3話
3話 嘘つきな強がり
フラフ本部屋上。
任務を終えて私は真っ先にここに来ていた。普段はあまり来ないこの場所だが今日は何故か無性にここに来て、風に当たりたい気分だった。
イルミネーションの様に車やビルが輝いて見える場所で、夜風に当たりながらさっきの戦闘を思い返した。
『俺は……まだ……』
あの時に見せた鋼鉄の最期の姿と言葉が私の心に深く残り、抉っていた。
辛く悲しそうな表情を見せる事はどのミュータントでも見られる事だ。藻掻く姿を見ると胸が締め付けられるように痛い。だが、そんな痛みなどミュータント自身の心の痛みに比べればかすり傷なのだろう。かつて笑い合った人間達に裏切られるように殺される苦しみは計り知れない。
「あと少しでクリスマスか……」
もうすぐ十二月になる。夜でビルの屋上ということもあってか風が体に当たり肌寒い。
もう戻ろうかと考えていると何か暖かなものが私の右頬に触れた。
「何を思いつめているのかな?」
「先輩……」
振り向くと、缶コーヒーを二つ持った椎凪先輩がいつもと同じ変わらない優しい笑顔を見せていた。
手に持ったコーヒーを一つ私に手渡し横に立つと、先輩はフタを開けて一口喉に流しこんだ。
遅れて私もフタを開き一口喉に流し込む、暖かなコーヒーが喉をつたり体へと入ってくるのが分かる。
「さっき出勤してきたところでね。その時ちょうど楓を見かけて少し暗い顔してたから、どうしたのかなって心配して来ちゃった」
先輩はいつも優しい、同じ吸血鬼としてでも同性としても負けている気がする。何処か子供の様な笑顔や性格を見せる時もあれば、今みたいに母親の様な包容力と不思議と察する力に私は何度も助けられてきた。
「先輩……」
「ん? どうした?」
「私達のやっている事は本当に正しいんですか?」
心のもやもやした疑問を先輩に吐き出した。また一つ心の中で自分が情けなく思ってしまった。
「時々、自分が本当は悪人なのでは? なんて思ってしまうんです。もちろんこんな事思うのは仕事上、駄目だって分かってます。でも……」
そこから先を言おうとした時、先輩が口を開いた。
「それは……私も思うよ」
「先輩も?」
「うん、それも何度もね」
先輩は缶コーヒーを一口飲むと、再び話しだした。
「私達の存在をミュータントに対抗できる存在だと肯定する人もいれば、少数だけど人殺しだと否定する人もいる。でも私達はミュータントを見つけたら多数派、少数派関係なくの生きている人の為に排除しなければいけない。それがもし非人道的と言われてもね」
私は再びフタの開いた缶コーヒーを一気に飲み干し、白く染まる息を吐いた。
「でも私は楓のようなってしまうのは自然だと思うな。虫や動物を手にかけてる訳じゃないし、逆に本当にヤバいと思うのは疑問に思う事を無くしてしまって、何の感情も覚えなくなって疑問すらも感じなく時だと私は思うよ」
先輩は再びコーヒーを私と同じように一口飲んだのを確認すると先輩に目を合わせて言った。
「先輩……少し付き合ってくれますか?」
「うん、もちろん」
「はぁあああ!!」
訓練場に甲高い金属音が響きわたる。
訓練用のブレードで刃はなく安全といえども、直撃すれば容易く骨は折れるだろう。互いに信頼できるからこそ初めてこの訓練ができる。
二本のブレードが何度も交差して火花が散り、刃を押し付け合うと、互いに顔を近付けた。
「楓、全力で来い……」
床を後ろに蹴りつけ距離を取ると解放器の起動スイッチを入れた。体に電気が走り牙が生えてくるのが分かる。そしてそれは冷静沈着な先輩も同じだった。
お互い容赦も手加減も無しに地面を強く蹴り、その勢いを利用して刃をぶつけた。より激しい金属音が鼓膜を破るぐらい大きく空気を揺らす。
再び床を蹴って後ろへ距離を取るも先輩は地面に着地した瞬間に強く床を蹴って、一気に距離を詰めると刃を水平に振った。
「くっ……!!」
咄嗟に解放器を逆手に持ち替えて刃を受け止め、ガラ空きになった先輩の胴体を蹴り飛ばした。
後ろに飛ばされた先輩は空中で受け身を取ると何事もなかったように着地し体制を整え、済ました顔でブレードで空を切った。
「やるね、楓」
「先輩も流石です」
「でもそろそろ終わりにしようか、少し疲れちゃったよ」
「そうですね、ありがとうございました」
お互い意見が合致すると解放器のスイッチをオフにし、ブレードを訓練用のブレードの棚に直した。余程長くやっていたのか、気づいた時にはやり始めてから一時間以上経っており、勤務時間をとっくを過ぎていた。
