追加任務
「まったく、ベルルさんの責任感の高さには惚れ惚れしてしまいますね」
任務も終わり一度は支部に戻るという事になったのだが゛隊長殿゛であるベルルがとある事に気が付き、一行は任務外の仕事を行うはめになってしまった。今はその新たな目的地に向かっているところである。
「ホントだぜ! こんなちっちぇえこと気にしてっからいつまで経っても身長伸びねぇんだよアイツはよぉ!」
一度は帰れることになった身であったが新たな仕事を言い渡され、心底イライラしている様子のロゼが走りながら口を荒くする。
「それ、ベルルさんに聞かれでもしたら殺されますよ」
「つってもなぁレイズ! ここの蒸気ボイラーが生きてるからって何で俺らが始末つけなきゃならん訳よ!」
そう、新たな任務とはこの蒸気循環施設――といっても何十年も前に廃墟となっているこの施設に蒸気を流す装置、蒸気圧ボイラーが今だ稼働し続けているからその蒸気循環を止めてくるというものだった。
「任務中に発覚したことですから、しょうがないと言えばしょうがないですよ。これだけの規模の施設です。放っておいたら蒸気爆発の危険もありますし、マルメからの置き土産だと思ってさっさと終わらせましょう」
この事が発覚した原因は先程執行したマルメにあった。マルメがロゼの追撃を防ぐ際、蒸気コックを開け蒸気を噴射して視界を遮ったという一幕があったがそのことをベルルが思い出したのだ。
――蒸気が漏れ出したってことは、そこまでは蒸気圧がかかってたって事でしょ? 街の郊外とは言え施設の蒸気循環が生きてるのは大事故になりかねないよ。一執行官として第一発見者のあたしたちが責任をもって片付けないと――。
そうしてベルルはレイズとロゼの二人、ベルル一人の二班に分けて廃施設内の何処かにある蒸気ボイラー装置を全て停止させて来るよう指示を出したのだ。女性のベルルが一人なのはすでにボイラー装置の一箇所に心当たりが合ったからである。
「マルメの置き土産って、んなもんもっとムカつくだけだぜ!?」
「はは、間違いありませんね」
そういった他愛のない会話をしながら、二人は配管だらけの廃施設を下へ下へと降りて行く。通常、蒸気循環施設の心臓部であるボイラー室は安全上の関係で地下に設けられている筈だからだ。
およそ十五ヘクタールの廃施設はその面積だけでも十分広大だがその中に多くの背の高い建造物や柱がところ狭しと立ち並び、その隙間を縫うように大小の配管が走り回っているため施設と言うより迷宮と言った方が説明には相応しいかもしれない。そんな見通すことも叶わない施設の何処かにあるボイラー室を探すというのは、あまりにも手間と時間がかかることだった。
二人はきょろきょろと眼下を詮索しながら配管を蹴っていると、ロゼが地面の一辺に何かを見つけたらしい。
「お、下に続きそうなフタ発見」
レイズが目を向けると正方形の鉄板で閉じられた進入口が目に入った。
二人はいくつかの配管を跳び移りその辺りに着地すると、鉄板に書かれた文字に眼を向けるが風化が進んでおり、まともに読むことはできなかった。
「うーん、文字は読めませんが、《《ぽい》》ですね」
「だろ? まぁ違っても下に続いてりゃ何とかなんだろ」
ずいぶんと楽観的なロゼは鉄板の取手にブーツの先端を潜らせると蹴り上げるようにして足を上げ、軋む扉をこじ開ける。中には二人の狙い通り、地下へ降りる細い階段が続いていた。手すりや足場の錆具合からもう何十年も使われていない通路であることが覗える。
「……ちっとばかし頼りねぇが、まあ行けんだろ?」
「他を当たるのも時間が掛かりそうですし、ここから潜ることにしましょうか」
階段の先に眼を向けた二人は一度顔を合わせて頷き、つかつかと階段に侵入し鉄板を蹴る音を立てながら下へ進みだした。地下の空間は所々に設けられた、今はもう動いていない換気ファンから外光が漏れていたため灯りは必要なさそうだ。
「ずいぶん下まで続いてますね。まるで要塞みたいですよ」
「稼働してた頃ぁこの辺の街全部、ここの蒸気で回してたらしいからなぁ。古くせぇ蒸気機関時代の砦だよ」
「へぇ、詳しいんですね。ちょっと意外です」
「街出る前に散々支部長の話に付き合わされたからなぁ」
そういうことですか、とレイズの顔が引きつった。
例の支部長の言う通り、地上同様、地下にも広い空間が広がっていた。何本もの巨大な柱に支えられた空間に二人が下る階段が弱々しく上下に伸び、その背後の壁には【BF1】と巨大な文字で書かれている。この数字が幾つまで続いているのか、二人は気に掛かったが互い口には出さずただ黙々と階段を進むのだった。