エッジストーン家の人たち(後)
精霊の愛し子-それは、精霊がかまわずにいられない、ある種のフェロモンを撒き散らす人の子のことらしかった。
ホワイトラブラドライトちゃんは、私のことを愛し子ちゃんと呼ぶ。
つまりあれか、私はその種のフェロモンをそれとは気づかないうちに垂れ流して歩いていて、精霊たちをざわつかせているということか。
道理で! 出会う精霊、出会う精霊、みんな揃ってフレンドリーだと思ったよ。
養父様同様、私も頭を抱えた。
とりあえず、石の種別名をやたら口にしてはならないということは、もう覚えた!
後は注意深く、ボロを出さないように取り繕って前へ進むしかない。
私が視線をあげると、養母様と目があった。
養母様はニッコリ微笑むと、その目に強い意志の光を宿らせて言った。
「幽閉したりなんかしないわよ。預かるからには、人としてちゃんと育てますからね。心配しないで。」
「まあ、育て方はエッジストーン流だけどね。」
復活した養父様が横から茶々を入れる。
また、この人はさらっととんでもないことを…。
幽閉、まあ、少しは心配してましたケド。
そうですか、見ず知らずの得体の知れない私をちゃんと育てていただけますか、それは本当にありがたい。
せっかくだから、最初にきちんと疑問は解消しておこう。
「私、自分でも結構なやっかい物件だと思うんですけど、養女ならともかく、実子として一族に加えて本当に大丈夫ですか?」
大丈夫かというのは、もちろん後悔しないかという意味だったのだが、それに対する養母様の答えは、私にはよく分からなかった。
「私たちは、今はなきブルーストーン家の流れを継ぐものなの。リベンジチャンスをもらって、むしろ感謝しているのよ。」
養母様のとてもチャーミングなウィンクに、何だかそれ以上追及できない雰囲気を感じて私が微妙な顔をすると、養父様がくしゃくしゃっと、私の頭を撫で回した。
「子どものクセに考えすぎなんだよ、すみれ。難しいことは大人に任せておきなさい。」
ホワイトラブラドライトちゃんも、養父様と一緒にニコニコ笑っている。
あまりにも皆が優しすぎて、今まで頑なに閉じていた涙腺が少し緩んでしまったようだ。
恥ずかしくてうつむくと、トマスがそっと膝の上にハンカチを差し出してくれた。
いや!まだ泣いてないから、ダイジョブです!
ていうか、余りにドンピシャなタイミングのハンカチに、逆に涙が引っ込んだみたいです。
ごめんなさいね、天邪鬼で。
いつの間にか、本日の家族会議は終わりを迎えていたようだ。
養母様は見事なTO DOリストを作り上げ、まずトマスに命じて私付きのメイドを手配し、私を磨きあげることに決めた。
磨く、すなわちお風呂である。
やっと地下室から脱出した私は、今度は1階のでっかいお風呂場へそのまま連行され、上から下まで丁寧に磨かれた。
私付きのメイドさんとして紹介されたクロエは、養母様よりさらに一回りくらい歳上のベテランのメイドさんっぽい人だった。とにかくテキパキ動いて、その動きには無駄がない。
にも関わらず、私の緊張をほぐすように、終始いろいろと優しく話しかけてくれたり。
つまり、仕事もできて、気遣いもできるスーパーメイドさん。
ふっくらした体つきの優しそうな人で、何となく波長があう気がするのできっと仲良くやっていけるだろう。
香りのいい石鹸で磨かれた肌と髪は、念入りにオイルマッサージを施され、ちょっと痩せすぎではあるものの、ひとまず養母様の合格をもえらるくらいの容姿になったらしい。
改めて鏡で自分の容姿を見てみると、現在の私はプラチナブロンドのまっすぐな髪にすみれ色の瞳。
自分で言うのもなんだが、なかなかの美幼女だった。
クロエが着付けてくれた普段着用のドレスを身にまとい、鏡に向かってニッコリ微笑んでみると
「…これはもしかしたら、どストライクかも知れないわね。」
「はい、私もそう思います…。」
私の背後で、養母様とクロエが何やら不穏な会話をしている。
思わず、え?っと振り返ると、
「頑張ってね、すみれ」と養母様から良く分からない激励をいただいた。
何だろう、何か嫌な予感がする。
自分で言うのも何なのだが、私のこの手の予感は良くあたるのだ。
とりあえず自分で墓穴を掘らないように、より一層慎重な行動を心がけるようにしようと心に決めた。
しかし、そんな決意も空しく、出会いは必然。
胸のざわつきを抑えつつ、夕食のテーブルについた際にその人物はやって来た。
アーサー・エッジストーン
エッジストーン家の3兄弟の末弟、すなわち私のすぐ上の兄に当たる人だ。
私の素性を知っているのは、養父様と養母様とトマスさんだけ。つまり、アーサーにとって、私は突然現れた妾腹の妹ということになる。
疎まれても当然の立場の私に、アーサーはいきなり跪いて私に忠誠を誓う礼をした。
ダイニングルームで、初対面の相手に!