「もしかして楓、明日も仕事?」
「はい、残念ながら」
「そうか……でもたまには休息も大事だから無理したら駄目だよ。私だったら間に入ってあげるし、ただでさえ最近は苦しそうにしてるから皆も心配しているよ」
「ありがとうございます。でも私は大丈夫です。それにクヨクヨしてたら翔太や母さんに笑われてしまいますから」
嘘だ。本当はとても苦しくて耐えられないほど。でも先輩達が危険な目に合うなら、私は自分が傷つく方が良い。周りからしてみれば自己愛が足りないと思われるかもしれないが、私はそれでも良い。
「そう……なら良いけど。変に自分だけで抱え込んだらそのうち耐えられなくなるから何かあったら無理せずに電話して、いつでも相談に乗るから」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃ私は仕事に戻るよ。訓練誘ってくれてありがとう、また今度ね」
短い会話を終えると、先輩は訓練室を出ていった。
一人残された訓練室は、さっきまで甲高い金属音が鳴り響いた部屋とは思えないほどの静かさが生まれ、何処か物悲しい。
更衣室へと向かい、装備品を全て外して私服に着替えると解放器をコートの内ポケットに収め、マフラーを巻いて本部を後にした。
外へ出ると雪がチラチラと降っていた。しばらく歩き、大通りに出ると街路樹にLEDライトが飾り付けされ、まだ日があるのというに街はすっかりクリスマス気分になっていた。
手袋を貫通する寒さで手が悴み、手を擦り合わせて寒さを和らげながら、茜さんと一緒に暮らすマンションへと帰った。
「ただいま……」
玄関の鍵を開け、誰もいない暗い廊下に向かってそう言った。茜さんは今日は残業で遅くなると連絡が来ていた。そういえば一人で過ごすのは何日ぶりだろう。
廊下を抜けリビングの電気を付けると、マフラーを外しバックを床に置くと、そのままソファーに私服の状態で寝転んだ。ベランダに続く窓からは、寒空と降りしきる雪が見える。
まだお風呂や着替えなど、やる事が色々あるのに何故か一向にやる気が起きない。訓練も特別疲れた訳でも無いし、風邪気味でも無いのに身体が強い倦怠感に襲われて起きる気にもなれない。
その時、突然目から涙が漏れ出た。視界がぼやけ涙を抑えようとするほど溢れ出し心が握りつぶされるように苦しい。
そこからの先のはっきりとした記憶はない、次に記憶が始まったのはソファーで寝ていた私を茜さんが起こした時だった。
「起きた? ここで寝てたら風邪引くよ」
「茜……さん」
ぼんやりとした意識の中記憶を辿り今までの事を思い出した。かなり長い時間眠ってしまったのか、時計の針がかなり進んでいた。
「楓、最近大丈夫? もし無理してるなら休んでも良いんだよ。ほら私だって吸血鬼の一人だし、楓よりかは弱いけどいざという時は私だって戦えるから」
「いえ、大丈夫です……」
私はそう言うとソファから立ち上がり、それ以上何も言わず脱衣場へと向かった。
「楓……」
顔を見ることもなく脱衣所までくると適当に服を脱ぎ捨て浴室に入り朦朧とするぼんやりと意識の中、レバーを回しシャワーを出した。
体が暖かくなっていくごとに眠っていた脳が徐々に起き始め、あの光景が段々と色を増して蘇っていき、連鎖的に負の感情が心を侵食していく。
「くっそ!!」
八つ当たりの様に俯きながら目の前の鏡を殴った。鈍い音が響き、鏡に浅く小さなヒビが入るのを感じた。
「はぁ……はぁ……」
荒くなった息がシャワーの音に紛れ聞こえる。同時にイライラしていた気持ちが段々と悲しさへと変わっていく。
「また……弁償しなくちゃな……」
何も考えれない思考の中シャワーを止め浴室を出てあらかじめ用意してあったタオルで体の水滴を拭き取り、寝間着に着替えると、心配そうに声をかける茜さんの言葉を聞こえないふりをして、自室に入りベッドに横たわった。
頭上にある明かりを消し、眠りに着こうとした瞬間、再び心の中で悲しみが沸々と沸き起こり大粒の涙がポロポロ溢れた。枕を徐々に冷たく湿らせていく。
もしこの現実が嫌な悪夢で次に目を覚ました頃には、私は高校生のままでいつも聞いていた母さんの声が聞こえて愚痴も言わずに翔太がだらしない私を起こしに来て、そして吉野と学校へ行ってくだらないことを話し合って、笑い合って……そして…………
目蓋を閉じ何度目か分からない叶わない願いをしながらゆっくりと私は眠りについていった。
残存ミュータント、残り百九十九。