白猛の獣
狭い室内に鉄と鉄がぶつかり合う重々しい音が轟と響き渡る。
ベアウルフの突進をレイズが避け壁際に置いてあった金属性のボンベが倒れて起きた轟音である。
突進が失敗に終わったベアウルフがそのまま壁に激突するとレイズは隙を逃さずベアウルフの背に左肘を振りおろし一撃を見舞う。床に叩き付けたところをさらに腹蹴りの追い打ちが炸裂し、ベアウルフを足先の方向へ蹴り飛ばすが、さすが獰猛性に豊かなベアウルフはそれだけでは怯まない。二メートル近くある身体を撓らせ受け身を取ると体勢を立て直した。
「やっぱり蹴り程度じゃ怯みもしないか。それなら」
両手をコートの中に忍ばせ何かを掴むと、柄を軸にクルクルと回しながら二対の刃物を抜刀した。
刃渡り三十センチほどの短い刃は有明月のようにカーブし、剣先は細く尖り、白銀と漆黒の狭間の刃文は這う蛇を思わせる。暗殺者が使うような暗器を逆手に構えると両腕を胸の前で構えた。
「こいつで息の根を止めてやるよ」
執行官の武器はなにも神槍だけではない。その場にあった戦い方をその場に応じて選べるよう、複数の武器を扱う技術は会得している。
どのような状況下であろうがこんな魔物一匹にはやられない。
レイズはベアウルフに突進すると、左下方向から頭部を刈り取るように一閃したが、察知したベアウルフに跳んで躱される。が、これが狙いだった。宙を裂いた遠心力を身体に乗せ左手の暗器で裏拳を叩き込むようにして、空中のベアウルフの喉に刃を叩き込む。
しかしこの一撃も寸でのところでベアウルフが頭部を振ったため躱され、頬に傷を負わせるだけにとどまった。
「野生の感ってやつか。犬風情が生意気だな」
ベアウルフの鮮血が鉄板の床に飛び散る中、暗器をくるりと回したレイズは一度距離を置いて体制を立て直し、両膝をバネにして再び突進。今度は下方向から首元を狙うようにして刃を下向きに構えるとベアウルフは剣筋を読んだように回避した。が、これもまたレイズの思い通りだった。首を切り落とすはずだった刃は両方とも宙を切ったが、代わりに拳がベアウルフの顎を命中した。
武器を逆手に構えた時の大きなメリット、その一つは剣撃と同時に体術を繰り出せることだ。当然、柄を握った状態故に威力こそ微々たるものだが敵を一瞬怯ませるには十分なダメージを負わせることができる。
突き上げられ宙を舞うベアウルフは完全なノーガード。備わった牙も、強靭な爪も空中では意味を成さない。
「はぁっ!!」
発声と同時に突き上げた左右の暗器が喉に十字の跡を刻むと瞬く間に鮮血が溢れ出す。剣先は赤く染まり、レイズは傷口から撒き散らされた血飛沫に包まれるようにして着地した。
折った膝の先に白毛の体毛を紅に染めた狼が声も無く転がり、その眼は半開きで宙を見つめている。
絶命したか――、と、身体に溜まった息を大きく吐き出し暗器を握る両手から力を抜いた一瞬、その油断の隙をついた様に背後からほんの少し前まで聞いていた鳴き声と同じ声が響いた。
もう一頭いる――!? と、感付き振り返った時には遅かった。
すでに目と鼻の先、もう一頭のベアウルフは空中を駈けレイズの首元に咬みつこうと、唾液を垂らした牙を開け襲い掛かっていた。