相棒を選ぼう
アーサーが後ろ髪を引かれながらも無事寮へ戻って、屋敷は平穏を取り戻した。
養母様は早速魔法石の研究助手に私を使いたいみたいだが、まだ自ら私のために作り上げたTO DOリストがまったく終わっていない。
そんなわけで、しばらく私はスケジュール消化に忙しい日々を送った。
朝は家族揃って朝食をとった後、王宮に出勤する養父様のお見送り。入れ替わりに家庭教師がやってきて、一般常識と基礎学力のお勉強。この世界には昼食という概念はなく、それぞれがアフタヌーンティースタイルで休憩をかねて軽食を摘んで終わる。それが済んだら、体力増進のために軽い運動をしたり、屋敷内を散策したり。全く身の回りの品がない私のために、入れ替わり立ち代りやってくる出入り業者の方々に、頭の先から足の先まで採寸されまくるのも、この時間帯だ。
ドレスに髪飾りに靴。私のワードローブもなかなか華やかになってきた。
残るリストの重要項目は、私の「護り石」の選定だ。
昔は5歳の子どもを王宮に集めて、「護り石の儀」とかいう華やかな式典を行っていたらしいが、どこかの家の石使いがやらかしたせいで、今は魔法省に届出を出すだけで簡単に石使いとして認定される。
アメちゃんも言っていたけれど、今は力のある石使いがとても少ない。魔法省としても、無駄な選定を省いて一人の取りこぼしも防ぎたいということだろう。
私としては、護り石はアメちゃんに!と言いたいところではあるが、さすがにドームいっぱいに魔力の器を広げているアメちゃんを連れ歩くことはできない。普通の子どもは、5歳の誕生日までにじっくり時間をかけて精霊の宿り先となれる石を探すのだが、いきなりデビューの決まった私にはその時間が全くない。まずは、エッジストーン家で所蔵されている石たちを紹介されることになった。
エッジストーン家で所蔵されている石というのは、相棒である人の子に先立たれて残された石や、先代たちが護り石の選定時に候補にあげたけれど結局は選ばれなかった石たちだ。実を言うと、私がこの家にやってきたときから彼らはずっとザワザワしていた。私が屋敷の中を歩く様子を柱の影から見守っていたり、クロエには見えないのをいいことに、クロエのポケットに入り込んだり、頭の上に乗って現れたり。微笑ましいことこの上ない。
数ある石の中で、私の護り石になりたいと名乗り出てくれた石は十数個。結構な数だ。
養母様の指示で、普段は宝物庫に収められている石たちが護衛をつけられ私の部屋に集められると、石に宿った精霊たちが興奮して、まるで幼稚園児が遠足に行くバスに乗り込んだくらいの騒ぎになった。
石たちは得意魔法の分野別に分けて並べられ、口々に石に宿った精霊が自己アピールをまくし立てている。
何も聞こえないクロエや護衛の人には、なぜ私や養母様が遠い目をしているのか全く理解できないようだが、その煩さは相当なボリュームだ。
養母様が幼稚園の先生のように手を叩いて精霊たちの注意を促すと、養母様の精霊が
「静かにしないと、今すぐ宝物庫に放り込むよ!」と大きな声を出した。
養母様の精霊は、「サン」という愛称を養母様からもらっているそうだ。
なかなか、姉御肌な精霊と見た。彼女には、このまま精霊さんたちを仕切ってもらおう。
やっと静かになったところで、それぞれの石の上にとどまった精霊たちを見渡して、養母様が簡単に石選びのポイントを説明してくれた。
護り石の選定は、人の子にとっては生涯の相棒決めでもある。使える魔法によっては、選べる将来の選択肢も絞られてしまう。自分が進みたい職種を思い描けるのであれば、その職種にあった魔法が使える精霊を選べばいい。
将来どんな魔法使いになりたいか、と聞かれたら…
私はやっぱり人を癒す魔法使いになりたいと思った。
私の回答を聞いた養母様はニッコリ笑って、
「じゃあ、護り石の候補はこの3つから選ぶことになるわね。」
と、一番端っこの3つを指差した。
水色の魔法石・青色の魔法石・薄い緑色の魔法石
