第二十二話
セレナはこの窮地をどのようにして脱することが出来るか、必死で考えていた。
恐らくこの二人は、セレナが一対一で戦ったとしても勝てないほどの実力者。
セレナは今まで如何にハンスに助けられていたのか実感し、また、ハンスの所有物である自分の命を、ハンスの意にそぐわない形で終わらせてはいけないと強く思った。
やがて魔術師の男性が無手の男性の横に並ぶ。
「クリフ。君の攻撃を受けて無傷なんて、この亜人、中々やるじゃないか」
「ふん。そもそもエドワード、貴殿の魔法で仕留めておけば、こんな面倒なことにはならなかったのだ」
「まぁ、次は当ててやるさ。中々すばしっこいみたいだから、範囲魔法を放ってやろう」
「おい。街中だぞ。他の人間を巻き込むなよ?」
「なに。エマ様の命令が優先だ。一般市民が数人怪我をした所で、エマ様の回復魔法で治療してやれば、むしろ感謝されるだろうさ」
「それもそうだな。しくじるなよ。エマ様を失望させるな」
エドワードは呪文を唱える。
セレナの頭上に広範囲に渡って、鋭利な氷の塊が無数に出現した。
上にかざした手を下に振り下ろすと同時に、その氷の塊はいっせいにセレナに向かって降り注いだ。
セレナはその範囲の外へ逃れようと、必死で身体を動かした。
しかしエドワードが呪文を唱えている間も、クリフに隙を探られている。
魔法を避けようと下手に動けば、クリフの鋭い一撃を喰らうことが容易に想像できた。
魔法発動のぎりぎりまで動くことが出来ず、セレナは心の中で主人であるハンスに謝罪の念を持った。
「敏捷増加!」
聞き覚えのある声が聞こえたのと同時に、セレナの肩に刻まれた紋様が別のものに変わった。
セレナは自分の身体にみなぎる新しい力を感じた。
どうすればいいのか、頭で考えるよりも身体が先に反応する。
恐るべき速さでセレナはその場から離れ、気が付けば広場の入口に立っていた。
セレナの目線の先では、エドワードが放った氷の礫が、地面に次々と突き刺さっているのが見えた。
さらにその先には、驚愕の表情を隠しきれないエドワードとクリフがいる。
「ハンス様!」
「危なかったな。セレナ。どういう状況か分からないが、間一髪と言ったところか」
「助かりました。ありがとうございます。広場に着いた途端、あそこにいるエマという女性が私を殺すよう命じまして」
「なに? エマだと? あそこにいるのは……やっぱりアベルか。間違いない。しかしどうしてエマがセレナを襲わせるなんてことになったんだ?」
「どうやらあの方にとっては亜人も魔物と変わらないと。魔物が街に居るのが許せないと仰っていました」
「くそっ。相変わらず、思想が偏ってるな。とにかくあいつらは国の英雄だ。下手に争うとこちらの首が絞まる。今はなんとか逃げるぞ」
そう言うとハンスは呪文を唱え、魔法陣を描く。
ハンスがセレナの仲間と認識したようだが、あくまで狙いはセレナだけに定めるようだ。
二人にとってエマの命令が第一だということがよく分かる。
クリフは広がった距離を一足で縮めると、再びセレナに一撃必殺の攻撃を繰り出す。
しかしセレナは先程とは異なり、危なげない様子で容易くあしらっていた。
ハンスの補助魔法の効果で、セレナは普段の数倍の俊敏さで動くことが出来たからだ。
補助魔法無しでも俊敏さだけならばセレナはクリフとそこまで大きな差はない。
しかし経験や勘、そして力は圧倒的にクリフに分があった。
今は圧倒的な素早い動きで、セレナはクリフの持つ自分に対する優位性を尽く無力化出来ている。
クリフの攻撃は空を突き、一方でセレナは上手くクリフを誘導し、ハンスに近付かせないようにしていた。
ハンスの呪文が終わる瞬間、セレナは素早い動きについてこれず魔法を放てずにいたエドワードの近くへ、クリフを投げた。
「広範囲麻痺!」
頭上に魔法陣が現れ、二人を襲う。
人間二人に使うには大きすぎるほどの広範囲
その場から逃げ出すことだけ考えれば、効果を強くするよりも、避けられる可能性を排除した方が目的にあう。
頭上から降りた魔法陣に触れた途端、エドワードとクリフは身体が痺れ、その場にうずくまり動けなくなってしまった。
「よし。今のうちに逃げるぞ! セレナ。こっちだ!」
「はい! ハンス様!」
逃げる途中ハンスが振り返ると、エマとアベル、それぞれの顔が見えた。
エマは鬼のような形相でこちらを睨み、一方アベルはどうやらハンスに気が付いているようで、複雑そうな顔付きを浮かべ、じっとハンスの方を見つめていた。