まず、普通ではない。
「美しい方、私はアーサーと申します。この先、私が命をかけてあなたをお守りしますので、何なりとお申し付けください。」
「えっと、お兄様、ですよね?」
「お兄様? そんなもったいない。ただ少しだけあなたより早く生まれたということに、一体何の意味があるというのです。私のことは、アーサーと呼び捨てで結構。私など、あなた様に比べれば地を這う虫のようなものでございます。いや、いっそ虫として今ここで踏んでください。あなたのすべてを受け止めて見せますので!!!」
うん、よく分かった。この人はまともに取り合ったら駄目な人だ。
会えば分かるとはよく言った、養父様。全く何も心配いらなさそうだよ、お兄様。
アーサーの肩口にも、赤い髪の可愛らしい精霊がぴょんぴょんしていたので、彼も石使いであることは間違いない。赤い石、種類は何だろな。
さぞかし情熱的な取り合わせのお二人ナノデショウ…
目の前で展開されている光景に、一人遠い目をしていると、クロエがすっとやってきて「失礼しますよ、坊ちゃま」と、いきなりアーサーの後ろ襟を摘み上げると、私の座る席から一番遠い席にアーサーを連行して座らせた。
「食事時くらいは静かにできますでしょ? 坊ちゃまはもう11歳なんですから、新しい妹様に恥ずかしいところは見せないでくださいませ。」
なるほど、そういう扱いでいいのね。エッジストーン流、楽しそうです。
アーサーは今は王立学校の騎士コースに席を置いていて、普段は学校の寮住まい、週末だけ実家に帰る生活を送っているらしい。
で、一週間ぶりに実家に帰ってきたら、お前に小さな妹ができたよと突然言われてテンションがマックス振り切ったと。
いや、絶対それだけじゃないと思うけどね。多分。
いろいろ彼の趣味とか、嗜好とか? 他にもあるでしょ、いろんな理由が。できるだけこちらサイドからは知りたいとは思わないけれども!
とりあえず、この週末を乗り切れば、穏やかな一週間が過ごせるのではないでしょうか(祈)
アーサーは食事中も、じっと私の方を見つめてニコニコ笑っている。
でも、目を合わせてこっちも微笑むと「ああ、もったいない」とつぶやいて、俯いてしまうのだった。
で、上目遣いにこちらの様子を窺って、私の視線が自分からそれるとまた私をガン見するという…
駄目だ、私も色々振り切って、何だか逆に面白くなってきた。
まあ、養父様や養母様も苦笑いではあるけど笑って見守っているし、アーサーは人畜無害という認識で多分大丈夫だと思う。
上の二人は既に成人して王宮近くにそれぞれ家を構えているそうだ。
近いうちに顔合わせの機会を作ろうと、養父様が約束してくれた。
末弟がこれでしょ。
上の二人は一体どんな人かなー。今から楽しみで仕方ないよ。
あ、あんまりたくさん食べることは出来なかったけれど、夕食に出された料理はどれも本当においしかった。
貧乏生活の名残で胃が小さいばっかりに、たくさん残してすみません。
私の残した夕食を、自分の夜食の名目でこっそり部屋に持ち帰ろうとして養母様に捕まっているアーサーについては、見ないふりで。
アーサー、一線を越えたら本当に踏みますからね!
アーサーにも、色々と思うところがあるのです…、多分