素材なのか、素人には見るだけでは分からないものばかりだった。
「短剣の良さはなんといってもその多様性だ。素材が他の武器と違って少なくて済むから、貴重な金属や、魔物の部位を使った武器が多いのが特徴だな」
「この魔物の皮膚みたいなのが張られたやつはどんな性能なんだ?」
「気を付けろよ。それで傷でも付けたら、シャレにならんぞ。それはフィロベイトっていうカエルの様な魔物の皮膚でな。そいつは手に乗るほどの大きさだが、常に皮膚から猛毒を分泌してて、そいつに触れたら大型の魔物もイチコロって言うやつよ。さすがに死んで皮だけになってしまったそれはそんなに効果は無いが、切った相手を毒に侵す効果があるんだ。おすすめだぜ」
「フィロベイトか。そいつなら研究で使ったことがあるな。手に入れるのに苦労した記憶がある」
毒の状態異常ならハンスの補助魔法で十分だった。
ハンスは男の熱意とは裏腹に興味無さそうに短剣を置いた。
一方男はハンスの言った言葉の意味を掴み取れず、不思議そうな顔をするだけだった。
その後もハンスとセレナは色々な短剣を試してみたが、中々納得のいく一本を見つけられずにいた。
セレナはふと目線をたくさんの短剣が置かれた棚から、店の壁に上げた。
すると、壁に飾られた一対の短剣があるのに気が付いた。
その短剣は柄と刃が一つの素材から切り出された様な形をしており、真っ白でありながら、淡く青白く輝いているように見えた。
セレナは何故かその短剣に強く心を惹かれた。
「すいません。あそこに飾ってあるものは売り物ですか?」
「うん? ああ。あれはこの店の取っておきでね。とても金貨一枚じゃ売れない品だよ。まぁ、見せるだけならタダだ。余程乱暴に扱っても傷一つつくことも無いから見せてあげようか?」
「ぜひ! お願いします!」
「お、おう。じゃあ、ちょっと待ってくんな」
これまで口数も少なく、声も消え入るように喋っていたセレナが出した大声に、びっくりしながら、男は台を持ち出し、壁に飾ってある一対の短剣を降ろした。
近くで見ると、これはどうやら大型の魔物の骨か牙や角などの素材から、削り出されたものだということが分かった。
「ほらよ。これはな、白虎族っていう魔物の牙から俺の親父が削り出した逸品でな。あまりにも硬いその牙を削るのに、アダマンタイトを使っていて何ヶ月もかけて削り出したって言ってたぜ」
「白虎族だと? あの亜人とも大型のトラの様な魔物とも言われ、その絶大な力で過去の王達を苦しめたというあの白虎族か? もう絶滅した種族じゃないのか?」
「ああ。どういうルートかは知らんが、牙が二本、親父の元に渡ってな。その時は俺も若かったから、そんなの偽物で、適当な魔物の牙を高値で売りさばこうとした詐欺だと親父に言ったもんだよ。しかし、親父は信じて疑わなかったな」
「それで、今のあんたはどうなんだ? これは白虎族の牙だと信じてるのか?」
目の前にあるのが白虎族の牙を削って作ったのであれば、白虎族がまだ滅んでいない証左にならないだろうか。
もしそうだとしたら、どのような過去がこの牙の元の持ち主に訪れたのか。
ハンスの興味は短剣よりも滅んだはずの白虎族へと向かっていた。
「正直なところ、俺は白虎族を見た事がある訳じゃないからな。それがそうなのかどうかは分からん。しかし、その牙がとんでもない魔物の牙だってのは信じるぜ。この世の中にアダマンタイトよりも硬い金属ってのは無いんだ。そいつはそのアダマンタイトと同程度の硬さを持っていやがるからな」
「どういう事だ? さっきこの短剣はアダマンタイトで削ったって言ってなかったか?」
アダマンタイトは硬いということにおいては、他の金属の追随を許さなない特殊素材だ。
ただ、硬さの代償として、重たいことも有名な金属だ。
「ああ。俺はその短剣を作る所を見ていたからな。信じられるか? その牙をアダマンタイトで削る度、アダマンタイトも削れていくんだ。アダマンタイト削れる所を見るなんて、アダマンタイトで作る武器を磨く時以外はあれが初めてで最後だね」
「なるほどな。それで、もしこれを売るとしたら、いくらなんだ?」
セレナはハンスと男のやり取りなど耳に入っていないように、渡された短剣を目の前にかざして、食い入るようにその短剣を見つめている。
「そうだな。正直、どのくらいの価値があるか俺には分からんな。金貨じゃなく白金貨一枚って言うんなら考えるがな」
「そうか。そんな予算は出せんな。セレナ。すまないが、別のを選んでくれ」
「私出します!」
店内にセレナの大声が響く。
その声の大きさと唐突さに男だけでなくハンスもびっくりして、一瞬動きを止めた。
「ハンス様。確か、私の報酬をお持ちでしたよね? 今どれだけありますか?」
「あ……ああ。えーと、ちょっと待ってくれ。確か、ここら辺に……あったあった。一、二……金貨が二十二枚あるな。それと銀貨と銅貨が数枚」
「つまり白金貨二枚分以上あるってことですね? お願いします! どうかこれで私にこの短剣を売ってください!」
「おいおい。セレナどうしたんだ? 確かにこの金はセレナの好きな物を買うのに使っていいと言ったが……」
セレナは真剣な顔付きで、店の男をじっと見つめている。
その目線からは今までハンスも見たことの無い、強い意志が感じられた。
それはセレナが初めて見せる、自分の願望を伝える意思だった。
まさかそんな大金を出せるとは思っていなかったため、売る気もなく、適当な値付けをしてしまった男は、頭の中で自問自答を繰り返していたが、やがて答えが出たらしく、口を開いた。
「負けたよ。分かった。その短剣は嬢ちゃんに売ろう。飾ってるだけじゃなくて、使われて初めて意味があるからな。親父も喜ぶだろう。それと、その短剣は一対なんだ。だから、一本じゃなくて揃って白金貨一枚でいいよ。だが、大事に使ってくれよ? 間違っても無くすんじゃないぞ?」
「ありがとうございます! 絶対無くしません!」
ハンスはセレナの意外な一面が見れた事に驚きながら、男に代金を支払った。
元々パーティの費用として支払う予定だったため、セレナの報酬が入った袋から、半分だけ取り出すと、残りは自分の袋から取り出したのはセレナに伝えずにいた。