それぞれに宿った精霊たちが、サンに怒られないように声を出さずに踊り狂って喜びを表現する中、残ったほかの石たちのガッカリ感は半端なかった。
ごめんね、みんな。相棒にはなれないけど、よかったらときどきは一緒に遊ぼう。
「じゃあ、この子たちと2、3日一緒に過ごしてみて一番相性の良さそうな子を選んでね。」
養母様は丸いポケットがちょうど3つ付いた革ベルトを取り出すと、候補の石たちを一つづつポケットに詰め込んで、私の腰にゆったりと巻いた。形状は、ライフル銃の銃弾をしまうベルトのようだが、貴族仕様で革の部分におしゃれな型押しが施されて華やかなデザインになっている。
サンがベルトに硬い守りの魔法をかけて、格好だけはいっぱしの石使いの出来上がりだ。
石使いは、自分の使える魔法を秘匿するためにも、自分の護り石を人目にさらさないように保護しないといけない。悪漢に石を取り上げられて割られてしまうと、石に宿った精霊も大きなダメージを受けて魔法を使うことができなくなってしまうからだ。石のない石使いに身を守る術は、ほぼない。
かつて戦争をしていた時代、何人もの石使いが、不意打ちで石を割られて命を奪われたことがあると聞いた。
男の人は通常肩からホルスター風にベルトをかけて、自分の心臓に近い位置に石を下げて歩いていて、女性で胸のボリュームに自信のある人は、肌着にポケットを作って胸の谷間の部分に石を装着したりしているらしい。
私はまだ子どもなので、当分腰ベルトスタイルで。
谷間に装着できる日は、いつかくるのかなぁ。
前世でも、豊満とはほど遠い体型だった私は、養母様の谷間をジト目で見上げながら遠い将来に望みをたくすことにした。
さて、というわけで、「じゃあ、後は本人同士でごゆっくりー」と日本の仲人さん的に他の石たちを連れて養母様が護衛の方と部屋を出て行くと、いよいよ本日のお見合いスタートである。
水色の魔法石ちゃんは、多分アクアマリンかな。水色の髪のとっても可愛い精霊ちゃんだ。
「治癒魔法も得意だけど、水魔法も使えるし、炎魔法も大丈夫です。よろしくお願いします。」
うん、真面目な子だね。きっと一生懸命仕事もしてくれそう。
青色の魔法石ちゃんは…、何だろう。精霊ちゃんの深い青色の髪は、光の角度によっては紫ががったきれいな色合いだ。
「治癒魔法のほかにも、防御魔法が使えます。よろしくお願いします。」
もしかしたら、宿り石はスギライトかな? だとしたら、いろんな内包物がある石だから、使える魔法の可能性も広がりそう。まあ、試してみないと分からないケド。
残る一つの魔法石ちゃんは…、えっと、何か凄いこっち見てる~?
目線に他の精霊ちゃんにはなかった、圧を感じますー。
「治癒魔法いけます! 後、炎魔法も得意なんで、ポーションだってつくれます!」
薄い緑色の髪を持つ精霊ちゃんは、くい気味に私に向かって身を乗り出すと
「とりあえず、愛し子様に加護を与えたいんで、開放の呪文お願いします!」
いきなりぶっちゃけた。
「加護を与えるって、どういうことかな~?」
彼女の圧に若干引き気味に問い返すと、緑ちゃんは今私がもらっているアメちゃんの加護について教えてくれた。
何と私はアメちゃんの加護によって、私に向けられた物理攻撃をすべて跳ね返すことができるらしい。
つまり、私に石を投げた人は自分にその石が跳ね返ってきて、私を突き飛ばそうとした人は、自分が私に与えた力と同じくらいの勢いで見えない力に突き飛ばされ返す、みたいな?
やだ、何ソレ。コワイ。
緑ちゃんは、さらに引いてしまった私の様子などお構いなしに、まくし立て続けた。
「物理攻撃だけとか、甘いでしょ! 精神攻撃や魔法攻撃を受けたらどうするの!」
いや、どんな攻撃も全部跳ね返してたら、それもう人じゃないから。むしろ、魔王だから。
ていうか、どんだけ私危険なんですか。
軽く申し出を却下すると、緑ちゃんは半泣きになった。
「何でですかー。紫ヤロウには負けてられないのにーーー!」
紫ヤロウ…?
えっと、もしかしたらアメちゃんのお知り合いの方デショウカ?
養母様の護り石は、イエローオパールのイメージです。