最下層
「ああぁマジで長過ぎんだろぉ! 一昔前のおっさんはこんなの毎日使ってたのかよ!?」
最下層に着いた途端仰向けに倒れ込んだロゼは体中に貯め込んでいた愚痴を一気に開放した。レイズも巨大な長方形のコンテナに背を預け、身体を休めている。
ひたすら階段を降りた二人は遂に最深部に辿り着いた。辺りは全面鉄板で囲まれた広間になっており特に特質した物は無く、使い込まれた空のコンテナが乱雑に転がっているだけである。壁には【BF8】とある。
「……これを帰りは上る事になると考えると、先が思いやられますね……」
「それを言うなって……。考えないようにしてたのによぉ……」
ロゼが天を仰ぐ――といっても頭上はどこまでも錆びた鉄の要塞なのだが――と、大きく溜息を吐いた。
辺りは地下に下りるにつれ外光が弱くなっていき、最深部に至っては空間全体に錆の赤茶色が滲んだ様な薄暗い空間となっていた。
地上から百メートル以上潜っているのだ、辺りを見渡せるだけマシである。
レイズは周囲を見渡すと、壁際に掛けられた看板に気付いた。ダルそうな足取りで近づき、文字を読んでみると、レイズの表情が少しだけ明るくなる。死んだ魚のようになっているロゼに語り掛けた。
「でも無駄足じゃ無かったみたいですよ。こっちへ来てみてください」
ロゼがふらふらと身体を揺らしながら隣に並び、錆びれた看板に眼を凝らした。
そこにはこの先にボイラールームがあるという旨が、擦れた文字で書かれていた。左右を指した矢印の先を眼で追うと、薄暗い中に通路が伸びているのが覗える。
「あぁ、当たりかぁ。マジで助かったぜぇ……」
「ロゼさんの感の勝利ですね」
「感じゃねぇって。ココよ、ココ」
指でヘッドバンドをツンツンと突くロゼは少し嬉しそうだ。
レイズも素直に笑ってみせる。
「それにしても、通路が左右に伸びてますね。ボイラー室が二つあるという事でしょうか?」
「あぁまぁ、こんだけデカい場所ならいくつかあってもおかしくねぇよなぁ。お前、どっちがいい?」
ロゼがレイズに問う。
「えぇ!? 二手に分かれるんですか!?」
「その方が早ぇだろ? それともあれか? ビビってんのかよぉおいぃ」
弄るようにしてニヤニヤしたロゼがレイズの顔を覗く。
「そういうわけじゃなくて! き、危険じゃないですか? 辺りも暗いし……夜になったら魔物が出るかも!」
「いざとなったら道具で照らしゃいいし大丈夫だろ。それにこんなとこじゃ魔物も寄り付かねぇよ」
なにか、自分の苦手を隠すようにして説得しようとしたレイズをロゼが一蹴すると、彼はジャケットの内ポケットに手を突っ込み何かを取り出した。
「手っ取り早くこいつで決めちまうかぁ」
ロゼの手の中に握られていたのは、一枚のコインだった。執行官がシンボルとする女神アテナの横顔が刻印された銀貨。ロゼに関わらず執行官は選択に迷った時にコインの表裏で物事を決定することがよくある。その結果何が起きても神の選択、だれの責任でもない、という意味を孕んでいるのはレイズもよく知るところである。
「まぁ、いいですけど……」
「決まり、な」
しぶしぶレイズが頷いたころにはコインはロゼの親指から打ちあがり、空中でキラキラと回転していた。レイズの眉間辺りまで上がったコインはそこで勢いをなくし、そのままロゼの手の甲に吸い込まれる。
「表なら右だ。お前が選べ」
「じゃあ、表で」
どちらでも変わらない、とレイズは即答。興味のない眼をロゼの手の中に向ける。ロゼがゆっくりと重ねた手を開くと――。
「残念、裏だ。俺が右に行くぜ」
ロゼの言う通り、手に収まっていたのは先程の銀面ではなく一面を黒く塗り潰された【裏】だった。レイズは左の通路に向かうこととなる。
「残念でもなんでもないですよ。じゃ、俺こっちに行きますんで」
と左側の通路を向いたレイズにロゼはおう、と返事をするとこう続けた。
「終わり次第、またここに集合な。なんかあったら無線で知らせろよ」
「わかりました。しっかり止めてくるんで、ご心配なく」
「あとレイズゥ! ゛止める゛って意味、わかってんな? 普通にやってたら時間がかかってしょうがねぇ」
「゛隊長殿゛もいないこんな廃墟で真面目を貫く気は毛頭ありませんよ。あとに残しても意味がないですから」
レイズは己の真面目さを危惧した先輩に振り返って微笑した。
その表情を見てロゼも要らない心配だったと悟る。
「わかってんならいい。でもあんま建物にダメージを与えんのは不味そうだからなぁ。一発で終わらせろよ」
「もちろん」
そう言い残しレイズは左側の通路に、ロゼは右側の通路の先へ向かう。