三人の執行官
「お見事なダイブだったぜぇレイズ。またお前に最後取られちまったなぁ」
レイズの肩を叩きながら高身長に金髪ヘッドバンドの男、ロゼは言う。身に纏う黒の執行服はレイズの物とは少しだけ違い、彼の場合はコートではなく腰上までしかない丈のジャケットを身に着けていて、前のファスナーはいつも開けている。内に着た白いシャツは不恰好にもズボンからはみ出し、首元のクラバットには銀色の刺繍がなされている。
一見だらしない印象を与える彼はレイズが罪人マルメにとどめを刺し無線機を通して報告した後、すぐにここまで降りてきたのだ。
「好きで取りにいってるわけじゃありませんからね。ロゼさんがトドメを外すから悪いんです」
とレイズは少し笑う。
ロゼは直ぐに反論に出た。
「おいおい外しちゃいねぇよ。奴の皮膚がちょいと硬い特注性じゃなけりゃしっかり仕留めてたんだぜ?」
お前も奴の身体見ただろ? とレイズの肩に肘を乗せる。
「ええ、あれには驚きました。たかがギルドの人間風情が皮膚改造とは。どこからそんな事をする金が湧いて出たのでしょうね。奴が言ってた依頼者とかかな」
皮膚改造とは文字通り皮膚に金属やれ、魔石やれを埋め込んで人体を改造させる事を指し、その施術には大金がかかる。言うまでもなく違法行為である。
「依頼者ってお前、死に際にあのデカ物が言ってたこと信じてんのかよ?」
見晴らしの良いところに歩き出したロゼは問うた。
「まさか。いくら候補官でもあんな言葉を真に受けるほど馬鹿じゃありませんよ。それに――」
髪をわさわさと掻きながらレイズは続けた。
「奴、マルメ=コルメには人質に取ってもらえるような家族なんていません。発行された執行状にそうあったでしょう?」
知ってますよね? と尋ねるが如くロゼに顔を向ける。
「お前……これから殺しに行く奴の家族構成とか見てんのかよ……。ちょっと引くわ」
レイズの肩にかかった腕をゆっくりと放しながらロゼが呟いた。
「え、でも、嫌でも確認しなきゃいけないでしょ! 執行状に記載されている情報は頭に入れておかないと! また支部長に説教くらいますよ!?」
レイズはあたふたしながらちょっとした誤解を解こうとするとロゼは笑ってみせた。
「ジョーダン。ジョーダン。支部長殿の話も今はいいよ。それにしてもさぁ」
話の切り替えが早いロゼが少し憂いたような表情で空を眺める。
「デカ物に降りた鎖……数字、いくつだったよ?」
「ああ……八十でした」
鎖。レイズがマルメの額を打ち抜いた後、天から降りた黒い鎖のことである。
「八十年かぁ……マジの地獄を見ることになるなぁあいつ」
そう、そのあと現れた【80】という数字は対象に課せられるとある年数を指す。
「それだけのことをやったんです。当然ですよ。逃げる事しかしませんでしたが一応B級の犯罪者ですからね」
先ほどの会話とは反転、少し温度の低い会話となる。
「ま、その通りだわなぁ」
ロゼは歩みを進めながら両手を首の後ろで組みどこか憐れみの表情を浮かべる。と、前方にとある黒い人影が角を曲がって現れた。手足の動きからかなり急いでいる様子だ。
「お、ベルル! こっちは終わったぜぇ。そんなに急いでそんなに寂しかっ――」
一瞬にして冷たい空気を粉砕し、両手を僕の胸に飛び込んでおいで、と言わんばかりに放り出したロゼだったが言葉の途中に放り込まれたのはロゼの左頬を襲う手慣れたビンタだった。
「なぁあにあんた仕留め損ねてんのよ!! 人に「ねんねしてなっ」とかかっこつけて言ってたくせに!! 結局レイズにトドメ指してもらってんじゃない!!」
ロゼに襲来したビンタの砲手、桃髪にホットパンツ、細い足をレギンスで包み頭の上には髑髏の飾りが付けられた黒いキャスケットを被る女、ベルルは言いたくて仕方がなかった文句を早口で言い放った。
「ちょ、痛ってぇな! 待て、待てって!」
身長差の関係で斜め下方よりさらに追い打ちをかけるビンタの砲手を必死に止めにかかるロゼ。
「デカ物の身体に鉄屑付いてたんだって! それにお前、人のこと言えんのか!? 見てたぜ? 超至近距離からの攻撃完全に防がれてたじゃん」
「あ、あれはでっかいのが変なの持ってたんだもん! ホントは当たってド頭ぶち抜いてたもん! それにあたし、脇に一撃入れてるし! 助かったでしょレイズ? ね? 助かったでしょ?」
小柄な女の子の発した言葉とは信じがたい暴言が聞こえたのはとりあえず置いておき、いきなり話を振られたレイズは戸惑いを見せつつ正直に事を述べることにした。
「す、すみませんがロゼさんの一撃で出血が酷く、あんまり傷跡見えなかったし、すでに苦しんでいたので効果のほどが良くわかりませんでしたっ」
「あああほらロゼの中途半端な攻撃のせいであたしが付けたの隠されたんじゃん!! 頑張って回ったのに!! 執行してやるぞこのノッポ!!」
ぐぬぬ、と顔を赤くしたベルルからさらに勢いを増したビンタが次々とロゼを襲う。
「大体ねえ! 今回はあたしが隊長任されてるんだから態度を弁えなさい!! 敬語使いなさいよ敬語ぉ!!」
「隊長だぁ!? こんなちっちぇえ隊長がどこにいんだよぉ!? 牛乳飲んで出直して来いやぁ!!」
ロゼがビシッとベルルに人差し指を向けると、彼女はそれを受けカクンと下を向きなんだかフラフラし始める。
「だれがぁぁ……だぁれがぁ゛ちっちぇ゛じゃああぼけこらぁぁぁぁあああああ!!!!!」
逆鱗に触れられたベルルはビンタの手をグーに変え、荒ぶった獅子の如くロゼに襲い掛かった。そして図らずも握った拳の行き先は男だけが持つことの許された絶対的にして圧倒的な゛急所゛であった。
「あ! ああぁ! ちょ、ちょやめろ! 悪かったよ! 俺が悪かったって!!」
ロゼが生死を分かつ防御をするのを尻目に半ばあきれた様子のレイズ。
「ああもう二人とも落ち着いてください。任務は終わったんですから早めに執行状の手続きを済ませましょうよ。ここではなんです。場所を移しますよ」
そう言い残して彼はベルルが来た道の先に爪先を向け日陰になっている場所に歩き出す。
「ロゼさんとベルルさんも気が済んだら追ってきてくださいね」
緊張を孕んだ任務中の状況から日常の空気感に戻ったからか、先ほどよりも少し緩んだ表情が浮かぶ。
「お、おい! おいてくなってぇ! 行く! 俺らも行くからよぉ!」
「がぁぁああああああ無視すんなぁあああああこのデカ物!! あ、デカ物って……さっきのだ!! マルメ=ロゼだ!! まだ任務は終わってなかった!! 覚悟しろよクソノッポ!!」
「それはマジでやめろよお前!!」
そうした言い合いをしながらも、なんだかんだで二人の執行官はついて来るのであった。